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毒婦の狂愛(ハートショット)

 平日の真昼、二人の男女がビルの屋上にいた。女の方はブロンドで碧眼の髪を背中まで伸ばしている。スタイルは良く、いわゆる出るところは出て、引くとこは引くというような、メリハリのある体付きをしていた。また着ている白のタンクトップが体の線を強調している。服の胸元には赤いハートの絵が描かれている。

「ねえ・・・・」

 女が隣の男の胸を指で突いた。

「何だ?」

 男は不機嫌そうに答えた。彼は青いシャツにジーパン姿の黒人男性で、耳にはピアスが付けられていた。体も中々の巨漢で、身長は190センチぐらいだった。

「クイーンとスペードがやられたみたいよ」

 女は言いながらポケットから煙草を出して、ライターで火を点けた。

「ライバルが減ったという意味では朗報だが、逆にプロの殺し屋を二人も倒したとなると、ヘビーな連中だな」


 男は女の咥えている煙草を掴むと、手で握り潰した。

「何するのよ?」

「受動喫煙で猛毒を吸わされる身にもなれ。私は煙草が嫌いだ」

 女はつまらなさそうにフェンスに腰をぶつけた。

「ところであんたのコードネームは何だっけ?」

「ダイヤだ。そういうお前はハートだったな」

「私の本名知りたい?」

「興味ないな。どうせこの仕事が終わったら、二度と人生で交わることはないのだからな。コードネームで呼び合うのが後腐れなくていい」

 男は言いながら出口の方に歩き出した。女もゆっくりと後を追う。

「ダイヤ。私が男二人を始末する。私の能力は男にしか効果がないからね・・・・」

「構わないさ。俺は一億もらえればそれで良い」

 二人の男女はビルの屋上から姿を消した。



 ジョーイは一人で東京の街中を歩いていた。手にはバイトの求人のチラシが、皺だらけの状態で握られている。大学生にとってはバイトは生命線だ。それは彼にとっても同じだった。だからこそこんな平日の真昼間から、大学にも行かずに街を彷徨っているのだ。

(くそ、楽なバイトないかなー)

 ジョーイはチラシを凝視しながら歩いていた。突然彼の顔に何か柔らかい物が当たる。

「ん・・・・?」

 ぽよんという効果音でもつきそうな柔らかい双丘を彼は両手で掴んだ。やはり柔らかい。こんなに柔らかい物を触るのは生まれて初めてだった。恐る恐る顔を上げてみる。

「・・・・」

 目の前には白いタンクトップを着ているブロンドの美人だった。そしてジョーイの両手は彼女の胸を、両手で鷲掴みにしていた。

「あん・・・・」

 女は顔を赤らめて小さく声をあげた。ジョーイの顔が沸騰したやかんのように熱くなっていく。

「すんませーん」

 気付いた時、ジョーイは土下座していた。

「ふふふ、良いわよ坊や。にしてもあなた中々のテクニシャンね。お姉さん軽くイッっちゃったわ」

 女はてへっと笑った。


「ところで坊や、これからお暇はあるかしら」

「えっ・・・・」

 ジョーイは思わず固まった。彼は今年で20になるが、今まで女性をナンパしたことはあっても、逆に言い寄られたことなどなかったからだ。そしてナンパが成功したためしは皆無だった。それが今回は違う、相手から誘っている。これは春が来たのか。ジョーイの心の中は幸せで満開だった。それにこの東京砂漠で、同じアメリカ系の女性と遭遇できるなんて、運命と言うものを信じざるを得ない。彼は興奮していた。

「ええ、もちろん暇ですよ」

「ふふふ、良かったわ。あたしの名はハートよ。これからちょっとお店行かない?」

「お店ですか。もちろん」

 ジョーイの頭の中に、喫茶店のイメージが浮かんだ。清純な男女はまずは喫茶店に行くと、テレビで言っていたのを思い出した。


 二人は奇妙な距離感を保ちながら街中を歩いて行った。そしてしばらく進むと、やや人通りの少ない場所に出た。周りはパチンコ屋やら、飲み屋やら、学生が来るには相応しくない光景が広がっていた。

