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ツンデレ美少女はうんこが口癖

「……人妻に恋したって構わないよなあ?」


「えーなんで人妻ー! 竹内君おかしー!」

「もーなになにやだもーなに言ってるのー! あっそれとも竹内君もしかしてほんとに人妻に恋して……?」

「えええええええええええーーーーやだああああーーー! 人妻なんて許さないんだからあああああー!!」

「そうだもんそうだもんんんんんー!! ていうかあんたなんでそんな竹内君がほんとに人妻好きかもしれないなんて不吉なこと言うのバカじゃないのふざけんなボケカス」

「なっなになになによもうちょっとした冗談だってばー!! あたしだって竹内君はあたしたちだけのものだって思ってるってばー!!」


(ああ……俺って罪な男……)


 人妻を泣く泣く見送って一夜明けた翌朝、クラスメイトの女子たちに「人妻への禁断の恋」についての意見を求めたその結果に、少年は肩を竦めるのであった。


 竹内静たけうちしずか、青春真っ盛り十七歳。

 国内屈指のエリート校・久遠学園高等学校に通う高校二年生だった。


 華奢なフレームの眼鏡が良く似合う整った目鼻立ちと、繊細そうな雰囲気のある痩せ気味の体躯。

 確かに女子からキャーキャー騒がれるのも頷ける容姿だが、その代償としてか性格の方は破綻している。少なくとも、電信柱の影に隠れて人妻を観察する程度には。


 教室の窓辺にもたれかかった静は取り巻き連中のことは放ったまま、愛しの人妻へと想いを馳せる。

 まださほど暑くはない初夏の日差しが窓から射し込み、湿気を孕みつつも涼やかな風が前髪を揺らす。


(人妻、かあ……。あのひと、なんていう名前なんだろうな。きっとあの美しい容姿に相応しい可憐な名前なんだろうなあああ~。でも、ま、とりあえず名前わからんから、そうだな、じゃ、人妻ヴィーナスって呼ぼっかな!)


 風俗店のようなネーミングセンスだった。


(人妻ヴィーナス……ああ、あの人にぴったりの名前だ……あの人はまさに女神、太陽、月……俺は空へと叫ぼう、彼女の崇める愛の言葉を、そして歌おう声高に、彼女への恋の賛歌を……!!)


 そして恍惚の表情で大きなため息をつく。

 と、彼のその大げさな嘆息に気づいた女生徒たちは、それまで繰り広げていた「竹内君ほんとに人妻に恋しちゃってるの論争」をピタリと止めて、


「竹内君ー! なにため息ついてるのー!」

「もしかしてあたしたちがうるさいせいかな……?」

「えええーーーーごめんどうしよううううううーーー!!」


 すると静は、ふ、とナルシスティックに微笑んで、


「いやいやいや違うよ君たち、とんだ勘違いなのだよ君たち、こんなにもかわいらしい小鳥のさえずりのような君たちの声を、僕がうるさいと思うわけが──」


 すっぱーーーーーーーーーーーーーーん


 と、やけに威勢の良い音をさせて突然に静の後頭部を打ったのは、何者かの上履きだった。

 不意打ちの衝撃を受けて、がっくりと頭がうな垂れる。


 床に落ちた上履きのつま先には、筆ペンを用いたようなやけに達筆な字で「榎元」と記されていた。


「やーい竹内君のうんこうんこ~~~~~~」


 達筆すぎて勇ましささえ感じられるその文字には全く似つかわしくない、小学生じみた罵声が飛ぶ。

 だがもっと似つかわしくないのは、声の主のその容姿の、きらめくばかりの愛らしさなのだった。


「榎元おぉぉおおおぉおおおどうしてそうお前はいつもいつも俺のことを叩くだのうんだの……!!」


 静が忌々しげに声を荒げると、彼女は、つん、として言い放った。


「だって竹内君がうんこなんだもん。うんこだからしょうがないんだもん」


 榎元紗那えのもとしゃな、十七歳。静のクラスメイトである。


 肩の辺りで切り揃えられ、額の真ん中で分けられた黒髪と、透明感のある白い肌。

 涼やかな目元といい、すっとした顔の輪郭といい、随分と大人びた美少女だった。

 華奢な顎や首筋、そして八頭身の長い手足からしてまるでモデルそのものだが、実際にモデル事務所からのスカウトが後を立たないことで、彼女は校内でも有名な存在だった。

 投げ捨てた上履きを拾い上げて、履き直す姿さえもが様になっている。


「うんこうんこってなあ……うんこうんこ言うやつがうんこなんだぞ!」

「ばっかみたい、なに小学生みたいなこと言ってんの」

(その言葉、そっくりそのままお前に返すよ……)


