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騎士様と私

作者: みと

ぷちぷち。


コトリの実を取る時には注意が必要だ。

へたごとぷちっと収穫しなくてはいけない。実だけ収穫してもよいのだが、不思議なことに鮮度が違うのだ。

すぐに食べてしまうのならば問題ないが、少し時間や日を置くような場合はへたごと収穫したほうが吉である。

これは、私がこの村に来てから教えてもらったことの一つ。


「おい…」


苺によく似たコトリの実のへたを切り離すのは少しばかり力とこつが必要で、初めての頃は何度も失敗したものだ。

人差し指と中指の先でひょいと抓んで軽くねじればへたごとぷちっと取れるはずなのだけど、変に力を入れてしまったり、角度がおかしかったのだろう、赤く熟したコトリの実が指先でぶしゅっと潰れてしまい何度も悲しい思いをした。

がっくりと肩を落とす私を見て、こつを教えてくれたおばさんも笑っていたものだ。


「おい…」


でも、そんな私も今では村の皆と同様にコトリ摘みの達人。

この村に来て既に二年目、コトリ摘みシーズンを迎えること三回目。いやはや、私もすっかり立派になったものだ。

かごいっぱいになってきた甘酸っぱいコトリの香りに顔が自然とにやけてしまう。

ああ、このコトリをたくさん使って、パイを作ろう。そして、お隣のグレイさん(45歳独身、狩人)にぜひともお裾分けせねば!

去年、コトリのパイを差し入れした時に「良いお嫁さんになるなだろうなぁ…」と寡黙なグレイさんの落ち着いた声で言われた感動と衝撃を私は今でも忘れない。胸がきゅきゅきゅ~んと、しめつけれて、危うくその場で気を失うかと思ったほどだ。


「……おい」


帰り道にすれ違った村の子供達にコトリの実みたいに顔が真っ赤だってはやしたてられたっけ。

でも、あれは仕方がない。反則でしょう!あ、あの渋い声で、お、お嫁さんって…!き、きゅんっ!

ああ、グレイさん…。

無口で不愛想に見えるけれど、男前でさりげない優さを持つ私の憧れ。

初めて会ったその日から私は貴方のとりこです。


「……ああっ、素敵すぎですっ、グレイさんっ!」

「…って!ようやく口を開いたかと思ったら、他の男の名前かっ。って言うか、グレイって最初に俺を案内してくれた熊みたいなおっさんじゃねぇかよ!?」


感極まった私が胸から溢れ出た熱い思いに打ち震えていると、のどかな野原に似合わない男の叫び声が聞こえてきた。

……聞き覚えのある嫌な声。


「何だ、騎士様か…」


振り返れば、そこには案の定ここしばらくの間再びすっかり見慣れてしまった国中の憧れや信頼を一身に集める騎士装束(一応簡易版)に身をまとった金髪碧眼の一人の若者が立っていた。

お日様の光を受けて金色の髪がきらきらと輝いていつも以上にまばゆい。と言うか、いわゆる色男な顔立ちなので光輝く姿は無駄にきらびやかだ。おまけに長身なのが何だか腹立たしい。無駄にスペックが高い。王子様か、おい。いや、騎士様ですけど。


「何だじゃないだろう!?って言うか、何だ、その心底面倒臭そうな顔は!若い娘がするもんじゃないだろうが!」

「あ~…、はいはい、すみません。騎士様」

「誠意が欠片も感じられんわっ。おまけに騎士様って、毎回毎回、そう言うが、お前は人の名前を覚えとらんのか!?」

「……………」

「おいっ!まさか本当にそうなのか!?」


黙りこくってわざとらしく騎士様から視線を外す芸達者な私に騎士様の怒声が飛ぶが、無視だ、無視。

ちょっぴり涙声っぽいけれど、いい年した若者の泣き声なんぞ情けないだけだ。ぺっ、ぺ。

名前。はー…、名前ですか。一応覚えておりますよ。

名前を呼ばないのは正直呼びたくもないからですよ。そのくらい顔と雰囲気で察してほしいものですね。

あ~、やだやだ。これだからイケメンは女性にちやほやされることに慣れていて、人との上手な接し方や空気の読み方ってやつを知らないんですね。こんなんじゃ出世できませんよ。って、そうでもないんでしたか。仮にも騎士は騎士。