 ハートは突然立ち止まった。そして目の前のビルの看板を見た。

「あそこが良いわね」

 ハートが指した先には、ピンクの看板があり、発光した文字で、ポッキリ天国と書かれていた。そう、これは正しくラブホテルだった。

「おお・・・・」

 ジョーイはあんぐりと口を開けたまま固まっていた。昼間からこの女性はおっぱじめる気なのか。彼の頭は爆発寸前だった。こんな平日ののどかな午後に、平子や隼人は学校で真面目に授業を受けているというのに、自分だけおいしい思いをしても許されるのだろうか、彼の中で激しい葛藤が巻き起こっていた。最もその葛藤は、ハートの「入りましょう」の一言の前に簡単に収束したのだが。


 ジョーイとハートはフロントにいた。部屋のカギを借りて、早速部屋に向かう。ピンク色の壁がこれから起きるであろう、情事への期待を高めていく。

「あなた初めてね・・・・」

「ええ、お恥ずかしい話ですが」

 ジョーイはすっかりと声が小さくなり床ばかり見ていた。ハートはニコッと笑った。

「可愛い坊やね。じゃあ先にシャワーでも浴びて来たらどうかしら?」

「それは大事ですな」

 ジョーイはくるりと右を向くと、ハートに背中を向けてシャワールームのドアに手を掛けた。その時だった。

「かかったわね」

 後ろでハートのせせら笑う声が聞こえる。ジョーイは思わず振り向くと、ハートの右手に黒い拳銃が握られていることに気が付いた。そして指が丁度引き金に触れていることを知った。

「な、何のつもりだ?」

「馬鹿ね。私のコードネームはハート。トランプのハートよ。そして我がパンドラは毒婦の狂愛(ハートショット)

 ハートの持つ銃から、コードネームよろしく赤いハートマークが出現し、フワフワと宙を舞っている。そしてゆっくりとジョーイに近付いてきた。

「これが弾丸か?」

 ジョーイがハートに触れようとした瞬間だった。ハートが白く発光、その場で爆発した。

「な・・・・」

 ジョーイは咄嗟にライオネルを構えるが、間に合わず背後の壁に吹き飛んだ。そして背中を強く打ち、床の上を転がった。

「が・・・・は・・・・」


 床に寝そべるジョーイを見下ろしながらハートは、銃口を彼に向けた。

「私のパンドラ、ハートショットは。自分に惚れた男を標的に、触れると爆発するハートの弾丸を撃ち込む。まさに狙った獲物は逃がさない能力ね」

「はあ・・・・はあ・・・・悪いが、あんたへの愛はもう覚めたぜ」

「無駄よ。一度でも私に欲情したら。私が解除しない限り、あなたは的であり続けるわ」

「そうかい」

 ジョーイは立ち上がると、シャワールームのドアを開け、素早く中に入った。そして鍵を閉めた。

(ドアを爆破してこい。その瞬間にライオネルの必殺技、ブランチスピアで脳天貫いてやる)

「馬鹿ね」

 ハートは銃口に口づけると再び銃の引き金を引いた。先程と同じ赤いハートマークの弾丸がふわりとジョーイに向かって放たれた。

「来い・・・・」

 ジョーイはライオネルの槍を構える。だが彼はミスを犯した。それは、相手のパンドラを良く観察しなかったことだ。ハートはドアを破壊することなくすり抜けてきた。

「ウソだろ・・・・」

 ジョーイの目の前にハートがゆっくりと近付く。

「的はあくまでジョーイ、あなたなのよ。たとえ核シェルターに隠れようとも、私のハートショットはあなただけを打ち抜くのよ」


 ジョーイの頬にハートの弾丸が触れた。

「済まない皆・・・・」

 バスルームは爆発音と共に吹き飛んだ。ドアが破壊され、部屋の中は黒い煙で充満している。

「が・・・・あ・・・・」

 ジョーイは背中を壁に付けたまま、床に尻を付けぐったりとしていた。顔は赤黒く血塗れで誰か分からないほどに、酷い有様となっている。

「まずは一人ね」

 ハートはそのまま部屋を出ると、何処へと消えて行った。

 

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