私の居場所争奪記
吾輩は猫である。名前は
「マダナイ」
――私の名前は夏目漱石の小説の冒頭からとったらしい。
何度思い返してもひどい名前だ。すでにあるのに「まだない」なんて。タマとかでいいから、もう少し存在感がある名前が欲しかった。
まぁ、他人や他猫に会う機会なんてものは、完全室内飼いの箱入り娘なので滅多にないのだけれど、笑われたり苦笑されたりで結構コンプレックスなのだ。
「マーダ、マダちゃん」
媚びるような甲高い声で呼びながら、この家のヌシであるお母さんが掃除機で私をつついている。
昨日貧弱フツメンの見合い相手に名前を馬鹿にされ、断る前ににフラれ、今日の私は不機嫌モード。
窓から入る秋の終わりの暖かい太陽の光で癒されていたのに。
あんたの付けた名前のせいなのに。
なんなの?ここは私の場所なのよ。普段はろくすっぽ掃除しないのに!
いらつくけど場所を譲るのが嫌で、私はしっぽを身体に寄せた。
お母さんは「吸っちゃうよ」とばかりに掃除機のヘッドを寄せたり離したり。
諦めたと思いきや、ぬっと背後から私をかかえ、ソファにあるクッションの上に乗せた。
もう。まぁクッションも好きだけどもー。
私は動くのも面倒なのでとりあえずまるまった。
お母さんはズボラだけれど今日なんだかとても念入りだ。拭き掃除まで……
誰かが来るとも言っていなかった。
だんだん寒くなるこの時期。
もしかしてあれがでてくるのか?
こたつ
素晴らしい道具だ。
しかし、こたつがあると私のお気に入りの場所を確保するのが、困難をきわめる。去年経験済みだ。
先手必勝
私はお母さんがこたつ布団を本体にかけ、板を置いた瞬間、その上に飛び乗った。
「マダナイだめでしょ!机に乗ったら!」
私はお母さんを無視して上から日差し、下からこたつの温かサンドを堪能することに決めたのだ。
しかし無情にもお母さんは私をこたつ上から下ろし、布巾で拭き始めた。
お母さんが去るタイミングで私はこたつにあがる。
お母さんは戻ってくると、手にもった菓子鉢を取り落としそうになった。
「マダちゃん…!」
私は知らんぷりをして寝ることにした。
しかし10分後
「ただいま〜」
半目で確認するとお母さんの息子、中学生のオサムが帰ってきていた。
嫌な、予感。
「おかえり〜。あらァ〜気が利くじゃない」
「安かったから」
オサムが持って来たのは、段ボール箱。
描かれているのは、みかんじゃないか!
私が居るのも構わずに、オサムとお母さんはこたつに入りみかんを食べだす。
ちょっと!
みかんくさい!
いやー!
漂う柑橘の刺激的なニオイに私はたまらず逃げ出した。
一般的な猫と同じように、みかんは私の天敵のひとつである。
あぁこたつ
いとしのこたつ
どうしてあなたはみかん臭なの?
しばらく離れた場所で私はこたつにたそがれた。
そうだ。
中なら中なら大丈夫なはずッ。
私は勢いをつけて、こたつの中に
ズサー
と潜りこんだ。
オサムなんかは「うぉ」とかなんとか声をあげ、お母さんは「あらあら」と私を撫でようと手を入れてくる。
くさいから寄らないでよ、もう。
お母さんの手の届かない位置に行き、ぬくぬく。
私は幸せな時間を過ごした。
数分後
「ただいま。おっ、こたつか?」
ズボッ
新たに入ってくる足。
くっ
くさい!足くっさい!
私はたまらず飛び出した。
帰ってきたのはやはりお父さん。
それはさておき。
みかんくさい!
いやーん
リビングのどこもくさい。
結局私はこの冬も居場所争奪戦に負けるの?
それはイヤッ。
腹いせに私はみかんの段ボール箱に爪を立てた。
「ん?あぁ、マダナイ。そんなんしちゃダメだよ」
くさい足のお父さんが私に気づく。
「オマエに良いものあげるからねー」
お父さんは洗面所にある私のベッドの近くに、何かを置いた。
それより
袋ー!
キャーッ。
わさわさ
ごしゃごしゃ
すてきな音!なんて楽しいの!
叩けば叩くほど、飛び込めば飛び込むほど、変幻自在の刺激的なフォルム。
一度として同じ音はないし、しかも自然界には存在しない音。
本能を掻き立てられて堪らない!
飛び付き飛び付き、突っ込み突っ込み!
連打連打連打!
「ふう」
袋を堪能したあと、私は定時にご飯を食べた。
ん?
ベッドの近くに平べったくて見慣れないもの。
てしてし
柔らかそうなソレを検分する。
あ、あったかい!
私は平たいそれに箱座りした。
「マダナイ、ちっちゃいホットカーペット気に入ったかぁ」
お父さんはニコニコと私を撫でた。
私はとっても幸せだ。
ふにゃーん
のびのびして私はねころぶ。
今シーズンの居場所争奪戦、私は試合に負けて勝負に勝ったのだった。
カチッ
「……ニャ?」
あれ?
ホットカーペットが冷たい?
「低温やけどしたらいけないし、節電節電。そろそろ寝なさいね」
お、お母さん!!
そしていつものように夜が更けていくのだった。
終
引用
夏目漱石『吾輩は猫である』