水面の襲撃者(アクアレイダー)
今日、平子達の学校ではキャンプが行われていた。場所は足柄。高校生にもなってキャンプとは、中々珍しいが、大自然の中でしか学べないことも少なからずあるものだ。
「あまり遠くまで行くなよ」
担任はそれだけ告げると、何処かに行ってしまった。
「ああ、もう嫌ああああああ」
白昼の川辺に少女の叫びが木霊する。
「どうしたの。平子ちゃん」
平子の友人、糸井リカが心配そうにしている。
「体は汗臭いわ、日焼けはしちゃうわ。ホントに最低だわ」
「でもでも、川って楽しいよ」
「へえ、どこら辺が?」
「えっと、釣りとかできるし」
「うわー楽しそう」
棒読みだった。平子は頭にタオルを乗せると、さっさと川から離れて、リュックから風呂敷を出すと、それを砂利の上に広げ、その場に寝転んだ。砂利が背中に当たって痛かった。
(そう言えば、ジョーイの奴が変なことを言ってたわね)
平子はキャンプに来る以前、ジョーイから聞いた話を思い出した。それは彼がホテルで襲われた際に、敵から聞いた、キングという老人の話である。そのキングこそが、自分を狙う者の正体なのだろうか。だとしたら何故自分を狙うのか。彼女は動機が知りたかった。
「おい、あれ見ろよ」
川辺でふざけていた男子の一人が、川の方を指した。そこにはさっき川とは、正反対にいたはずの担任の先生が、川の真ん中に立っていた。
「おい、斉藤何してんの?」
男子の一人が担任の名前を呼んだ。普段なら生徒に呼び捨てにされれば、すぐに怒るのが通例となっていたが、今回は振り向きすらしない。
「どうなってんの・・・・?」
周りの生徒が、この不自然な状況に困惑し始めた。
「平子ちゃん、あれ・・・・?」
リカはてっきり隣にいると思い込んでいた平子に話しかけたつもりが、彼女の姿はすでになかった。何故なら、平子はすでに、川に向かっていたからだ。
(あれは恐らくパンドラだわ)
平子は見ていた。担任の斉藤の足元に、ブクブクと泡が立っていたことに、先生は何かに足を掴まれているのだ。そう彼女は推理した。
「先生大丈夫?」
平子は川に入った。今のところ、川の水位は彼女の足首程度となっている。
「ほら、掴まんなよ」
平子が斉藤に手を差し出すと、斉藤の体が突然足元の泡に吸い込まれるように、川の中に入って行った。
「え。ウソ?」
平子の立っているところは、足首までしか水は来ていない。それに対して、僅かに離れているだけの斉藤は、まるで大海の渦に巻き込まれるように、川の中へと吸い込まれていった。
「ああ、もう」
平子は制服のまま、斉藤の吸い込まれた川に飛び込んだ。
川の中にはまるで、深海のような世界が広がっていた。そして川の底には、黒い保護スーツを身に着け、背中には酸素タンクを、そして顔にはシュノーケルとフルフェイスマスクを装着した、体型的に女性と思わしき人物が、気絶した斉藤を小脇に抱えていた。ちなみに反対側の手には、魚を取るために使用するモリが握られていた。
「コホオオオオ」
川底から聞こえてくる不気味な呼吸音。女性は斉藤を離すと、平子に向かってモリを構えたまま向かってきた。
(斉藤先生は勝手に浮いてるから無事ね)
平子は斉藤が沖に浮かんで行ったのを確認すると、右手にシルバークイーンを発現させた。
(こいつもパンドラ能力者ね。見たところ、あのモリがパンドラだと思うけど)
女性は平子から数メートルのところで突然止まると、モリを使って、まるでスパゲティーをクルクルとフォークに巻くように、水の中でモリの先端を回転させた。するとモリを中心に、泡が立ち始めた。そしてそれはいつの間にか、大きな渦へと変わっていた。グルグルと多量の泡を含んだ渦が、女性の体を囲む。
平子は思った。まるで水の中に竜巻が発生しているようだと。まさに彼女の目の前には巨大な渦巻きが発生していた。そしてその渦に平子の脇腹が軽く触れた。
「がは・・・・」
平子の脇腹がグニャリと曲がった。同時に平子の口から泡が、肺の酸素が漏れた。
(ヤ、ヤバイ。息が・・・・)
平子は急いで海面へと向かった。そして渦が足まで届く前に、何とか顔だけを水面の上に出すことができた。
「はあ・・・・はあ・・・・」
「平子ちゃん」
遠くの方でリカの声が聞こえてくる。
「あ・・・・リカ・・・・」
「平子ちゃん。先生無事だったよ。だから早く沖に上がって」
リカの必死な叫び。平子はそれに答えようと手を振ろうとしたが、直後に足元から間欠泉のような水柱が噴出した。そして平子の体を空に突き上げた。
「あぐ・・・・」
平子は為すがまま空に打ち上げられると、そのまま水面に向かって真っ逆さまに落ちて行った。
「コオオオオ」
背後から先程の女性の声が聞こえた。彼女は水柱と共に、自らも空を飛んでいた。そして落下している平子の背後から、モリの柄で、平子の首をグッと押さえつけた。そして両足を平子の足に絡め、体を羽交い絞めににするように、二人で水面の上に落ちた。
「あ・・・・あ・・・・」
女性は平子を背後から羽交い絞めにしたまま、どんどん川底に潜って行った。
(この女、私を窒息死させる気ね)
平子はシルバークイーンを出した。しかし背後から羽交い絞めにされている以上、何もできない。だが平子は絶望していなかった。唯一残された手があった。しかしこの手を使うには、かなりの勇気を必要とする。
(やるしかない)
平子はシルバークイーンの先端を自らの腹部に突き付けると、そのまま一気に後ろの女性ごと突き刺した。
「ごあああ・・・・」
川の中が血で変色していく。しかし血を流したのは平子ではない。本来、パンドラとは本人の生命力を具現化したもの。そのためそれで自分を傷つけたとしても、それでダメージを受けたり、死ぬことはない。既にウイルスに感染している患者が、自分のウイルスの付着した物に接触しても、病気が悪化しないのと同じような原理である。
女性は血を流しながら、川底に沈んで行くと、すぐに体勢を立て直し、再び平子に向かってモリを構えた。平子のシルバークイーンは、女性の脇腹を少し抉っただけで、彼女を倒すには至らなかった。
(しつこいわね)
平子はシルバークイーンを下にいる女性目掛けて振り下ろした。すると剣の先が金色の光を放ち、刃の先端のように鋭い光線が女性目掛けて、一直線に放たれた。
(名付けて、シューティングスターブレイカー)
光が女性を貫いた。
「ごぼごぼ・・・・」
女性はわけの分からないことを呟くと、そのまま川底に沈んでいった。




