銀白色の淑女《シルバークイーン》
平子と用務員の男は正面に対峙していた。
「何これ・・・・?」
平子は自分の手に握られている剣を見つめていた。これがパンドラというものなのか、彼女自身理解していない部分も多かったが、彼女の脳はそれの使い方を既に理解していた。
パンドラとは本人の生命力が武器などの形として具現化した物である。パンドラはパンドラ能力者にしか見えず、触れることはできない。ただしパンドラ能力者は、無能力者つまり一般人にパンドラで攻撃することができる。
「行くわよ」
平子は地面を蹴って男の元に走った。
「ぶっ殺す」
男も同じくチェーンソを振り回し平子の元に走った。両者のパンドラがぶつかり合う。その様は、まるで火花が散っているようにも見える。男の方が力は上らしく、徐々に平子の体が後ろに下がっていく。そして彼女の剣が僅かに欠けた。
「あ、やば・・・・」
平子は慌てて後ろに跳んで、男と距離を離した。男は追撃を加えるべくチェーンソを彼女の頭上から振り下ろした。
「・・・・」
しばしの静寂、男のチェーンソは血を一滴も吸っていない。平子は何処へ消えたのか、男は視線をチェーンソの先に移した。何と平子は男のチェーンソの先端に両足で乗っていた。
「へへ・・・・」
平子は悪戯っぽく笑った。そして剣を片手で振り上げた。男の顔が恐怖にゆがむ。
「ま、待て・・・・」
言いかけたところで平子の剣が振り下ろされた。男は額を縦一直線に斬られると、噴水のような血渋きをあげ、後ろに倒れた。
「はあ・・・・ビビったわ・・・・」
平子が力を抜くと剣が青い光とともに消えた。
「もし、返り血なんて浴びせやがったら、殺すとこだったわ」
平子は舌を出し、だらしない顔をした男をチラッと睨み付けた。
「見事だね・・・・」
突然、平子の背後から聞き慣れない男の声がした。声色から判断するに、若い男のようで、振り返ってみると、同じクラスの男子、学級委員の木戸隼人だった。彼はメガネを掛け、脇に教科書を何冊か挟むように抱えていた。
「あれ、学級委員様が何か・・・・?」
「見事なパンドラ裁きだったよ。素晴らしい。こうでなくては僕も仕事のやりがいがない」
隼人はメガネを指で押し上げると、右手を前に突き出した。突如右腕が青い光を放ち、彼の右腕に銀色の細い糸が巻きついている。
「あんたも・・・・」
「そうこれが僕のパンドラさ。名付けてネットワーク(蜘蛛手)と呼んでいる。どんなものも捕える能力」
平子も手から先程の剣を出そうとする。しかし手からは白い煙が僅かに出たのみで、何も起こらない。さらに彼女は、まるで貧血にでも襲われたように地面に膝をついた。
「体が動かない・・・・」
「ふふ、無理もないさ。パンドラは精神力で動かすもの。さっき発現したばかりの未熟な君では、まだパンドラを使用できる時間は短い。最も、僕は卑怯者ではないから、今君と戦う気はない。体調が戻ったら戦おう」
隼人は踵を返すと、裏庭の出口に向かって歩き始めた。
「ちょっと待って」
平子は手に力を込めた。彼女の手が青い光に包まれると、先程は出なかった剣が再び発現した。
「馬鹿な・・・・」
隼人は驚き立ち止まった。そして鋭い眼光で、自らもパンドラを発現させた。
「あの方が君を恐れる気持ちが分かった。君はここで殺さねばならない」
「あの方って誰よ・・・・」
「君が知る必要はない」
隼人は銀の糸を平子に向かって飛ばした。平子はそれをしゃがんで避けた。そして隼人に向かって走った。
「僕の能力は遠距離戦に長けている。君の剣では太刀打ちできないよ」
隼人は糸を平子の剣に巻きつけた。そして綱引きの要領で、自分の方へと引き寄せた。
「ぐっ・・・・」
「どうだい頑丈だろう」
「そう言えば。私も自分のパンドラに名前を付けるわ。そうねシルバークイーンなんてどうかしらね」
「何を言っているのだ?」
「あんたをブッ飛ばした時の決め台詞に使うのよ」
隼人は鼻で笑うと、グッと指に力を入れて、平子のシルバークイーンを引き寄せた。
「どうしたんだい。もう終わりかな」
「この勝負は私の勝ちね」
平子はフフッと笑うと、何を思ったか、自ら隼人のもとに走って行った。
「馬鹿な。やけくそか。一つ教えておいてやる。僕はテストで問題が分からないからといって、選択肢を選ぶとき、全部同じ記号を選んで誤魔化そうとする奴が大っ嫌いなんだ。今の君はまさにそれだ」
隼人は怒り狂ったように吠えた。それに対して平子は冷ややかな眼で言った。
「悪いけど、私はテストで分からない問題があったときは、空欄派よ」
平子は隼人の目の前まで走ると、シルバークイーンを消した。同時に巻き付いていた糸が、地面に落ちた。
「シルバークイーンを締まってしまえば、あんたの糸も意味ないわね。良いこと教えてあげる。あんたの失敗は、その糸で私自身を縛らなかったことよ」
「パンドラなしでどうする気だ」
「あんた馬鹿じゃないの。人間の武器と言ったら、この拳じゃろがい」
平子は唸りを利かせて拳をグッと握った。そして隼人の顔に向かって、女子とは思えないパンチを一発食らわせた。
「ごふ・・・・」
隼人は宙を舞った。そして自身の敗北を悟った。




