夜の支配者(ナイトライダー)
キャンプの夜。平子とリカは同じテントで過ごしていた。ふつうはコテージがあるものだが、彼女らの高校では、大自然を感じるために、敢えてテントを生徒に敷かせるのだ。
「ああ、もう最悪~」
狭いテントの中で少女の叫びが木霊した。声の主は平子である。どうやら蚊に刺されたらしく、手足が赤く腫れていた。
「大丈夫、平子ちゃん?」
リカが心配そうにバッグから消毒薬を取り出して、平子に渡した。
「リカは刺されてないのね。ほら、私O型でしょ。だから蚊が寄り付きやすいのよ」
「いや、知らないけど」
「帰りたいわ・・・・」
「私もだよ・・・・。そうだ寝る前にトイレ行ってくるね」
リカは立ち上がるとテントから出て、真っ暗な森の中に入って行った。トイレは教員達のいるコテージにしかない。男子のように外で立ちションというわけにも行かないので、わざわざ結構な距離を歩かなくてはならない。そうこうしているうちに夜は更けていく。
その洋館は森の中に建っていた。成長した木の一部は窓を突き破り、洋館と一体化している。壁には苔がいくつも生えており、まるで古代の遺跡のようにも見えた。その建物の3階に、一人の老人がいた。彼は正面にある上りの螺旋階段と、その先にある赤い両開きの大きな扉を見ていた。
扉は重苦しい音をたてながら開いた。同時に冷たい空気が扉の隙間から立ち込めた。老人は白髪に白髭の、見た目60代後半から70代ぐらいの男性だった。体には白装束を羽織っている。
「入れ・・・・」
扉の先から背の高い、青く長い髪をした女性が現れた。そして氷のように冷たい声で、老人を部屋の中に招き入れた。
「主様。キングを連れてきました」
女性は部屋の奥にある、ベージュ色のカーテンで仕切られて、姿がよく見えない人型の影にそう言った。
「ううむ」
影は小さな唸り声をあげた。そして影が僅かに揺れた。
「キングよ。九条は始末できたか?」
「いいえ・・・・」
キングと呼ばれた老人は、頭を垂れて、じっと床を見ていた。そしてすぐに顔を上げた。
「神崎様・・・・」
キングは影の名を呼んだ。カーテンの奥にいる人型の影がまた揺れた。
「私は神崎裕人。あの時、今思い出してもゾッとする。神殿のベランダから落ちた時、咄嗟の判断で、生命の維持に必要な体の組織を全て一塊の肉に移動させ、そして一つの肉片以外の肉体を捨てる決断をしてなければ、私は死んでいた」
「主様・・・・」
傍らにいる青髪の女性が心配そうに神崎を見つめた。
「キングよ。私のために早く九条の子種を殲滅してくれ。そして我が悪夢に終止符を打ってくれい」
「ははあ」
キングは深く頭を垂れた。そして心の中でほくそ笑んだ。
(お任せください神崎様。既に我が刺客の一人が、あの小娘を始末しに向かっております)
リカは森の中を歩いていた。何とも不気味な場所だと思った。ついさっきまでは他の生徒のテントがあったので、怖くはなかったが、流石に真っ暗な道を、懐中電灯一つで渡り歩くのは勇気がいる。その時、背後の草むらが僅かに揺れ動いた。
「ひっ・・・・」
思わずリカは背後を見た。草むらの先に何かがいる。彼女は恐る恐る見に行った。ライトを照らし、草を掻き分ける。
「・・・・」
何もいない。ホッとしたその瞬間。
「んぐ・・・・」
背後から突然口と鼻に布を当てられた。そしてツンとしたアンモニアのような刺激臭が、彼女の嗅覚を刺激した。しばらくすると、リカは両手を下に垂らして、意識を失った。
リカがトイレに行ってから30分が経った。平子はふと、寝袋の上に置いてある時計を確認した。
(おかしいわ。もう30分よ。ちょっと長すぎよ)
平子はテントを出ると、リカのいるはずのコテージに向かった。
「リカー」
平子は歩きながらリカの名前を呼び続けた。しかし返ってくるのは残酷な静寂だけで、彼女の姿は一向に見えない。ふと、平子は草むらの方を見た。草の間から光が漏れている。
「リカ?」
平子は草を手で掻き分けた。
「あ・・・・」
草むらの先にはリカが倒れていた。少し離れた先には懐中電灯が付けっ放しで落ちていた。草の間から漏れていた光はこれだった。
「ねえ、大丈夫リカ・・・・」
平子は気を失っているリカの肩を揺さぶった。応答がない。呼吸はしているので死んでいるというのはありえない。
