疾走する車輪(ロードランナー)
ある日の休日、平子と隼人はジョーイの宿泊するホテルの前に呼び出されていた。何やら二人に見せたい物があるらしく、休みの早朝だというのに呼び出され、二人は不服そうに、元凶の姿が現れるのを待っていた。
「ねえ、隼人」
「ん、何だい?」
「ジョーイの見せたい物って何かしらね」
「さあ、まあ彼の見せたい物なんて、せっかくの休日に、ゆっくりと休んでいる人を、朝早く集めてまで見せる価値のある物ではないだろう。どうせ下らないやつだよ」
二人の陰鬱そうな表情を無視して、ようやく元凶であるジョーイが、颯爽と現れた。そして白い歯を見せながら、ドイツ製の高級車に乗って、二人の前に横付けにした。
「やあ・・・・」
思わず互いの顔を見合わせる二人。こんな高級車をどこで手に入れたのか。二人の疑問は一致していた。
「ねえ、そのピカピカ車は何よ・・・・?」
「ふっ、こいつは俺と同じく、アメリカからの留学生マイケルが俺に預けた物さ。どうやら家の都合で、しばらく母国で暮らすことになったらしい。だがこの車を持って行くことはできないので、俺に、バッテリーが上がらないように、適度に吹かしといてくれって、キーまで預けてくれたんだ」
ジョーイは誇らしげに金色のカギを二人に見せた。二人の唖然とした表情など気付きもせずに、何故か誇らしげにしていた。
「彼は君に乗って良いと言ったのか?」
「エンジンを吹かすってことはなあ、すなわち、ちょっとドライブするっている意味なんだよ。さあ乗れ乗れ、平子ちゃんはもちろん補助席に、真面目君は後部座席に座んな」
ジョーイは二人を半ば強引に乗せると、アクセルを思いっきり踏み込んだ。スピードメーターが徐々に上がって行き、制限速度の40キロを超え、いつの間にか60キロと70の間で針が揺れ動いていた。
「おい、こんなにスピード出して平気か、ここは40キロ道路だぞ。高速じゃないんだぞ」
「チキンかお前は、全く日本の男はもやしだなぁ。40キロ道路で素直に40キロ出す奴がいるかよ」
車は街を抜け、郊外の人通りの少ない道路に出た。
「でも、車を上手に運転できる人って素敵」
平子はうっとりとジョーイの横顔を見た。
「へへ、平子ちゃんは分かってるな。俺ちょっと本気になっちゃうよ」
ジョーイは自分がかつてないビッグウェーブに乗っていることを実感していた。だがその波も大して上がらぬまま、水泡となってしまう。背後から来たバイクが、ジョーイ達の車を横から追い抜くと、突然、車の正面に止まった。
「あ、危ねえ」
「きゃあああ」
ジョーイはブレーキを思い切り踏んだ。
「くっ・・・・」
車はバイクまで数ミリという距離で止まった。車は上下に僅かに揺れ、激しいブレーキの余韻に浸っている。目の前のバイクには茶髪にロングヘヤーの女性が乗っていた。顔はヘルメットで分からないが、長い後ろ髪が、ヘルメットからはみ出ていた。
「危ないだろ」
ジョーイが叫んだ。しかし声が聞こえていないのか、バイクは一人で動き始めた。まるで何事もなかったかのように、すっと走り去ってしまった。
「なんなんだ、今の奴は」
隼人は真っ赤になっている額を押さえながら言った。実は先程のブレーキの最大の被害者は隼人だった。額を椅子の固い部分にぶつけ、一人で悶絶していたのだ。
「あの女許さねえ」
ジョーイはアクセルを踏み込むと、一気に70キロまで速度を上げ、バイクの女を追い抜いた。
「ざまあみろ」
ジョーイは舌を出してバイクの女を挑発した。隼人と平子はどぎまぎしながら様子を伺っていた。
「驚いたよジョーイ、君のことだから、彼女を撥ねるんじゃないかと内心怖かったんだ」
「おいおい隼人、俺がいくら軽率な部分があるからって、人を撥ねるわけないだろうが」
その後はゆったりとしたドライブを楽しんだ。速度もきちんと守り、ジョーイの大好きなヘヴィメタル
を聞きながら、ある意味学生らしいバカ騒ぎをしていた。
