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乾坤一擲(ハラキリ)

 宇宙から降り注いだ謎の隕石。エメラルドグリーンのまるで宝石のように巨大な塊は、謎の電波のようなエネルギーを周りに放射し、近隣の人間は電波により、体調を崩したり、神経症的な症状を訴える者が後を絶たないという。それらは一過性のもので、一か月ほどで終息する。しかし中には、その後不思議な能力に目覚める者がいるという。それをパンドラという。人間の生命力を武器として具現化する。その存在を知る者は少ない。


「さて、昼飯はどうしようか」

 平子と隼人、そしてジョーイの三人は街中を歩いていた。今日からテスト週間のために、学校は短縮授業で、昼前には解散してしまう。そのため昼飯をどこで食べるかは、学生にとっては重要な課題であった。

「何か美味い店ない?」

 ジョーイが地図を広げながら言った。それに対して隼人はキラリとメガネを光らせた。

「美味いラーメン屋なら知ってる」

「ほほう教えろ」

「田村屋さ」

「田村?」

 隼人は自慢げに胸を張った。田村屋は豚骨醤油ラーメンを専門とする、いわゆる行列のできるラーメン店の一つである。歯ごたえのある麺に、スモークでリフトなチャーシュー。そして濃厚なのにさっぱりとしたスープ、小・中・大と好きなサイズで、トッピングまで自由に注文できてしまう、リピート率の高い大人気店である。

「悪いけどパス」

 平子は興味なさげにきっぱりと言い、そのままスタスタと歩いて行ってしまった。

「おい、待てよ。理由を聞かせて欲しい」

 冷静な隼人らしくなく声を荒げる。それとは裏腹に冷ややかな眼で平子は言った。

「だって油でベトベトになるんだもん。それにさあ、ああいう店って女性に配慮してないじゃん。女はフレンチでも行ってろ的な雰囲気でさ、本当気持ち悪い。死ねば良いのに」

「待て、女性には配慮している。女性客だって結構いるんだぞ」

「へえ、でも私には関係ないわ。クソが」


 ジョーイは二人の喧嘩を微笑ましいよな、何とも複雑な気持ちで見守っていたが、ふと背後を見ると、そのまま二人とは逆方向に歩き始めた。

「悪い隼人、俺もパスだ。用事ができた」

 ジョーイは雑踏を掻き分けて、人の少ない郊外に出た。そして後ろを振り返った。

「なあ、そこの奴、いい加減にやめろよ。男の跡つけて楽しいのか?」

 ジョーイの発言に背後の男がビクッと反応する。そしてニヤリと口をへの字に曲げた。

「偉そうに気取ってんじゃねえよ。わざとバレるようにつけてたんだよ」

「へえ・・・・。後ろから襲い掛からなかったことだけは評価するぜ」

 ジョーイは指で路地裏に入るよう合図した。後ろの男もそれに従った。

「奇襲ってのは雑魚がすることだぜ。俺は正面からでもお前を潰せる自信がある」

 ジョーイは路地裏の最奥で止まると、男の方を振り返った。男はジーパンにアロハシャツという、中々にファンキーな格好で、髪型は何故か時代錯誤なちょんまげで、腰には帯刀していた。

「何だジャパニーズサムライか?」

「ふふっ、この刀は俺のパンドラだ。名付けて乾坤一擲(ハラキリ)だ」

「それ玩具じゃないのか」

「俺を怒らせて冷静さを失わせようとしているな。無駄だ。俺は常に落ち着いた男だ」

 男は刀の柄に手を掛けた。

「待て。侍らしく名乗りな」

「良いだろう。俺の名はスペード。これはちなみに本名じゃないぜ。コードネームだ」


 スペードは再び柄に手を掛け、一気に引き抜いた。同時にジョーイの胸元が横一文字に斬られた。

「ぐっ・・・・」

 血を床に垂らし、ジョーイは胸元を押さえた。刀を引き抜くと同時に斬りかかる。いわゆる居合と呼ばれるものだ。

「いきなり卑怯じゃないか」

「悪い悪い。手が滑っちまった」

「良いか、俺が三つ数えたら戦闘を開始するぞ」

「ああ、構わん」

 スペードは刀を鞘に戻した。そして目を閉じた。

「瞑想かよ。まあいい。数えるぞ」

 ジョーイは数字を数え始めた。

「いち・・・・」

 スペードはゆっくりと眼を開けた。

「に・・・・。ライオネルッ」

 ジョーイは叫ぶとライオネルを発現させ、右手で握ると、スペードに向けて真っ直ぐと槍の先端を突き刺した。

「くっ」

 スペードはジョーイの攻撃をハラキリで受け止める。そして弾き返した。

「ちっ、もうちょいだったのによ」

「お前も卑怯じゃねえか」

 スペードが吠える。


「仕返しだよ馬鹿が」

「上等だ」

 スペードはハラキリをジョーイに向かって振り下ろした。だが、全く見当違いの場所に刀の先が当たった。さらに再び刀を振り上げると、またも無意味な所を斬りつけ、空を斬った。

「お前は何してんだ」

「これが戦略さ」

 スペードはまるでやる気がないようであった。相変わらず見当違いの場所に攻撃している。

「ふざけんのもいい加減に・・・・」

 ジョーイが言いかけたところで、スペードが不敵に笑った。

「もうお前は終わりだ・・・・」

「何?」

 ジョーイはふと、右に移動した。その時だった。

「ぐっ・・・・」

 横腹が何かに当たった。金属のように冷たく鋭い何かに。しかし視覚には何も映らない。だがそこには確実にナイフのようなものがあった。

「くそ血が・・・・」

「俺がデタラメに斬っていと思っているのか。俺の能力ハラキリは、斬った部分に見えない刃を仕込むことができる。そしてそれは俺にのみ見える。だからお前の周りにある、刃を俺は知っているんだぜ」

 ジョーイは腕を少し右にずらした。刃が僅かに触れた。もし思い切り腕を動かしていたら切断されていただろう。軽く触れただけでも、紙で手を切ったように、腕からは血が出ていた

「そこから一歩でも動けば、お前は死ぬ」


 ジョーイは覚悟を決めたのか、肩の力を抜いて立ったまま動かなくなった。

「諦めたか?」

「ああ、だがその前に教えてくれ。冥土の土産にしたい」

「良いだろう。言え・・・・」

「俺や、俺の仲間を狙う刺客は、お前以外にどれぐらいいるんだ?」

「俺達はトランプに由来したコードネームをそれぞれ持っている。俺がスペード、他にもダイヤ、クラブ、ハート、クイーン、そしてキングがいる。キング以外は金で雇われていて、雇い主の情報も大して知らない。ただお前らを一人殺るごとに、日本円で一億が入る。これは中々素晴らしいビジネスだ」

 スペードは言い終えると、ハラキリをジョーイに向けた。

「これで死ぬか?」

「ああ、死ぬな。ただし俺ではなくお前がな」

 ジョーイはライオネルを発現させた。そして指先で柄を持ち、まるでペンを回すようにクルクルと、器用に回した。

「腕が動かせなかろうが、足が動かせなかろうが、指先が使えれば問題ない」

 ジョーイはライオネルの先をスペードに向けた。

「ブランチスピア」

 ライオネルが回転し、スペードに向かってまっすぐ伸びた。そしてそのまま額を貫いた。

「ふう、ところでお前、俺を殺すって言ってたな。まあ、額を貫かれた今、何を言っても無駄だろうがね」




 

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