と、なると、仕事はできても、人とのつきあいがいまいちなイケメンということか。将来、女性関係や結婚した時に苦労しそうですな。もしや、現在進行形で苦労中だったりして。


「今度は何でそんな憐みのこもった目で俺を見る!?」

「……まぁ、頑張ってください」

「何がだ!」


あー…うるさい。と言うか、


「帰ってください。何度来ても無駄ですから」


大きな溜息を一つ落として、まっすぐに緑柱石の瞳をにらむように見つめれば、瞬時、たじろぐ騎士様。

眉間にしわを寄せて、私を苦い顔で見つめる。そんな顔でさえ画になるのだから、イケメンって奴は…。

まぁ、騎士様がどんなにイケメンでも、私の好みは渋面のおじさまなのでどうでもよいのだが。年頃の若い娘さん達がきゃーきゃー騒ぎそうな憂いを帯びた顔にもミジンコほどにも心は動かない。

むしろ、毎回、忌々しい件をたずさえて訪れる騎士様の苦渋の表情など腹正しいことこのうえない。

大体、この人、以前、私にした仕打ちの数々を棚に上げて、事情があるといえども、よく私の前にこう何度も顔を出せるものですよ。

全くお仕事ご苦労様です。

怒りのあまりちょうど手の中にあったコトリの実を潰しそうになってしまう。おうっ!コトリの実には罪がないというのに。危ない危ない。とにかく…。



「私は二度とお城なんかには行きません」



そう絶対に。

大体私なんか必要ないじゃないですか。

きっぱりと言い切った私。騎士様の顔は眉根にしわを寄せたままだったけれど、二つの緑柱石の瞳が途方にくれたようにそんな私を見つめていた。

その瞳を見て、私はこの国に、いやこの世界に来たばかりの頃の不安でいっぱいの自分を思い出した。

あの頃の私は終始途方にくれていて、不安で胸がはちきれそうだった。




三年前。


のんびりと高校生をやっていた私は、ある日突然、この国に、この世界にやって来た。

いわゆる異世界トリップというやつらしい。

小説が好きな私は「十二国記!?デルフィニア戦記!?」とリアル異世界トリップ体験に驚愕したが、幸い、先の二作品ほどの試練は私には待ち構えていなかった。待っていたら、恐らく一般人程度のスキルしか持ち合わせていない平凡な私は確実に命を落としていたであろう。私は少々子供に甘い両親を持つ家事スキルさえいまいちの本当に普通の女子高生だったのだ。

私が愛する両作品は、一つは女子高生が親切なねずみに拾われるまで、これでもかというくらい辛い目に遭いまくり魔物に襲われる話で(その後も彼女の苦労は続く)、片方は人外の力を有する少女(?)が国を追われた王様と共に戦っていく話である。

異世界にくることになってしまった理由は「異世界召喚」だった。

この国の王様が結婚相手でもある巫女を召喚したのがきっかけだった。

ちなみに私はその巫女とやらではなかった。

巫女は、同学校で同クラスの学友の一人。

ホームルームが終わり、さて帰ろうかと、教室を出た時にたまたま彼女と別れの挨拶を交わしたのだが、その際に召喚が行われ見事に巻き込まれてしまったのだった。

巻き込まれて異世界召喚。

事情を説明された時に絶叫し、召喚を行った魔導師に掴みかかった私を誰が責められようか。いや、責められまい。

そして、それからが大変だった…。

召喚することはできるが、元の世界に戻す術がなかったのだ。

私は呆然とこの世界で生きることを余儀なくされた。

巫女と一緒に召喚された異世界人。はっきり言って邪魔者である。下手をすると、こちらが本物の巫女ではないかという争いの種になりかねない。まぁ、巫女には額に痣に似た印が現れるため、それはないと思うのだが、それでも絶対ということはない。