「くくく・・・・」
突然、何処かから男の笑い声が聞こえてきた。
「誰よ・・・・」
「安心しな。その小娘はお前を釣る餌だ。殺しちゃいないよ。懐中電灯もわざと点けといた。お前を誘き出すためにね」
男の声が徐々に近くなってくる。平子は構えた。
「シルバークイーン」
青い光共に銀色の刃を持つ剣が出現した。そしてそれを右手で掴んだ。
「来なさい」
夜の闇がさらに深くなっていく。
「それがお前のパンドラか・・・・」
夜の闇がどんどん深くなっていく。
「何これ・・・・」
平子はようやく気付いた。周りの変化に、自分に起こっていることに。何処から、黒い霧のようなものが噴出している。そして懐中電灯の光を奪い、辺り一面を黒一色に変えた。
「く、何も見えない」
「ひひひ、怖いだろう闇は。だがな俺は怖くないぞ。見えるからな。我がパンドラであるナイトライダーはまさしく夜の支配者よ」
「ナイトライダー・・・・」
突然闇の中から白い光線が飛び出してきた。
「ああ・・・・」
光線は平子の肩を掠った。そして彼女の肩を僅かに抉ると、背後の木に命中しドロドロに溶かしてしまった。
「痛っ、何よ今の・・・・」
「うけけけ、驚いたかい。闇からの砲撃は恐ろしかろう」
再び光線が放たれた。平子はしゃがんで避けた。しかし光線は木に当たると、先程とは異なり、まるでピンポンのように跳ね返った。そして平子の太ももを掠った。
「あぐ・・・・」
平子はあまりの痛みにその場に蹲った。光線が触れた部分が溶け、まるで硫酸をかけられたかのように爛れている。もしまともに受けていたらどうなるか。想像しただけで彼女は恐ろしくなった。
「何故、さっきは木を溶かしたのに、今のは私の元に跳ね返ってきた」
平子は背後の木を見た。辺りが真っ暗なため、見える部分は限られている。しかし突然彼女の眼に強い光が当たった。
「あっ・・・・」
平子は空を見た。月の光が何かにぶつかって反射させた。光を反射する物体は限られている。
平子は木の周辺を手で探った。そして見つけた。肝心な鏡の部分にヒビが入り、最早使い物にならなくなった赤いふちの手鏡を、そしてそのかけらの一部を掴んだ。
「何をしているんだ?」
「さあね・・・・」
平子は鏡の破片を手に空を見た。そこには黒いガスが充満している。しかしよく見ると、それは綿飴のように一か所に固まっている。先程の正面からの攻撃は、実際にはフェイクである。本当の攻撃はあの黒いガスから発射されている。彼女はそう睨んだ。つまりガスの中から放たれる光線は、あらかじめ仕掛けられていた鏡にぶつかり反射する。反射された光線は、まるで正面から撃たれたかのように、まっすぐと平子を狙い撃つ。そうすることで彼女の視線を正面に釘付けにし、上空に意識が行かないようにしたのだ。
「来なさい」
平子は不敵に笑みを浮かべた。どうやら上空からも平子の姿は良く見えないらしく、唯一見える、月光を反射する鏡に光線を当てることで、彼女にいつかは当たるだろうという、かなりいい加減なものだった。
「死ねい」
ガスの中から光線が放たれる。そして近くの鏡にぶつかり反射、平子の元に放射された。
「甘いわ」
平子は鏡の破片を光線に当てた。光線は再び屈折、今度は斜め上空の黒いガスの中に入って行った。
「ぐあああああ」
ガスの中から男の叫び声が聞こえる。そして光線によってガスが取り去られ、内部が明らかになっていく。まるで要塞のような砲台をいくつも搭載した。所詮城だった。それも西洋の中世ファンタジーに出てくるような、古典的な城だ。
「アレが・・・・パンドラ・・・・」
初めて見るビッグサイズのパンドラ。しかし先程の光線の影響か、城の内部からは煙が出ている。どうやらかなりの深手らしい。今にも墜落しそうだ。
「畜生・・・・」
「姿さえ見えればこっちのもんよ」
平子はシルバークイーンを構築し、両手で握った。そして呼吸を整え叫ぶ。
「シューティングスターブレイカー」
金色の光が一筋の線となり、剣を振り下ろすと同時に、墜落寸前の城をまっすぐ貫いた。そしてそのまま轟音と共に爆発した。
「あ、ヤバイ」
本当は男を尋問するつもりだったが、城ごと跡形もなく消し飛ばしてしまった今、尋問もクソもないことに気付いた彼女であった。




