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冬がきた日

 小さな足跡、大きな足跡。各々自由な方向にむかって伸びているそれに目をやって、リマは満足げにうなずいた。

 ついにこの町にも、冬がやってきたのだ。

 クリスマスに年越し、薪パーティー。胸躍る行事が集結しているこの季節は、彼にとって四季のなかで最も好きな季節だった。

「こういう日には、お祝いをしなくちゃいけない」

 誰に言うでもなく、リマはうきうきと体を揺すった。

 祝うといえばパーティーだ、とリマはこの日のためにクロゼットに入れておいたふさふさの毛皮を身につけて、家を飛び出した。

 まだ誰も歩いていないところを見つけては、ぴょんぴょんととび跳ねて足跡をつけていく。そして、時々は後ろを振り返って自分のつけた足跡を確認してはクスクス笑った。

 小川を渡り、大木を通り過ぎて、少し歩くと友達のポーンの家が見えてくる。

 ポーンとリマは性格こそ正反対だが、幼いころから喧嘩をしつつも今までずっと友達をやっている。

「ポーン、ポーン! 冬がやってきたよ、冬がやってきたよ!」

 リマが玄関口で友人に向けて声を張り上げると、ぎしん、と錆びた音と同時にニ階の窓が開いた。そのはずみで、窓にはりついていた雪がぱらぱらと落ちた。

「なんだい、また君か!」

 呆れた声がリマの頭上から降ってくる。

 ポーンは、家の中にいるというのに何枚も何枚も毛皮を被っていた。そして、ぶるぶると震えている。

「冬が来たからお祝いをしようと思うんだけど、一緒に準備をしないかい?」

「君は正気か? こんな雪の中、外を歩いたら凍っちまう。僕はお祝いも欠席させてもらうよ」

 ポーンは、ほぉぉと自分の両手に息を吹きかけて言った。

「大体、君は春が来た時も、夏が来た時も、秋が来た時だって、お祝いをしているじゃないか」

「そうだとも。なにか嬉しいことがあれば、お祝いするものさ」

 そう言って、リマはまた一歩、パーティー会場を飾り付けるための道具を探しに足を進めた。

 ポーンは数回リマの名前を呼んで進むことをとめたが、リマは「夜には帰るさ」と歌うように言い、また一歩、また一歩と足を進めた。

 リマの視界にうつるものはみな白く、きらきらと輝いている。吸い込む空気はこの上なく澄んでいて、体の奥底から浄化してくれるようにリマには感じられた。

 足の爪先を雪に埋めて、思いきり引き上げる。ぴしゃっと雪がはじける。リマは嬉しくなって次から次へと爪先で雪を掬い、ぴしゃっぴしゃっと雪をはじけさせた。

 しかし、その遊びをしている途中で、あたたかい毛皮をかぶっているはずなのに、リマは自分の体が冷たくなっていることに気付いた。手もかじかんで思うように動かない。耳もじんじんと痛んでいる。

 リマはお祝いのことで頭がいっぱいで、冬の陽はこれまでよりもずっと早く隠れてしまうことをすっかり忘れていたのだ。

(今日はこれくらいにして家に帰ろう)

 だが、リマが来た道を行こうと振り返ると、そこにもう足跡はなかった。朝から降り続けている雪は次から次へと降り積もり、跡をかき消していたのだ。

「困ったなぁ……」

 呟いて、とにかく座ろうと雪をしのぐのにちょうど良い大木を見つけた。その根元に腰をおろし、ぴゅうぅと吹く風に体を震わせながら手をあわせて暖をとった。

(朝になって明るくなれば、きっとここがどこだか分かるさ)

 自分を勇気づけて、リマは視線をあげた。

 ペンキをぶちまけたような平べったい夏の昼空とは違い、どんなに背伸びをしても届きそうにない天を仰いでから、リマはのっそりと横になった。

(こんなことになるならポーンの忠告を聞いていればよかったなぁ)

 木の葉の隙間から光り輝く満月を見つめ、リマは白い息をはいた。

 今夜は、いつものように毛布をたくさんかけて眠ることはできない。まして屋外で眠るなんてことは、リマにとって初めての経験だ。

 横になってみたはいいものの、葉っぱが自分の体や他の葉っぱとこすれあい絶えず音を作っている。リマは、今体の下に敷いている木の葉がいまにもむくりと起き上って自分を襲ってきそうだと思った。

 お腹も減ったし、暗いし、怖いし、寒い。

 リマは心細くなって眠るどころではなくなり、毛皮をぎゅっと掴んでその場に座った。そして、せめて空腹だけでも癒そうと、雪を掬って口に含んでみた。リマのあたたかい口内で、雪はたちまちジュワリと溶けて水になってしまった。キンと冷えたそれが喉元を通り過ぎ、心臓のあたりまでも冷やしていく。

(寒いよう、寒いよう)

 しまいにはぐすぐすと鼻をすすって泣きだしてしまった。

(このままじゃ、ここで凍えて死んでしまうかもしれない)

 リマが絶望にうちひしがれていると、ぱらぱらと頭上から雪が降ってきた。降ってくるというよりも、落ちてきた。落ちてきた雪は、ぴしぴしっとリマの体を叩いて溶けていった。

「いてっ」

「『いてっ』じゃない」

 リマは驚いて、その場で心臓が止まってしまうかと思った。それでもかろうじて止まっていないのは、その声がとても聞きなじんだものだったからだ。

「ポーン! どうしてここにいるの?」

 まだ涙のあとの残る目をきらめかせて、リマは木の枝に腰掛けている友人に尋ねた。ポーンはもったいぶってその場でくるりっと一回転してから、すとんと降りた。

「君が、パーティーがどうとかこうとか言っていたからさ」

「でも君は来ないって言ったよ」

「言ったさ」

「じゃあ、どうして来たの?」

「来なかった方がいいってことかい?」

 ポーンは、トントンと足の爪先で地面を叩いて腕を組んだ。

「いいや、君が来てくれて良かった。僕はここで死んでしまうかと思っていたところだよ」

「相変わらず大袈裟な奴だね」

 大袈裟じゃないさ、とリマが真剣に言うと、ポーンはたまらずふきだした。そして、冷えきった友人の手をとって、新しく積もった雪の中をさくさくと家に向かって歩きはじめた。

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