「おい、ははは、見ろよ隼人に平子ちゃん。あの女がまたいるぜ」
ジョーイはバックミラーに映る、先程のバイクの女を見た。どうやらジョーイ達の車を煽る気らしく、適度なスピードで後ろにビタッとくっついてきた。
「何か怒っているんじゃない?」
「怒りたいのはこっちだぜ」
バイクの女はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。ヘルメット越しなので、当然三人には見えない。その時だった。女のバイクの前輪が突然、弾丸のように発射された。そして車の後部座席の窓を割った。
「おい、何だ今のは・・・・」
異変に気付いたジョーイと平子が後ろを見る。何と大きなタイヤが窓を突き破っていたのだ。そしてその下に潰される形で、隼人が倒れていた。
「大丈夫か隼人?」
「くそ、平気さ。こんな物」
和也はタイヤを道路に投げ捨てた。そして指先から鉄糸を出した。
「ネットワーク」
鉄糸が集まり、壁となる。そして割れた後部席の窓を補完するように、割れて丸見えになった個所を塞いだ。
「くそ、済まないこれでは糸が邪魔して後ろを見れない」
「気にするなバックミラーがある。だが何だ今のタイヤは」
ジョーイはバックミラーで女の姿を確認した。バイクには前輪も後輪もきちんと揃っている。
「パンドラね」
平子はぼそりと言った。二人の顔が鋭くなった。
「九条さん。どういうことだい?」
「さっき、隼人が道路に投げ捨てたタイヤ、他の運転手達は見向きもしなかったわ。恐らく見えていないのよ。パンドラはパンドラ能力者にしか見えない。だからあれはパンドラなのよ。それにタイヤだって飛ばしたはずなのに、減っていない」
「どうする?」
「あの女をバイクから降ろすわ。隼人、鉄糸で私の腰を縛ってくれない?」
「な、危険だ。君は僕の鉄糸を命綱に使おうとしているのだろうが、僕のネットワークは、能力者の僕から離れれば、離れるほど弱くなっていく、切れてしまうぞ」
「平気よ。もう少し速度を落としてくれればね」
平子はチラッとジョーイの顔を見た。ジョーイは無言で頷いた。
「今更言うが。やっぱり平子ちゃんは勇気あるぜ。俺は怖い」
「任せて。ジョーイは運転だけしててね」
平子はニコッとウインクすると、隼人に腰を鉄糸でグルグル巻きにしてもらった。そして車の天井を開けて、顔を外に出した。瞬間、強い風が顔に当たった。車がある程度の速度を出せば出すほど、抵抗も強くなる。
バイクの女はタイヤを平子に向かって飛ばした。
「危ない」
平子は頭を引っ込めることで避けた。
「これじゃ、近付けないじゃない。でも行くっきゃない」
平子は命綱を頼りに天井に両足で立つと、飛んでくるタイヤを避けながら、女に狙いを定め、思い切りジャンプした。フワッと体が軽くなる。
「ぐあああ」
隼人の腕が出血していた。ネットワークを無理やり引っ張られ、肉体にも負担がきているようだった。
「平気か隼人?」
「だ、大丈夫さ。九条さんが命を懸けて闘っているのだ。この腕が千切れても離す気はない」
平子はバイクの女に飛びかかっていた。運良く空気抵抗のおかげで、バイクの女に接触できたらしい。バイクの女は途中のカーブを曲がりきれずに、ガードレールを突き破った。そしてそのまま下に落下した。落ちた先は砂浜になっていて、平子も女も無事だった。
「おい、九条さんすごいぞ」
「ああ、本当に」
二人が呆然とするのを尻目に、平子は髪が砂まみれになりながらも、女のヘルメットを強引に取った。
「あんた、パンドラ能力者ね?」
女は平子によって、砂の上に押さえつけられている。
「ええ、そうよコードネームはクイーン・・・・」
クイーンはそのまま意識を失ってしまった。平子は彼女の胸倉を離すと、その隣に仰向けに倒れた。
「私には休日もないわけ・・・・」
その後、近くに車を止めて、ジョーイと隼人が砂浜に到着し、この事件は幕を下ろした。




