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致死量の鼻血を噴射させる風紀委員長~猫パンチ編~

 事態を静観していた静は恐る恐る千明に声をかける。


「お、おい、杜……大丈夫か……?」

「ふっ」


 と、千明はばっと勢いよく呼び起きた。

 髪の乱れを手櫛で手早く直すと、何事もなかったかのように静を見る。


「なんだ馬鹿内じゃあないか」


 馬鹿内というのは千明ただ一人によってのみ用いられている、静のニックネームである。

 何度やめろと言っても、一向に止める気配がないため、静は変人には何を言っても無駄だと割り切ることにしていた。


 千明は静を見下ろすように大きく胸を張る。

 不良生徒たちに敗北した惨めさを悟られないようにするためだろうか、やたらに不遜な態度である。

 顎をつん、と上げて格好つけている──つもりなのか知らないが、実際には微塵も格好ついていない。

 なぜなら千明の鼻の穴からは怒涛のように鼻血が流れ続けているからである。

 それほどまでに激しく暴行を受けたのだ。


「ふっ」


 ずばーーーーーーーーーーーーーーーーー!!


 ひたすら鼻血を噴出する千明を前に静は、


「も、杜……お前……は、鼻血」


 隠し切れない衝撃に顔面を引きつらせながら、弱々しく千明の鼻を指差した。

 明らかに出血多量である。


「ん、何? ……お、おおおおおおおおおぉぉぉおおおおおぉお!!」


 それまで自分が鼻血を垂れ流していることに気づいていなかったのだろう、千明は自らの鼻下に目をやるなりたまげた様子だった。


「こ、これ、ティッシュだけど使うか……?」


 千明に同情した静は自分のポケットティッシュを差し出すのだが、


「馬鹿内の助けなど借りんーーーーーーーーーーーーーー!!」


 ぶんぶん、と首を横に振って受け取ろうとはしなかった。

 鼻血が飛び散るので頼むから首を横に振るのは控えてくれ、と切実に思う静である。


「貴様なんぞの世話になっては風紀委員長である俺の誇り高き精神が崩壊する!! 風紀委員長である俺を産み落とした貴き親、そして風紀委員長である俺をおつくりになった神もさぞや悲しむことだろう!!」


 意味不明な言葉の羅列から唯一読み取れること、それは千明が静を毛嫌いしているということだった。

 というのも千明はクラスメイトの榎元紗那に恋しているのである。

 そのため紗那に恋されている静を目の敵にしており、彼に対しては随分と挑戦的である。

 ちなみに静は千明が紗那を好きであることにさえ気づいていない。


 静は親切心で渡したティッシュを突っ返され、普通であれば不機嫌になるところだったが、今回は鼻血を伴った千明のど迫力に圧倒されているため、口答えもせずティッシュを引っ込めた。


「ていうか……いつも思うんだけど、お前なんでそこまで風紀に力入れてんの……?」

「ふっ。風紀は俺の生きがいだ。風紀委員という尊い役職があるからこそ俺は生きがいを見つけられる……それだけのことさっ」


 千明は眩しそうに窓の外を眺める、爽やかな笑みを口元に浮かべて。

 鼻血はすでに止まり始めているものの、赤い液体の名残を鼻下に張り付かせた彼は極めて間抜けだった。


「ところがどっこい!! 一年前あたりから急に現れるようになったあのエセヒーローは何だ!!」

「エセヒーロー? って、ああ……よいこちゃんまん? とかいう、あの……」

「そうだ、あのエセヒーロー……好ひ子ちやんマン(よいこちゃんまん)のことだ!! 好ひ子ちやんマンめ!! 俺の風紀の仕事を奪う憎い奴!!」


 千明は眉間にしわを寄せて、わなわなと拳を握り締めた。

 これほどまでに千明が忌み嫌っている好ひ子ちやんマンというのは、久遠学園に現れるいわゆる正義のヒーローのような人物である。


 その正体は久遠学園の生徒なのか教師なのか、はたまた全くの部外者なのか、全く謎に包まれている。

 ちょうど一年前の夏に現れ、今ではこの学園にその名を知らぬ者はいない。


 好ひ子ちやんマンはこの学園の生徒が何かしらの不良行為を起こすと、どこからともなくその姿を現す。

 全身タイツに身を包んだそのヒーローは、必殺技である「好ひ子ちやんビィム」を駆使して、生徒たちに不良行為をやめさせてしまうのである。


 例えば校内のトイレで生徒が煙草を吸っていたとする。

 すると不意に好ひ子ちやんマンが現れて、好ひ子ちやんビィムを放つ。

 と、生徒たちはどうしたわけだか自発的に煙草をやめてしまうのである。


 静はその現場を目撃したことはないし、一体どのようなからくりなのか見当もつかないが、どんな不良生徒もたちどころに素直になり、好ひ子ちやんマンの言うことを聞いてしまうらしいのである。


