激励
剛紀の開幕一軍が決まってからというもの、世間は剛紀の話題をひっきりなしに持ち出した。
スポーツ面では剛紀を大きく取り上げ、練習では毎日のように報道陣が押し掛け、寮に帰れば大量のファンレターが待っていた。
そんな、どこへ行っても注目される生活に、剛紀は精神的に参ってきていた。
その日も、報道陣に囲まれての練習を終えた剛紀。
寮でグッタリと体を横にしていたときだった。
<ピリリリ!ピリリリ!>
夜中の10時過ぎだったが、剛紀の携帯が鳴った。
携帯を手に取り画面を見ると、着信の相手は剛紀の母だった。
「(お袋……)」
実家には既に開幕一軍の報告をしていた剛紀は、何の用なのか疑問を抱きながら、電話に出た。
「もしもし、お袋?」
するとすぐに、電話を通して剛紀母の元気な声が聞こえる。
「もしもし、剛紀?」
いや、この時は元気だけではなく怒気も伝わってきたのだった。
剛紀母は続ける。
「あんた、最近よくテレビで見るけど、自惚れてんじゃないの?」
藪から棒にそう言われるも、剛紀には何も思い当たる節がなかった。
癒やしを求めていた剛紀は、苛立ち反論するも、次の母の言葉に沈黙させられる。
「今日のスポーツニュース見たわよ!あんた、リポーターさんの質問に適当に返したり、無愛想に振る舞って、失礼でしょ!」
違うのだ、心身とも疲労がピークに達していたため、それどころではなかったのだ。
というのは、言い訳に過ぎないことを悟った剛紀は、口を閉じた。
それから、しばらく母の説教を聞いていた。
すると、あるとき思い出したように、剛紀母はこう言った。
「そうだ、浩くんは二軍に落ちちゃったんでしょ?」
浩くんとは、剛紀母が小島(浩介)のことを呼ぶときの略称である。
「この前、小島さんにバッタリ会ってね。浩くんの話になったのよ」
今まで母に叱られ、気を落としていた剛紀は、小島の話になった途端、母の話に集中した。
「浩くんも、二軍に落ちてすぐに実家に連絡したんだって。その時に、あんたの話になったらしいのよ。」
「浩くん、とにかく悔しいって言ってて、小島さんも聞いてて凄く胸が痛んだって」
「でも浩くんね、『あいつは俺のライバルだから。俺がリベンジするのを、一軍で待ってるから。今は前だけ見て、二軍でも腐らず頑張る』って言ってるんだって」
「剛紀。あんた、浩くんの気持ち踏みにじるつもり?今、あんたがどんなに辛くても、浩くんはそれ以上辛い状態で、もがいているのよ」
「こんなことで押しつぶされるほど、柔な男じゃないでしょ剛紀は」
「せっかく勝ち取った一軍なんだから、あんたも最後までもがきなさい!いいわね!?」
まるで、背中を叩かれたかのような衝撃を感じた。
剛紀は、母の激励に鼓舞されて、気力を取り戻していた。
小島の存在、そしてこの母の存在がなければ開幕一軍なんて、ましてやプロなんて夢のまた夢だった。
剛紀は、感謝しつつ電話を切った。
母は最後に「お父さんには今日電話したことは内緒ね!剛紀の問題だから、口を出すなって言われてたのよ!」と言って、剛紀を笑わせた。
剛紀は、両親の優しさに心が安らいだ。
それからというもの、剛紀は全く弱みを見せなかった。
その代わり、寮に帰っても活動はせず、寮はただ食べて寝るだけの場所になってしまった。
まぁ、寮というのはそういうものなのだろうと開き直って、剛紀は開幕まで走り続けた。