危うくそのまま消されかねなかったのだが、そんな私の命を救ったのは巫女であったクラスメイトだった。

彼女はさんざん泣いて、そんなかわいそうなことはしないでほしいと王様達に懇願してくれたのだ。

しかし、一人は心細いからお願いだから殺さないで、と言った彼女の言葉は正直どうかと思う…。うん、気持ちはよくわかるよ、でもさぁ…どこか割り切れない感があるのは私が未熟な駄目な人間だからだろうか。

そんな巫女でお妃様候補な彼女は、最初は心細さで私にべったりだったが、なかなかのイケメンの王様に愛を請われ、周囲にこれでもかというくらい大切にされているうちに、元の世界に戻りたい、家族に会いたいという嘆きなどすぐに消え失せ、「私、この国の巫女として精一杯頑張る!」と彼女が笑顔で王様の手を取るには時間はかからなかった。

……夢見がちな女子高生なぞそんなものですよ、けっ…。

で、私はと言うと、巫女として、王様の伴侶として生きて行く覚悟を決めた彼女に必要とされなくなり、お城の中で居場所に困ることとなった。

巫女となったクラスメイトは、「気にしないでこれからも私のそばにいてほしいの」などと言っていたが、周囲の、主に宰相と巫女つきの侍女頭の『貴方邪魔』という露骨すぎる視線に耐えかねて、丁重にそれを辞した。あのままそばにいたら何をされるかわかったものではなかった。どうやら私は、己の立場を利用し巫女に取り入る図々しい異世界人と思われていたらしい。

そんなわけがあるか!?被害者になんて扱いをするんだ、このヤロー!

怒髪天突く勢いで私は憤慨したが、小心者のため直接それを口にすることはできず、また、口にしても何一つ事態が変わらないこともわかっていたので、ぷんぷんと怒りながら、巫女擁護派の言葉通り彼女のそばを離れ、とりあえず私でもできる仕事を探してお城の洗濯場に落ち着くこととなった。

いっそお城から出て行こうとも思ったのだが、当時の私はそれほどの行動力や自信もなく、この世界の常識も知らなかったため早々にあきらめた。また、「外なんて危ない。まだ私の近くにいてほしい…」という巫女の願いもあって外で一人で生活することは許されなかったのだ。

私の近くにいてほしいも何も、実際に私が洗濯場に移った時、彼女は私の顔を見に訪れるわけでもなく通常通り王様とお茶を楽しんでいたらしいのだが…。やれやれ、人をなんだと思っているのか。

今はもう特に興味もないけれど、一応元の世界の人が一人くらいそばにいてくれるとちょっぴり安心。

…きっとそんな感じだったに違いない。

そう思うのは私がひねくれすぎなのか、うがちすぎなのか…。

元々、ほとんど口も聞いたことがなかったクラスメイトだったから別によいが、これが仲の良い友達だったらかなりのショックだったろう。

そんなこんなでお城の片隅にある洗濯場で働くこととなった私だが、思っていたよりもかなりの肉体労働だし、手は荒れまくってぼろぼろになるしで、大変だったが、同僚のおばちゃんや侍女達は、お城の上位の方々や侍女達と比べるのが申し訳なるくらい感じの良い人達だし、重労働な洗濯自体も私には合っていたようで、時折どうしようもない郷愁にかられながらも、私は日々楽しく過ごしていた。

それから一年後、巫女と花嫁修業を終えたクラスメイトの彼女はこの国の王様と無事結婚することとなり、その時には既にある程度のこの国の常識も覚え、巫女ともすっかり疎遠になった私は、これ幸いとわずかだが稼いだ給金を手にすたこらさっさとお城を後にした。一応、勝手に出て後で問題になってはと、洗濯場の親方伝いと、更にその上の上司伝いに宰相に確認を取ったところ「お好きにどうぞ」とのことだった。けっ。

