表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

初対戦

オープン戦の日程も終盤となり、一軍選手が先発オーダーに名を連ね始める。



そして、開幕前の最終調整とも言えるこの時期のスタメンに、剛紀の名があった。



八番ファーストで、キャンプから今まで生き残ってきたのだ。



これまでの成績は、24打数9安打2本塁打6打点。



盗塁の数も1つに、守備では無失策と、ドラ1の評価に恥じない成績を残していた。



高卒ルーキー開幕一軍スタメン出場も、既に射程圏内だった。




そして、今度の対戦相手は、ライバルの小島が所属する東京ヤクルトピジョンズ。



両チーム先発は一軍級の投手。



しかし、ヤクルトのベンチには、しっかりと小島の姿があった。



「(小島……!生き残っていたのか!)」



剛紀は相手ベンチで、コーチと会話をしている小島を見つけると、目を見開いた。



小島は、オープン戦初登板こそ炎上したものの、その後は中継ぎで四試合登板し、45人の打者に対し被安打9、四死球6、自責点4、奪三振を16としていた。



プロを相手に荒い投球をしているが、高い可能性を秘めているだけに、首の皮一枚繋がって現在にいたる。



とはいえ、まだ18歳の男児がシビアな世界を勝ち残っていることは確かな事実だ。



実力で残ってきたに他ならない。



剛紀、小島ともに、これが開幕一軍へのラストチャンスだと肝に銘じ、余念を一切捨てて試合に集中した。





<――守備につきます、ヤクルトピジョンズのスターティングメンバーを発表します……>




ウグイス孃が今日の両チームのスタメンを読み上げる。



ちなみに西武ウルフズのスタメンには、しっかり剛紀の名が組まれていた。



1番 片桐 二

2番 栗田 中

3番 中山 遊

4番 岡村 三

5番 樫琶 一

6番 浅川 左

7番 秋畑 右

8番 灰島 捕

9番 涌口 投



しかも、この仕上げの時期に一流選手に混ざり、五番である。



期待されていることも、一目瞭然であった。



対して、ヤクルトピジョンズは



1番 広中 二

2番 ジミレ 左

3番 山川 遊

4番 パレンティノ 右

5番 畑中 一

6番 宮下 三

7番 松井 中

8番 相田 捕

9番 由川 投


万全のオーダーで、既にペナントを意識しているのが伺える。



ベンチには、小島の姿。



剛紀は、開幕一軍生き残りをかけた緊張感の中で、密かに胸を躍らせていた。










――試合も終盤に差し掛かり、点差も5-3と二点ビハインドで迎えた七回裏の西武の攻撃。



先頭の岡村が猛打賞となる右中間を割る二塁打を放ち、打順は剛紀。



マウンドでは、今日の球数が100を越えている由川が、キャッチャーと投手コーチと集まって話している。



今日ここまで二打数無安打とパッとしない打席が続いているが、ここはなんとしてもチャンスを生かしたいもの。



自然と肩に力が入る。



「樫琶、待て」



と、ネクストサークルから打席へ向かおうとしたところで、監督の若辺が剛紀を呼び戻した。



「は、はい」



剛紀は拍子抜けと言った様子で、若辺の元まで戻る。



目の前まで戻ると、若辺は剛紀に問い掛けた。



「今日はタイミングが合ってないみたいだな……らしくないじゃないか」



「すみません!次は打てます!」



剛紀がそう返すと、若辺は口元を緩ませた。



「緊張するのはわかるが、それで自分の打撃を崩していたら元も子もないぞ」



若辺は、そう言いながら目線を剛紀からマウンドに移した。



そして、予想外の展開に目を丸くした。



「樫琶、マウンド見てみろ」



若辺に言われて、剛紀はマウンドを振り返った。




同時に球場にウグイス嬢のアナウンスが流れる。










――ヤクルトピジョンズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、由川に変わりまして……小島。





注目ルーキーの登場に、レフトスタンドからは歓声が沸き起こった。



それとほぼ同時に、三塁側ベンチから小走りで飛び出す小島。



その姿を久しく目の当たりにし、剛紀は体の中で静かに燃えたぎるものを感じていた。



好敵手の登場に、剛紀は武者震いを起こしていた。



そんな剛紀の肩に手を置き、若辺は淡々とボヤキを発した。



「右バッターにタイミングを合わされてきたし、球数も100越えてりゃ、まぁここは右投手だよなぁ」



若辺は棒読みのような喋り方で、剛紀に話しかける。



「だが、ここでルーキー……ましてや小島を出してくるなんて、あっちも役者だねぇ」



剛紀は若辺の言葉を聞きながら、投球練習を始めた小島から目を離さなかった。



それを見た若辺はニヤリと笑みを浮かべた。



