白兵戦の覇者(ライオネル)
平子は隼人の元へ走っていた。彼の家に近付くと、すでに彼も平子のものと同じ手紙を見ていた。そして平子と眼を合わせた。
「君も受け取ったのかい?」
「ええ、達の悪い悪戯なのかしら」
「だが、君を狙っているあの方とやらの仕業かも」
「そうね、時間は夜の8時みたい。二人で来いってことよね」
平子と隼人は約束の時間になるまで、自宅で待機した。そしてあっという間にその時間がやってきた。
二人は今、学校の前にいる。
「夜の学校って不気味ね」
平子は固く閉ざされている校門に足を掛けると、学校の中に入った。隼人も後に続いた。
「見てよ何かいるわ」
平子は学校の屋上を指した。丁度二人を見下ろすような形で、満月をバックに、男性と思わしきシルエットが佇んでいる。手には何か長い物が握られている。
「気を付けろ」
隼人が前にいる平子にそう呼びかけた瞬間、突然満月をバックに佇んでいたシルエットが、屋上からジャンプして、二人目掛けて落ちてきた。
「な、何よ自殺?」
「違う、危ない九条さん」
隼人は平子の腕を掴むと、自分の背中に彼女を追いやった。
「なんだあいつは」
シルエットが徐々に浮き彫りになっていく、やはり正体は男性だったようで、髪の毛は赤く、まるで炎を形にしたような髪型をしている。どうやら、アメリカ人のようで、瞳は青く、肌も白かった。そして手には赤い柄の槍が握られていた。彼はそれを片手でクルクルと回転させると、槍の先を地面に向けた。
「ブランチスピアー」
男の柄が突然、グルグルと回転し始めた。そしてまるで如意棒のように、槍の柄が縦一直線に伸びた。
「ふはははは、お命頂戴」
男は槍を地面に突き刺して着地した。その瞬間地面が、正式にはグランドの地面が砕け、その破片が隼人目掛けて飛んで行った。そして避ける間もなく、彼の体を削り取っていった。
「がは・・・・」
隼人は血を吐いて倒れた。平子は隼人の背後にいたので、破片を受けることはなかった。だが、隼人は腕や足、胸や肩などに破片が突き刺さり、白いYシャツをインクのような真っ赤に染めていた。
「ただ登場しただけで一人始末できるとはな」
男はほくそ笑んだ。
「誰よあんた」
「俺か、俺の名前はジョーイ・ブラウン。世界一女を愛する男だ」
ジョーイは槍を器用にクルクルと回転させると、槍の先を平子に向けた。
「俺は女性を殺すのは苦手だ。だから自殺してくれ。そうすれば手間が省けて、おまけに自分の流儀も守れるから、ハッピハッピーだ」
平子は構えた。このジョーイという男は強い。彼女の直感がそう言っている。恐らくパンドラに目覚めたのは、自分達よりも早いのだろう。まるで手足のように操っている。
「まて・・・・九条さん・・・・」
闘おうとする平子を静止して、隼人が立ち上がった。
「悪いが、この男は僕が倒す。ネットワーク」
隼人の右腕にパンドラが出現した。針金のような透明な鉄糸を操る能力だ。
「ほう、その陳腐なブツで、我がライオネル(白兵戦の覇者)を倒すとでも?」
「無論さ」
「ダメだよ隼人。あいつは強い」
心配する平子に対して隼人は優しく微笑んだ。
「九条さん。ここは僕にカッコつけさせてくれ。このパンドラ、ネットワークにはまだまだ秘密が隠されている」
隼人は鉄糸をジョーイに向かって飛ばした。だが彼はそれを難なく避ける。
「鈍いぞ」
ジョーイは槍を構えた。そこに再び隼人の鉄糸が飛んでいく。
「芸のない能力だ。俺のライオネルの相手にならん」
「芸ならあるさ」
隼人は左の薬指に巻き付いている鉄糸を軽く引っ張った。それを見てジョーイは顔色を変えた。
