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パンドラ

今作は第2章と銘打っておりますが、基本的にはこの章から読むことを推奨します。事実上の1章と捉えていただけるとありがたいです

 2000年東京、女子高生の九条平子は学校へ向かっていた。彼女は少し気が強いことを除いては、何処にでもいるようなごく普通の少女だ。腰まで伸びた金髪のロングヘアーに、花柄のカチューシャを付けており、瞳は二重で大きく、女子高生らしく、薄い化粧もしていた。そんな彼女だが、学校をよくサボるため、周りからは不良生徒として扱われている。しかし顔だけ見れば、どう見ても可憐な美少女にしか見えないのも、彼女の特徴の一つだ。


「ねえ、見てよヤンキーだ、怖~い」

 平子と同じ制服を着た二人の女子が、彼女を見ながら、何やらコソコソと小声で話していた。基本的に平子は無害であるが、人にコケにされることだけは我慢できない。

「うるさいこのメス豚共が、さっさと消えないと、喰うわよ」

 平子は周りの眼も気にせずに、ドスの利いた声で叫んだ。近くを歩く生徒達の視線が一斉に平子に注がれる。当の女子二人は顔を真っ青にして、歯をガチガチと震わせながら固まっていた。

「ったく、ビビるぐらいなら最初から黙ってろっての」

 平子はバツが悪そうに前髪を掻き揚げると、怯える二人を無視して歩き始めた。


 学校に着いた平子はいつものように保健室に直行した。そして保健室の扉に慣れた手つきで入って行くと、鞄を適当に放り投げて、いつも使っている一番右端の窓側のベッドに潜り込んだ。

「ちょっと九条さん・・・・」

 ベッドでゴロゴロとくつろいでいる平子の姿を、苦々しげに見ている白衣姿の女性がいた。

「ああ、理奈先生・・・・」

 理奈先生と呼ばれたその女性は、この学校の保健医で、平子が唯一心を開く存在であった。理奈は平子の毛布を乱暴に剥ぎ取った。

「あ、何すんだよ」

「何すんだよじゃありません。そのベッドはあなただけの物じゃないのよ。皆使うんだからね」

「へへへ、そう来ると思って」

 平子は立ち上がるとベッドのシーツを誇らしげに理奈の前にさらした。何とベッドのシーツにはテカテカと黒のマジックで、九条平子と書かれていた。理奈は頭が痛くなった。


 平子は椅子に座ると、理奈が入れたお茶を飲みながらくつろいでいた。彼女の自由奔放な態度に理奈も諦めたらしく、授業に出ろなどとは言わなかった。

「そう言えば・・・・」

 理奈が何かを思い出したように平子の方を振り向いた。

「どうしたの先生?」

「最近、また体調を崩す生徒が増えてきたわね」

 東京は今、大きな問題を抱えている。それは今日から丁度3か月前に起こった隕石落下事件の際に、落下した謎の巨大隕石の存在である。隕石はとにかく巨大で、透き通るようなエメラルドグリーンの、とても隕石とは思えない代物だった。隕石は東京の郊外に落ちると、周囲のマンションなどなぎ倒し、あっという間に、辺り一面荒野に変えてしまった。

「隕石か・・・・」

 時事に疎い平子でも流石に知っていた。彼女が先日見たテレビのニュースによると、隕石の表面からはある特殊な放射線が放たれており、それが心身に悪影響を及ぼすという。事実、彼女の周辺でも体調を崩す生徒は多かった。


「心配だな皆・・・・」

「ほとんどの子が神経症みたいなの。その点あなたは心配ないわね」

 理奈はクスクスと口に手を当てて笑った。

「私だってデリケートだよ」

 突然保健室の扉が開いた。ゴミ袋を両手に抱えた用務員の、見た目50歳ぐらいの男が入ってきた。

「あら、どうしました?」

 理奈が不思議そうに男に尋ねると、男は恥ずかしそうに笑った。

「へへ、この袋運ぶのが大変でね、少し休ませてもらおうかと・・・・」

 言いかけたところで平子が、男に駆け寄った。

「私が一つ持つよ」

「えあ、本当かい助かるよ」

 平子はゴミ袋を一つ持つと、男と一緒にゴミ捨て場のある、学校の裏庭に向かった。


 学校の裏庭は雑木林で囲まれており、昼でも薄暗い。そのせいで夜中は幽霊が出るとか、ある意味学校らしい噂の絶えない場所だった。

「おじさん、本当はここが怖いんでしょ?」

 平子は意地悪く男の方を振り返った。

「へへ、やめてよ。おじさんはお化けなんて信じないんだから」

「ふーん。ところでさ、あなたいつもの用務員の人じゃないね」

 平子は意地悪く笑っていた時とは違う、鋭い眼付きになった。同時に男の顔からも笑みが消えた。

「なんだって・・・・?」

「いつものおっさんはどうしたのかなって気になってさ・・・・」

「ふふ、そうだね・・・・」

 男はゴミ袋を手放した。その瞬間だった。男のゴミ袋がズタズタに切り刻まれる。

「え?」

 平子は慌てて男の元から離れる。何と男の手にはさっきまでは影も形もなかったチェーンソが握られている。そしてチェーンソの刃を舌でベロリと舐めると、気味悪く笑った。


「何者よあなた・・・・」

「九条平子」

 男は呟くと、平子に向かって走った。平子は手に持っているゴミ袋を男に投げつける。だがゴミ袋は男の目の前で、瞬時に分解される。

「くっ」

 平子は走ってその場から逃げようとするが、木の枝に引っかかって転んだ。そこに男がゆっくりと近付いてくる。

「貴様に怨みはないが、あるお方の命令でね、始末しろとさ」

「その手に持っているのはいつ出したのよ」

「これか?」

 男はチェーンソを平子の顔に近付けた。彼女の顔が恐怖に歪んだ。

「きゃああ」

 平子は思わず顔をそむけた。男は相変わらず笑っている。

「へへ、お前中々可愛い声で鳴くじゃないか。オジサンの喜ばせ方を良く知っている」

「来ないでよ」

 平子は立ち上がろうとするも、男に脇腹を思い切り蹴られ、ゴロゴロと地面の上を転がって行った。

「あぐ・・・・」

 あまりの痛みで呼吸ができない。さらに意識も朦朧としてきた。平子の頭の中に死の文字が浮かんだ。

「良いことを教えてやる。俺はチェーンソを隠してたわけじゃない。これはパンドラと言う。人間の生命力を武器として具現化したものだ。人間の脳にはまだ未知なる可能性が残っている。パンドラはその才能の到達点だ。話によると、全ての人間は最低一つのパンドラを持っており、それが発言するかしないかは、その人間の気質によるらしい」


 男は説明を終えると、平子の頭上にチェーンソを振り下ろした。平子は眼を閉じた。自分はここで死ぬんだ。彼女は悟った。そして少し残念に思った。友達をもっと作っておけば良かったと。だが、彼女の運命は終わっていなかった。

「あれ・・・・?」

 平子の体全体を眩い光が包む。そしてゆっくりと眼を開けると、男のチェーンソが何かによって止められている。それは彼女の手に握られていた。

「ば、馬鹿な」

 男は後ろに仰け反って、怯えたような顔で、平子から離れた。何と彼女の手には、白銀の刃を持ち、金の柄に緑色の宝石のような物が埋め込まれている剣が握られていたのだ。それは西洋にあるような両刃の剣で、全く重さを感じさせない。そして何よりも男の攻撃を簡単に防いだのだった。



 

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