「……樫琶、お前たしか甲子園で小島を滅多打ちにしてたな?」



「はい」



じゃあ苦手意識はないな、と若辺は発破をかけて剛紀の背中を叩いた。



「しっかり振ってこい!」



「はい!」



気合いを入れた剛紀は、小島を前にして不思議とリラックスしていた。



そして小島の投球練習が終わり、ウグイス嬢が剛紀の名を呼び、剛紀が打席へ向かうと、この日一番の歓声が場内から沸き起こった。



マウンドでは小島がセットポジションにつき、二塁ランナーと打席の剛紀と交互に目を配る。



剛紀は、打席でゆったりと大きく構えて、自分の間を崩さず投球を待った。



球場は、記憶に新しい甲子園での2人の真剣勝負を重ねながら、剛紀と小島のプロ初対決に胸を躍らせていた。








三年夏の甲子園、準々決勝。



この試合、小島はMAX155キロの直球と伝家の宝刀スライダーがキレにキレ、19奪三振をマーク。



これ以上ない調子の良さだったと本人が語るほどの出来の中、剛紀はその上の領域まで達していた。



小島は、剛紀以外にはヒットを許さず19奪三振の快投を演じたが、剛紀には155キロの直球も伝家の宝刀スライダーも通じなかった。



3打数3安打3本塁打。



おまけに敬遠指示での四球が一つ。



惨敗、しかし全力のストレート勝負、若さ、甲子園の熱さに、人々は酔いしれた。








小島の目が、剛紀を捉える。



さっきまでの目配せとは違う、勝負師の目で剛紀を睨む。



その視線を感じ取り、剛紀は一瞬体を強ばらせた。



ピリピリとマウンドから伝わってくる闘気に、剛紀は飲み込まれずに気を張った。



小島の左足が上がり、そのまま流れるように体重移動し、前に大きく踏み出される。



鍛えられた下半身が地面を掴み、それと連動して、腰、肩、肘…と連動する。



胸が正面を向き、置いていかれた肘から先が、鞭のようにしなりながら後を追う。



そして、ビュンッとしなりを利かせた右腕の指先からボールが放たれた。



ビシュッ!



ボールは空気を切り裂き、音を立て、糸を引くようにミットへ一直線に向かっていった。



「(来た、ストレート!)」



当然、この時の剛紀は初球にヤマを張り、ストレートを待っていた。



そのストレートが、ど真ん中に向かって伸びてくる。



剛紀は、バットをストレートの線上まで持ってきた。



「(もらった!)」



そう確信しバットを振り抜いた。



<カァン!>



打球は高く舞い上がった。









「ファウルボール!」



高く上がった打球は、そのままバックネットを越えた。



剛紀は、打席を外して2回素振りをした。



「(捉えたと思ったら、伸びてきた……ストレートの質が半年前とは段違いだ!)」



打席に戻りながら、剛紀は胸中で小島の成長に驚き、喜んでいた。



自らの興奮冷めやまぬまま、小島は投球動作を始め、すぐに第二球が放たれた。



外角に逃げるスライダーに、剛紀のバットは空を切る。



テンポの良い小島の投球に、簡単に追い込まれてしまった。



三球目はストレートがインコース高めに抜けて、カウントは1-2。



投手有利のカウントで小島が選択した球は、スライダーだった。



一方、剛紀は、もう甘い球はないだろうと一層集中力を高めた。



自然とスタンドからの剛紀コールが大きくなる。



勝負の行方がどうなるかわかる者は一人もおらず、球場全体が二人の新人に釘付けになった。



そんな大歓声の中、投じられた第四球目だった。






















<カァァン!!>



小島が投じた外角中心のスライダーを、剛紀のバットが完璧に捉えた。



轟音とともに、白球が進路を急転させる。



打球は、物凄い弾道で空を裂きながら距離を伸ばしていく。



球場全体が上を見上げて、歓声と悲鳴が入り混じる。



マウンドとバッターボックスの二人の男だけは、ただ打球の行方を目で追っていた。



打球は、そのまま勢い衰えずに、バックスクリーン横に突き刺さった。




打った瞬間……まさにこの表現がピッタリなホームランに、ライトスタンドは蜂の巣をつついたようなお祭り騒ぎ。



対して、レフトスタンドでは、甲子園での雪辱を果たせなかった小島に同情し、剛紀の恐ろしさを思い知った。



マウンド上では、唇を噛み締めて悔しさを表す小島。



ダイヤモンドを一周した剛紀は、ベンチで荒い祝福を受けて、スタンドに向かって拳を突き上げた。
















結局、この回を保たずに小島は降板し、そのまま試合は西武優勢で進行。



見事、剛紀の一発で勝利を収めた。











剛紀と小島のプロ初対戦は、剛紀の勝利で終わった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