王様と巫女との結婚式ということで国中が沸き立つ、青空が眩しいほどきれいな日のことだった。

その時、ちょっぴり視界が潤んだのは、空があまりにも眩しくて輝いていたからで、それ以外の理由は一切ない。

そう絶対に…。

そして、洗濯場の親切な人達との交流を除けば、良い思い出が欠片もないお城からなるべく遠くを目指した私がたどり着いたのが南の果てのこの村だった。

実は、洗濯場に出入りしていた業者のおじさんの故郷がこの村で、「人が良いだけの田舎もんばっかりが暮らす何もないとこだけんど、良いとこなんだ。野菜もうめぇしなぁ」とよく話していたのを聞いて惹かれていたのだ。


…で、親切な村に受け入れてもらった私はこうして今、それなりに苦労もあるけれど、緑と優しい人々に囲まれ幸せな毎日を送っているのである。


ああ、それなのに、



「どうして今更、やっかいなお城になんて戻らなきゃいけないの…」

「それは…」



溜息交じりの私の独り言にも似た言葉に詰まる騎士様。

そんな困ったような顔をしても駄目です。第一、騎士様には元々良い思い出も印象も砂粒ほどもないんですから。


「巫女様のご懐妊おめでとうございます。大変おめでたいことですね。でも、妊娠がきっかけで大変心細いご様子なので同じ元の世界の人間である私にそばについていてほしいってなんですか…」


そう、そういうことなのだ。

まだコトリの実が色づき始めた頃のこと。王様つきの近衛騎士の一人でもある、この騎士様が私の元に突然現れて、お城に上がるようにと私に告げた。

王様の命令や、巫女とお願い(と言っても、実際、彼女のお願いは絶対の『強制』になるんだけど、本人はわかっているのかな?)であったら、私も苦渋を呑んでお城に戻らなくてはいけなかったかもしれない。仮にも国の権力者の命に逆らってただで済むことは考えられないからだ。私だけならともかくも、万が一、村にまでとばっちりが及んだら一大事だ。悔やんでも悔やみきれない。

けれど、厳しい顔で話を聞いてみれば、どうやら、この件は不安がる巫女を案じた騎士様の単独行動とのこと。

何ですか。けっ、人を驚かせてくれやがりまして。

相変わらず王様大切、巫女過保護主義な騎士様ですね。

でも、そういうことなら、話は別です。


『お断りしやがりますですよ』


私は満面の笑みで騎士様に言ってやったのでした。

あの時の愕然とした騎士様の顔と言ったら…!

あんなに爽快な思いをしたのは、スキップで一人お城を後にした時以来ですよ。

しかし、それからコトリの実が熟し始めてからも、騎士様はあきらめることなくこうして私の元にちょくちょくとやって来るのでした。

十日に一度…?いや、七日に一度はやって来ている気がします。

この村って王都から早馬で駆けても丸二日はかかると思うんですけど、そんなに頻繁にお城を抜けてよいものなんでしょうか。

いや、もしかすると巫女のためです。そこのところは上司さんも融通を利かせてくれているのかもです。

と、つらつらと考えていると、


「……そんなに嫌か?」


苦みばしった騎士様の声。


「はい…?」

「城に帰るのが」

「帰るも何も私の帰る場所は、今はもうこの村ですよ」


ついでにグレイさんの胸の中とかだったら嬉しいんですが、それはまだ私だけの夢ですから。願望ですから。きゃっ!