 一方、静の取り巻き陣はといえば、


「えっ榎元さん!! よっよくもあたしたちの竹内君の美麗なこうべを……!!」

「あああっ竹内君のこうべに、しっかりと靴の跡が……!!」

「う、うそおおお、やだやだもうほんとに……榎元さんひどいひどいなんてことしてくれたのーーーー!!」


「あんたたちうるさい」


 という紗那の言葉によって一蹴されてしまった。

 彼女は、ぎろり、と底冷えするような眼差しでひと睨み。

 その目がひたすら凶悪に訴えるのはたった一言、「去れ」である。

 彼女の整った目鼻立ちのせいもあって、それはいっそ凄絶なほどの迫力である。


 取り巻きたちは、ひっ、と一斉に息を呑む。悔しそうな面持ちで、


「きょ、今日のところは、引いてやるんだから……!!」

「で、でもね、竹内君はあたしたちのものだってこと、忘れるんじゃないわよーーーーーー!!」


 やたら悪役じみた言葉を吐いて、どったんばったんと慌しく去っていくのだった。


「ああっ!! 俺の美貌が確かなものである証たちが……!!」


 静は去っていく取り巻き連中の背中に向けて、口惜しそうに声を上げるのだが、


 かーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!


 紗那に目からビームでも飛び出しそうな勢いで睨まれた。


(…………………………!!)


 恐ろしすぎるその視線を一身に受けてしまっては押し黙るしかない。

 静はわざとらしく咳払いをすると、


「て、ていうかさあ……榎元って、あいつらとやけに仲悪くない……? なんで?」


 苦笑しながら素朴な疑問を口にするのだが、


「竹内君には関係ないでしょ」


 クールにぴしゃりと跳ね除けられてしまった。

 取り巻きたちと紗那の関係が良くない原因というのは、実のところとてつもなく単純でわかりやすいものだった。


 恋のライバル同士だからである。

 つまり紗那はツンデレそのものであり、すなわち静が大好きなのだった。


 取り巻き陣と紗那との衝突は、多い時で一日に十回以上にものぼる。

 今回のように紗那が気迫で勝利することもあれば、取り巻き陣が紗那との言い争いの隙をついて、静をさらっていってしまうこともある。


 さて、「関係ないでしょ」の一言で思い切り突き放された静は、乾いた笑いを顔に張り付かせるしかない。


 紗那は、取り巻き陣に囲まれていい気になっている静にとにかく苛立ちを覚えており、それゆえについつい暴行&悪口雑言をぶちかましてしまうのであった。

 また、うんこうんこと罵るのは、小学生男子が好きな女の子をいじめずにはいられない心理と酷似しているも言える。


 静は控えめに彼女の顔を覗き込んで、恐る恐る問う。


「あ、あのさあ……もしかして榎元、俺のこと、き、嫌いとか……?」


 静にとって紗那はなんだかんだで友達であるので、当然嫌われたくなどない。

 ごく純粋な気持ちで不安を覚え、問いかけたのであり、まさが紗那がこの質問にどうしようもなく心かき乱される羽目になるなど知る由もなかった。


 静は、紗那が自分のことを恋愛対象として見ているなど、考えたこともない。

 自意識過剰のくせにこういったところは鈍感である。

 もっとも、上履きを投げつけ、うんこうんこ言ってくる女が、自分を異性として見ているなど、確かに考えづらいことではあるのだが。


「な、な、ななななななんなのあたし別にそんなことなんにも言ってないのに、なんでなんでなんでいきなりもうやだやだほんと困るしもーーーーーーーーーーーーーそういう目であたしのこと見ないでほしいのに竹内君なんでいつもいつもそうなの反則技だもんなんなのなになになにもうもうもうーーーーーーーーーーーーーていうか別に嫌いなんかじゃないし!!」


 大人びた顔を真っ赤にして、しどろもどろながらも必死に訴える。


 静はそんな彼女の様子にいくらか面食らいはしたものの、紗那は時折こんな風に挙動不審になるため、そこは大して気には留めるでもない。

 ひとまず安心したように、うんうん、と頷くと、


「そうかあ、ならいいけど……って、ま、でもそれもそうかあ、こんな超美形な俺を嫌いな女とかいるわけないし」

「……そこまで自信過剰になれるなんて、竹内君ってつくづく幸せ者ね……」

「ん? ああそうそう超美形で俺しあわせ」


 もはや返す言葉もなく嘆息するばかりの紗那だった。


 と、不意に静が、あ、と声を上げる。少々焦りながら紗那に問いかけた。


「あれ、そういや……いま何時だっけ……?」

「八時四十分だけど。どうかした?」

「やば、八時半から生徒会室に来るように言われてたんだった……!」


 十分遅刻。

 静は、きょとんとしている紗那を残して、すぐさま教室を後にしたのだった。

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