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高卒ルーキー、開幕一軍スタメン出場……。
若干18歳の若武者が、プロで何年も泥水を啜ってきた男たちを退けてのし上がらなければ成し得ない、あまりにも現実的ではない夢。
ただ、夢のまま終わると決まっているわけではないことも確かであり、それに挑み達成した実例もある。
そして今も、それを目前とする男がいた。
オープン戦で大暴れを見せた剛紀である。
オープン戦開始当初から今まで、勢い止まらず右へ左へスタンドへ、新人とは思えない打撃を見せた剛紀。
スポーツ面では、毎日のように剛紀の名が見られ、「神童」とも賞された。
もちろん日本中の野球ファン誰もが、剛紀の開幕一軍を望んでいた。
一方、オープン戦終盤まで粘っていた小島は、剛紀に打たれた後の試合でも連続で被弾し、開幕二軍が決定した。
その情報を聞いた剛紀は、開幕一軍入りに向けて、より一層気合いが入った。
「小島の分も、俺が生き残ってやらなければ」
そう決意し、残りの試合に挑んだ。
――ある日の試合後。
「樫琶ー」
ベンチの荷物を片付けて引き上げようとしていたところを、中山に呼ばれる剛紀。
「はい!」
返事をして近寄る剛紀に、中山は口角を上げながら話しかけた。
「今日が無安打だったからって、そんな落ち込むなよ」
「はい……」
肩を落としながら答える剛紀。
今日の楽天戦、剛紀は4打数0安打と、いいところなしであった。
開幕直前にしての大失態に、悔やんでも悔やみきれない気持ちだった。
そんな剛紀を慰めながら、中山は用件を伝えた。
「監督が呼んでた。監督室に行ってこい」
用件を聞いた瞬間、剛紀の心臓が一度、ドキッと高鳴る。
「(まさか……二軍落ち?)」
今日の成績から、そんなことを考えてしまう。
「おいおい、本当にわかりやすいヤツだなぁ」
不安そうな剛紀を見て、中山はケラケラと笑った。
「けど、お前みたいなヤツは嫌いじゃないよ」
そう付け加えて、剛紀の尻を軽く叩く中山。
「はぁ……」
スッキリしない気分の剛紀は、そのまま去っていく中山に礼を言って、急いで荷物をまとめた。
「(話って、なんだろう…。きっと良い話じゃないな……)」
「(いや、物事をマイナスに考えてはダメだ)」
頭の中で葛藤を繰り返しながら、剛紀は監督室に向かっていた。
ベンチ裏の廊下を進む剛紀の足取りは、決して軽いものではなかった。
人間は、避けたいと思うものからは避けられないもので、すぐに剛紀は監督室前に着いてしまった。
「樫琶です!監督、失礼します!」
ひとつ深呼吸をしてから、剛紀はドアをノックし、声を掛けた。
「おう、入れ」
返事が返ってきて、剛紀はドアを開いた。
そこには、椅子にふんぞり返って薄くなった頭を拭う若辺がいた。
「こっち来て座れ」
「はい!」
若辺の見た目が怖いこともあり、剛紀は若干の緊張をしていた。
そして、机を挟んで若辺の正面に置かれたパイプ椅子に、剛紀が腰掛ける。
ギシッと、重さに耐える椅子の音が静かな部屋に響く。
席に着くと、間髪入れずに若辺は話し始めた。
「今日は残念だったな。まぁ、プロの世界なら今日が普通だったりするんだけどな」
「はぁ……」
「どうだ、プロの投手は。高校生とは三つも四つも格上だろう」
投手出身の若辺は、意地悪そうに笑いながら、そう言った。
「はい……」
こんな雑談より、早く用件を聞きたかった剛紀は、我慢しきれず若辺に尋ねた。
「あの……話というのは?」
すると、若辺は表情を堅く戻し、咳払いをして剛紀に向き直った。
「……俺は投手出身だから、野手の育成法なんてまだわからん」
急に語り出す若辺の言葉に、剛紀は聞き入った。
「だから、野手についてはコーチ陣に任せてるわけだ」
「それで、昨日の首脳陣会議で、実はな……」
「樫琶、お前は二軍でじっくり育てようって話になったんだ」
「………え?」
あまりの衝撃に剛紀は、放心状態に陥った。
しかし、若辺は放心する剛紀を見て笑い出した。
「そんなにショックか!本当に欲張りなルーキーだな!」
剛紀は、謝りながらも悔しさを堪えていた。
若辺は、ニッと笑う。
「けどな、そんなお前の執着心と可能性に、俺は賭けたくなったんだよ」
「え?」
そう言って立ち上がる若辺を剛紀は見上げる。
「樫琶、喜べ!開幕戦は、お前を五番ファーストで使うぞ!」
キョトンとする剛紀。
そして、頭で若辺の言葉を理解したとき、剛紀の頬は自然と緩んだ。
「え、俺、二軍じゃ……?」
「コーチたちの前で、俺が頭を下げて懇願したんだ。なかなか認めてもらえなかったんだぜ?」
苦笑いを浮かべながら、そう振り返る若辺。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、結果出せよ!」
そう言って親指を立てる若辺を余所に、剛紀は喜びを噛みしめていた。
「お前なら一軍でやれる。実力で勝ち取ったんだ。責任は俺が負うから、お前は精一杯やれ。いいな」
「……!はいっ!ありがとうございます!」
剛紀は、若辺の優しさに心の底から感謝した。
「……まったく、お前を見ていると、なんだか昔の原を見ているような気分だよ」
喜ぶ剛紀に聞こえない声で呟く。
剛紀の尊敬する原は、若辺の後輩であった。
そのため若辺の目には、剛紀と、若かりし頃の原という、世代を越えた黄金ルーキーがタブって見えたのだった。
かくして、剛紀はプロ一年目にしての開幕一軍の大願成就を果たしたのだった。
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