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ディープミスト2

 隼人は犬の血濡れの頭部を足元に置くと、周囲を見渡した。白い霧がまるで生きているかのように、彼の視界を遮ってくる。厄介なのは、平子と逸れてしまったことだ。この霧では彼女を見つけることは不可能に近い。

「九条さーん」

 大声で叫ぶも、帰ってくるのは静寂だけだった。しばらく歩くと、地面に巨大な足跡があるのを発見した。それは大きな足に、大きな指が、クッキリと残っている。どれほどに巨大な生物が歩いたのだろうか、考えるだけでも、彼は恐ろしくなった。


「ふぉふぉふぉ」

 前から奇妙な笑い声が聞こえてきた。何かいる。隼人は構えた。

「グォォォォ」

 地獄の底から響くような野獣の雄たけび。この世には到底存在しえない生物の鳴き声が、前から聞こえてきた。その瞬間だった。隼人の腹から肩にかけて、鎌鼬のように斜めに斬れた。

「ぐあ・・・・」

 隼人は多量の血液を撒き散らしながら、地面に倒れた。そして右手でそっと斬られた個所に触れた。

「ああ・・・・」

 手には血がべったりとくっついている。何かに引っ掻かれた。それも猫の類ではない。もっと大きな、特撮に出てくるような怪獣に、斬られたような気分だった。


 隼人の目の前に白髪の老人が姿を現した。

「何だ、今度は仙人か?」

「ふぉふぉふぉ、違うな。わしの名はキング。貴様を始末しに来た」

「キングだと・・・・」

 隼人は思い出した。この老人こそ、平子を狙う者の正体であることを。そして傷を押さえながら、彼は立ち上がった。

「無理して立つと、死期をはやめるぞ」

 キングは指で隼人を指した。

(攻撃が来る)

 隼人はネットワークを出した。だが攻撃は彼に向けられたものではなかった。

「おい、お前ら、こんなところにいると危ないぞ」

 霧の先から、新聞を片手に中年の男が現れた。彼は能力者ではない。隼人のネットワークを見ても、一切の反応を示さないことから容易に分かる。

「危ないぞ」

 隼人は思わず叫んだ。その攻撃は隼人に向けられたものではなく、二人を心配して来た、中年の男性に向けてのものだったと悟った。


「グォォォォォ」

 奇妙な鳴き声と共に、男の首と胴が離れた。そして千切れ飛んだ首が空中で、粉々に、まるでリンゴを手で潰すように砕け散った。

「ああ・・・・」

 隼人は地面に膝を突いた。関係のない一般市民が殺されてしまった。彼の落胆は筆舌に尽くしがたいものだろう。涙を浮かべながら、地面を手で殴りつけた。

「ふぉふぉふぉ、馬鹿が、大人しく家にいれば良かったものを」

「貴様、今の人は、僕らが霧の中で、路頭に迷うっていると心配して来てくれたんだぞ。許さん」

 隼人はネットワークをキングに向かって飛ばした。

「当たるか」

 キングは右に避けた。鉄糸が行き場を失くして、地面に落ちた。

「甘いね」

 隼人の眼がキラリと光った。キングの背後から突然、別の鉄糸が現れた。そして彼の手足を羽交い絞めにした。

「うげええええ」

「霧のトラップさ。お前に放った糸はダミー、本当の攻撃はこっちさ」


 隼人は鉄糸を二本飛ばしていた。彼のネットワークはよほどの距離でない限り、自由に鉄糸を伸ばすことができる。ダミーとして放った鉄糸は、わざと避けやすいようにした。そしてキングがダミーに気をとられている隙に、反対の手から放った鉄糸を霧の中に忍ばせていたのだ。

「本命の糸は、お前の体を通り過ぎて、何処かの柱に括り付けておいた。そしてお前がダミーを避けたのを見計らって、柱から糸を外した。お前はブーメランのように、僕の手元へ戻る鉄糸に捕まったんだ」

「このガキめ」

 キングは悔しそうに舌打ちをした。

「さて、拷問タイムだ」

 隼人は鉄糸を強く引いた。キングの右腕が操り人形のように、空に向かって手を挙げた。

「体が動かん・・・・」

「どうだ面白いだろう。お前は僕の操り人形さ。だが、悪戯に人を苦しめるのは、僕の理念に反する。これから僕の言うとおりにするなら、助けてやっても良いぞ」


 キングは顔を歪ませると、ヒクヒクと顔の筋肉を動かした。

「お断りじゃ」

「そうか・・・・」

 隼人は鉄糸をさらに強く引いた。今度はキングの腕に血管が浮き出てくる。そして強い圧迫感と共に、腕全体が真っ赤に変色した。

「うがああああ」

「痛いだろう。このまま1時間もすれば、腕に血液が行かずに腐る。だが、もう少し力を入れれば、お前の腕を切断できる。さあ、どうする、腕を壊死させるか、それとも切断か」

「どうすれば良い?」

「霧を晴らせば良いんだ」

「分かった・・・・」


 キングが指を鳴らすと、街中を覆っていた白い霧が晴れた。そしていつもの街並みに戻った。

「これで良いだろう」

「もう一つだ。お前の仲間について教えてもらおうか」

「それは・・・・」

 キングが答えを渋ると、再び腕に強い圧迫感が生じた。隼人は本当に、キングを殺そうとしている。彼もそれを悟ったのか、ゆっくりと口を開いた。

「わし以外に、後・・・・」

「待て」

 言いかけたところで邪魔が入る。いつからいたのか、キングの背後には、青く長い髪の美女、ジョーカーが立っていた。彼女はキングの隣に並ぶと、横目で彼を睨み付けた。

「ひ・・・・」

 キングは恐怖のあまり口をつぐんだ。ジョーカーはその様子を冷ややかに見ていた。そして隼人に視線を移すと、ゆっくりと語り始めた。


「今回は我々の負けだ。これ以上の詮索は許さない。そして今から、キングの処断を済ませる」

 ジョーカーは無表情のまま、キングの横を通り過ぎて行った。

「ま、待ってくれ・・・・」

 キングは怯えたように、ジョーカーの後に付いて行こうとした。しかし手足を鉄糸で拘束されいるので動けない。

「は、放せ。まだ死にたくない」

 キングの異様な様子に、隼人は言葉を失っていた。

「うああ・・・・」

 キングは空を見ながら叫んだ。何が起きているのか、隼人には理解できなかった。しばらくすると、キングの首が、先程の中年のように、千切れ飛んだ。そして残された胴体が空中に浮かび上がった。そしてバリバリと何かが避けるような音と共に、肉団子のように磨り潰されて、跡形もなく消え去った。


「何だ一体・・・・」

 驚き立ち尽くす隼人に対して、ジョーカーは涼やかな声で告げた。

「これが私のパンドラよ。キングのパンドラ、ディープミストは霧を発生させるだけの能力。私のパンドラは、人の眼には見えない透明な恐竜を使役することができる。私には見えているの。恐竜の姿がね。凶暴で中々手に負えないけど」

 ジョーカーはそれだけ説明すると、いつのまにか、隼人の前からいなくなっていた。透明な恐竜を使役する。今まで見たことのない能力に、彼は恐怖を感じていた。震える手は、いくら力を入れても抑えられなかった。

 

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