「何だと。左腕には糸はなかったはずだが」
隼人の左手薬指についていた鉄糸は、ちょうどジョーイの足元に繋がっていた。
「お前がしたり顔で僕の攻撃を避けている間に、罠を仕掛けておいたのさ」
隼人が鉄糸を引くと、ジョーイの足元の鉄糸が、彼を巻き込もうとした。
「そのまま、僕の鉄糸に足を捕えられるが良い」
「どうかな」
ジョーイは鉄糸が足に引っかかる前に、地面に槍を突き刺すと、まるで棒高跳びの選手のように高く跳躍した。そして空中で体勢を整えると、隼人の出している鉄糸の上に、まるで綱渡りのように両足で乗っかった。
「ほほう、中々頑丈だな」
ジョーイは鉄糸をまるでトランポリンのように、その場でピョンピョンと跳ねてみせた。
「この糸は弾力性があるではないか。さて・・・・」
ジョーイの眼がギラリと妖しげに光った。
「行くぞ。ブランチスピア」
ジョーイは槍の先を隼人に向けた。そして槍はグルグルと回転すると、先程のように柄が伸びていった。そして隼人の姿を捕えると、槍の先端が彼の額を真っ直ぐに貫いた。
「がは・・・・」
隼人の額から血が流れた。そしてそのまま白目を剝くと、立ったまま動かなくなった。
「そんな・・・・隼人・・・・」
平子は瞳を涙で潤ませると、地面に両膝を付けて蹲った。そして大粒の涙をポロポロと零し、地面を濡らした。
「泣く必要はない。すぐに君も楽になる」
ジョーイは歯を見せて笑った。そして血の付いた槍を持ったまま平子に近付いた。
「隙ありだな」
「ん?」
ジョーイの背後から隼人の声が響いた。ジョーイは驚きのあまり、警戒すら怠って背後を向いた。なんとそこには、死んだはずの隼人が立っていた。そしてジョーイの腰を鉄糸でグルグル巻きにしていたのだ。彼には意味が分からなかった。何故隼人が生きているのか。よく見ると、背後には隼人が二人いる。額から血を流している隼人と、無傷の隼人だ。
「どうなっているのだ?」
「僕が二人いると言いたいのだろう。あそこでへばっているのは僕じゃない。よく見てみろよ」
ジョーイは額に穴の開いた隼人の姿を見た。しかし見た目に大きな変化はない。
「な、何もないぞ」
「まだ気づかんか。お前は間違い直しには向かないな。足元を見ろ」
ジョーイは拘束された体で必死に隼人の足元を見た。目を凝らして観察していると、ある違いに気が付いた。それは額に穴の開いている隼人は、足元から鉄糸が出ているのだ。そこで彼はようやく理解した。そして自分の敗北を悟った。隼人は鉄糸で自分の偽物を作っていたのだ。そしてその偽物を囮に使うことによって、ジョーイの背後を取った。恐るべき彼の手腕だった。そして鉄糸は今、ジョーイの腰に強く巻き付き、彼の動きを完全に封じている。
「驚いたか。これが僕のパンドラ、ネットワークだ。鉄糸を何本も組み合わせて人形を作るぐらい余裕なのさ。君はさっきこう言ったな。お前の能力は陳腐だと。確かに僕のネットワークにはパワーがない。しかし優雅さ、知性に関してはお前のライオネックを超えている」
「けっ、ガタガタうるさいぜ。早速勝ったのに、そんなに喋ったら、せっかくのヒーローが台無しだ」
「忠告感謝する」
隼人は小指に付いている鉄糸を上にあげた。同時に、その鉄糸の先に、グルグル巻きにされているジョーイの体が空に向かって飛んで行った。
「とどめ」
隼人は両手で鉄糸を掴んで降ろした。同時に空中のジョーイも凄まじい速度で落下してきた。
「うおおおおお」
ジョーイの体は勢い余って、体育館の屋根を突き破っていった。
「あ、ヤバイ・・・・」
「知らんぷりしてれば良いのよ」
この後、彼は平子の家で手当てを受けた。