 従って千明にしてみれば風紀委員の仕事を奪われたように思えてならないのだった。

 千明は好ひ子ちやんマンに苛立ちを覚えずにはいられない。

 負けず嫌いな彼は認めることはないだろうが、不良生徒を善良生徒へと変貌させてしまう好ひ子ちやんマンの実力が疎ましくもあるに違いない。


「好ひ子ちやんマン……どうにも信用ならん!! あいつは影で絶対なにか悪いことをしている、悪の手下だ」

「あ、悪の手下って……どうしてそこまで言えるんだよ? 確かに胡散臭い奴ではあるけど」

「俺の勘は鋭いのだ、ちょっとしたことでもすぐに気づくことができる」


(さっきは自分の鼻血にも気づかないでいたのに……あんなにも「ずばーーーーー」ていってたのに……)


 胸中のツッコミを口にする気力もなかった。


「学園がこれ以上、あんな得体の知れない奴の色に染まってしまわないよう、俺は風紀委員長としてますます邁進する所存であるぞ!! エセヒーローが現れる前に、俺がすべての不良行為を片付けて見せよう!!」

「でも杜にはさすがに荷が重そうだなあー」


 静は何の気なしに素直な気持ちそのままを言葉にしてしまったのだが、当然ながら千明は大激怒である。


「なんだとおおおぉぉおおぉーーーーーーー!! 貴様何様のつもりだ!! 風紀委員長であるこの俺に物申すとはそのひん曲がった根性を叩き直してやる!! エセヒーローも俺の天敵だが馬鹿内、貴様も奴と同じように腐った天敵だということを忘れるな!!」


 ぱこん! ぱこんぱこん!


 千明は静に暴力を振るった。

 だが千明は実のところ喧嘩にめっぽう弱く、その打撃力は猫パンチ並みだった。


「わ、や、やめろって!!」


 そして静はといえば千明以上に喧嘩に弱く、それどころか運動神経自体が幼稚園児並みだった。


 どてっ!!


 静はパンチを避けようと身体を捻った際にそのまま転倒した。


「ていっ、ていていっ、ていやっ!」


 ぺし! ぺしぺしぺし!


 千明の猫キックが炸裂する。


「や、やめろ、わわわ、やめろって!」


 静は廊下に寝転んだままじたばたしている。

 猫同士、あるいは園児同士、もしくはゲイカップのじゃれあいにしか見えないのだった。


「あーーーーーーーもう杜!! 何なんだよお前!!」


 やがて渾身の力で起き上がって、千明から距離を取る静。


「貴様がすべて悪いのだ!!」

「だいたい杜!! どうして俺がお前の天敵なんだ!? 俺、何かしたかよ!!」


 紗那をめぐる恋の天敵というわけなのだが、そこのところに気がついていない静には、千明の度重なる暴行・暴言の理由がわからない。


「だいたい貴様は鈍感なのだ馬鹿内!! 紗那さんがどういう気持ちで貴様のことを……げふんげふん!!」


 危うく口を滑らせるところだったが、紗那が静に恋しているのを静本人に告げることは、千明にとっては出来れば避けたい行為だった。

 自意識過剰な静のことである、そのことを知って妙に意識しすぎた結果、彼まで紗那に恋してしまう可能性だって皆無ではない。


「榎元? 榎元が俺のことどうかしたのかよ?」


 静はきょとんとして問うが、千明は強引に話題を変えた。


「ところで馬鹿内、ところで紗那さんはもう学校に来ているか? 登校後、すぐにトイレに行った俺だったが、トイレから出てくるなり、不良生徒たちを発見したものでな。本来ならばトイレ後は紗那さんのもとへ行く予定だったのだ」


 トイレなどという要らぬ情報を織り交ぜられ、静はあまり良い心地がしなかった。


「榎元ならたぶん教室にいる思うけど……」

「おおおおおおーーーーーーーーーーーー!! 紗那さんは教室にいるんだなーーーーーー!! 紗那さん俺は今から君のところへ向かおう、待っていてくれ紗那さんんんんんんんーーーーーーーーー!!」


 千明は瞳を輝かせて、ばびゅーーーーーーん、と去っていくのだった。

 喧嘩は弱くとも足だけは速いのである。


 そんな千明の背中を見送りながら、


「あいつって榎元のこととなると激しいよなあ、なんでだろ。……ま、いっか」


 とてつもなく鈍感なことを呟く。 人妻に恋していながら、実のところ静は恋愛に関しては超がつくほどに疎い。


「……って生徒会室!! 忘れてた!!」


 すぐさま一目散に廊下を走り出す。

 次期生徒会長に相応しからぬ忘れっぽさなのだった。

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