何ですか、騎士様。そのショックを受けたかのような顔は。


「それに巫女様のそんな大事に私がお城に行ってそばにいたとしたら災いの種になりかねないじゃないですか。嫌ですよ、そんなの…。変な事件に巻き込まれて首ちょんぱとか」


ほとんどを洗濯場で過ごした私でも知っている。きらびやかなお城の闇は本当に恐ろしい。

この世界に来たばかりの頃、巫女の近くで実際に間近にそれを体験するはめになったが、王宮内のどろどろ事情とか心底勘弁してほしかった。


「…案ずるな。俺が守る」

「………おかしなこと言わないでください」


思わず半目になってしまった私を誰が責められようか。いや、責められまい。



「騎士様、私のこと嫌いじゃないですか」

「……………」



私の言葉に瞠目する騎士様。

本当に今更何なんでしょうか。

お城にいる時に何度この騎士様に不愉快な思いをさせられたことか…。

私のお城嫌いの原因のいくばくかにはこの騎士様が少なからず関係している。

王様の近衛騎士の一人である騎士様は、私と巫女が召喚された時にその場にいた一人でもあるのだけど、騎士様ときたら大切な巫女と一緒にいる私をどこぞの馬の骨とでも思ったらしく、私を思いっきり彼女から引き離した挙句に床に打ち据えて剣をつきつけて拘束してくれやがったのだ。その時、首の皮が実際に薄く切れて血が出たんですけど…。トラウマでしばらく男の人が怖くてたまらなかったですよ。

その後も、巫女の近くにいる私を鋭い眼差しで度々にらみつけ、私がよほど信用ならないのか巫女のそばを少し離れた時もちょくちょくついてくる始末。そして、巫女がいない場所で「何でお前のような奴が…」「身の程をわきまえるという言葉を知っているか」などと、ちくちくと嫌味を言ってきたのだ。

そんな騎士様の姿に何を勘違いしたのか、騎士様に憧れる女官や侍女達にちくちくといじめられたりとさんざんだった。

私が洗濯場に移った後も、騎士様の監視は続き、度々影から私をのぞき、たまに視線が合えば怖い顔でかつかつと私に近づき前と同じ調子で嫌味を言って去っていく。しかも、前の時以上に嫌味レベルが増していた。


「相変わらず貧弱だな…」

ほっとけ!

「お前にここは不釣り合いだ」

悪かったですね!相変わらず図々しくお城にいて。

「みすぼらしい格好だな、巫女様のようにもっと美しく装ったらどうだ」

そんな服など持っているわけないでしょう!


胃がきりきりしてくる嫌味の数々に鋭い眼差し。

戦闘能力ゼロの女子高生の私には騎士の中でも上位クラスの腕前を持つという騎士様の視線は恐ろしすぎた。おまけに騎士様の顔には隠しきれない嫌悪感が浮かんでいる。ち、畜生!

あまりにも私が屈辱や恐怖に震えているものだから、洗濯場の親方が何とか上にかけあってくれたらしいのだが、親方の優しさと努力は、例の嫌な宰相の、

「あきらめてください」

という、シンプル極まりない一文が書かれた手紙が私の元に届いただけで終わった。

あきらめろだと!?

不穏分子には、この扱いが当然かつ妥当と言うことか!く、くそっ…。

私は怒りと屈辱にぷるぷると震えたが、そんな私を部屋の外から騎士様が眉間にしわを寄せて見つめていて、思わず泣きそうになったものだ。


お城を出て良かったことの一つは、騎士様の理不尽な監視と視線を受けなくて済むようになったことである。

年頃のか弱い娘を影からのぞいてつけまわすんじゃないっ。

当時は、異世界のお城という強大な権力の檻の中で知らず知らずのうちに自分を抑え、縮こまっていた私に騎士様にほとんど口答えなどできなかったが、優しい村の人達に囲まれて自信を取り戻した今の私なら言える。できる。



「もう、あんな嫌な目で監視なんかされたくないですよ」



深緑の季節のコトリの葉っぱにも似た騎士様の瞳をまっすぐに見つめてはっきりと言った。

そう言えば、こんな風に騎士様の顔を正面から見たのは、召喚時に剣をつきつけられた以来だ。

あの時は、殺気に満ちた碧の双眸にただ死を予感することしかできなかったけれど、今の騎士様の瞳は何やら驚愕に満ちた滑稽ささえ感じさせるものだった。小物だと思っていた私が正面切って、こんなにもはっきり噛みついてきたから驚いたのか。


「まっぴらごめんです」


あんな風に自分を苦しめた相手が自分を守ってくれるなんて言っても信じられませんよ。

それにしても巫女のためとはいえ、よく嫌いな私を守るなんて口にできますね…。ああ、それほど巫女と王様が大事だってことなんでしょうが。

気に食わない小娘でも巫女のためなら己を曲げて何度も迎えにやって来る。

大した忠誠心ですね…。やれやれ。


「お前は…」


騎士様の片手が私に伸びてきたけれど、途中で降ろされる。

すごく忌々しそうな顔ですね。

ううっ、怖い。


「…とにかく何度来てもらっても私の答えは変わりませんから」


断固拒否です!


「………そういう風に思っていたのか?」

「はい?」

「……!!何でもないっ」

「あー…そうですか」


ん?騎士様の様子が何かおかしいいです。

どこか焦ったような騎士様の声。よくわかりませんが、私の返事が棒読みになってしまっても仕方がないですよね。だって、興味ありませんので。早く帰ってください。

私には今から愛しのグレイさんのためにコトリのパイを焼くという重要な使命があるんですから。

そう思って、にらみつけてやれば、なぜか騎士様の頬がほんのりと赤くなる。

やばいっ!もしかして調子に乗りすぎて怒らせてしまったか。

当時と違ってかなり強い子になっても精神的には未だ小心者の私は、コトリがたくさん入ったかごを抱えてひえええっ!と慌てて後ろに身をひいたのだけど、


「…えっ?」

「ち、………う」


なぜか騎士様の力強い片手が私の二の腕をしっかりと掴んでいた。

呆然。

騎士様の口から発せられた言葉は、騎士様に似つかわないほど弱弱しいもので聞き取ることができなかった。


「俺は…」


ひいいっ!!!!

私を正面からにらむ騎士様。昔のトラウマが発揮されて怖いんですがっ。

…でも、何ででしょう。鋭い騎士様の瞳に嫌悪とは違う何かが浮かんでいる気がするのは。これは、この色は…。



「ただ、お前に……」



騎士様の無駄に整った顔が熟したコトリみたいになっていく。

と、その時、


ぽろっ……。



「あ……」



騎士様の馬鹿力に圧迫されていたせいで限界を迎えた腕が抱えていたかごを取り落した。


ころころころん。


野原に転がるかごと辺り一面に零れ落ちるコトリの実。


「……………」

「……………」


その瞬間、時が止まった。

コ、コトリの実が……!

が~ん。

私の体に衝撃が走る。

こ、これは…。今日のこのコトリの実は…!


「騎士様の馬鹿ーっ!私とグレイさんの親密化計画をどうしてくれるんですかっ!」

「な、なっ!親密!?」

「やっぱり騎士様なんて嫌いです。馬鹿馬鹿!」


コトリの実は繊細なんですよ!傷がついたら美味しさが下がっちゃうんですから。

わけがわからないと言う顔で固まる騎士様を私はきっとにらみつけて、足元に転がっていたかごを拾って思いきり胸元に叩きつけた。




「騎士様なんて大っ嫌いですっ!!!!」




野原に散らばったコトリの実を素早く拾い集め、私はその場を走り去った。

ううっ、せっかくのコトリの実が。グレイさんへのパイが…。

それに騎士様に捕まれた二の腕が熱くて痛い。痣になってなければいいけど。女の子に対してあんまりだ。


やっぱり騎士様なんて嫌いだ。


私は思いをますます強くした。





涙目で走り去った私は知らない。その場に残された騎士様がその場で呆然と固まって動けなくなっていたことを。

秀麗な顔が絶望に彩られていたことを。

私達のやり取りを偶然目にした通りがかりのグレイさんが「甘酸っぱいな…」と例の渋い声で呟いていたことを。


私は知らない。

主人公、かなり斜め上な性格です。他にもいろいろ勘違い。お疲れ、騎士様…。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  騎士様の残念っぷりがなんだか可愛いです。  まぁでも引き倒されて剣突き立てられたらそうなりますよね。  不憫(^◇^)  グレイさんが良い味だしてます。 [一言]  デルフィニア戦記(…
[一言] なぜ誰も十二国記やデルフィニア戦記について何も言わないんだー! どっちもめちゃくちゃ好きな作品なので、話に出た瞬間、興奮してしまいました。なんか嬉しかったなあ。 お話もおもしろく、意地悪に…
[良い点] 最後のグレイさんの一言が面白かった。 先が気になります。 [一言] 続編望む。
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