第七話
完治率百割。あ、パーセント。
マリ「ねぇ?!タチアナ?!どうしたの?!」
マリは動揺していた。タチアナが突然変貌したのだ。
目を見開き、まるでロボットの様に言葉を吐き出している。
タチアナ「・・・アレはキノコに似た生態で一つの岩丸々一つに菌糸体をのばして地面にまで侵食固定して分泌するこれは発酵液として使えるかここは異世界目に見えて菌糸の様な形をとるとは限らない進化過程環境全てが違うから・・・最終生成物の物性は水に可溶エタノールに不溶エーテルにもクロロにも全く溶けないそんな硫酸塩でおそらく抗生薬・・・カラムをナトリウム化して吸着させた後洗浄して硫酸塩化・・・析出は収率は落ちるけど安全性を加味して高濃度アルコール・・・」
マリ「ねぇ?!それレシピだよね?!紙に書いて!手伝いくらいならできるから!」
「濃硫酸が足りない硫黄はある発煙硫酸希硫酸・・・」
タチアナは全く表情を変える事無く、やはりロボットの様に紙に書いていく。
明らかに普段のタチアナでは無かった。だが、書かれている内容は確かなものだった。
マリは覚悟を決めた。
「わかった。そのままでいいよ。やろう。」
〈グランマリア一世〉の手記の一部、薬品等の製造工程の一部が切り取られていた。
これは〈先人ハウルの一団〉と〈ハクロ号の一団〉が最後に〈アルビオン・シリコニア〉を訪れた際納められたものの中にあった。
しかも不審な事に、保護基の導入手順や一覧表等は残っているにも関わらず、アルコールの濃縮手順等の簡単なもの、というよりも手順の少ないものほど無くなっていた。
普通盗もうとするならば、難易度の高いものにこそ目を付けそうなものだが。
失われていたものの中には〈サリィライルフラウ〉の部分が全て含まれていた。
判明したのは別書物に書かれていた薬品の物性のみだった。
これを読み切った直後にタチアナは変貌したのだ。
タチアナの変貌の原因はおそらくこれであろう。
タチアナ「・・・新たに留置針も管も翼状も作れない作ってたら間に合わないパウダー吸引かネブラならアレルギー注意エピ必須もしくは・・・」
マリ(タチアナは日本での記憶が曖昧って言ってた。
多分大人だ。私みたいなただの科学好きの学生じゃない。
多分科学を仕事にしてたひとなんだ。)
夕方辺りから経過観察と称して、バカとリケイがいる家屋に〈ヘプバァン〉の女性三名男性二名が滞在していた。
自然下での〈ヘプバァン〉は洞窟や樹洞にて集団で生活する。
背骨を守るかの様に外殻があり、眠っている間その隙間から睡眠を誘発するもしくは麻痺弛緩作用のあるやや甘い香りのガスを分泌する。
集団で眠る為、かなりの濃度になる。
彼等の寝所はやや高い位置に作られる事が多い。
野生生物はこれを嫌うものがかなり多いため、身を守る結果となる。
感受性の高い生物の場合、〈ヘプバァン〉を見つける前に軽度の意識障害を起こす。つまり眠る。
〈ヘプバァン〉が目を覚ますまで眠り続けた場合は〈ヘプバァン〉の獲物となる。
これは〈ヘプバァン〉が持つ狩猟手段の内の一つでもあるのだろう。
全く眠ろうとしないリケイとバカを多少無理やりにでも休ませる為、〈アルケマリア〉のエィシィの判断であった。
バカは程なく眠りに落ちた。
リケイには影響は無い様だった。
リケイは詳細を察したが放置した。
日をまたぐ頃、マジの容態が悪化した。
咳が止まらず、血痰を吐き始めた。
耳の良いリケイは聞こえていたが静かにただ座っていた。
深夜。〈アルケマリア〉の集落へとヨシミに乗ったマリと荷物を持ったトウジが舞い降りた。
マリの手には〈シンソウキリウ〉が握られていた。
「あの家?」
ヨシミは応える。
「そうよ。お願いね。本当に。」
マジがいる家屋からは痛々しい咳が聞こえていた。
中に入るとニィアとミィサが世話を続けていた。
マリが口を開く。
「タチアナが作った。私も手伝った。アレルギー反応があるかもしれないからその薬も用意した。」
腕の裾を捲くりながら続ける。火傷の跡があった。
「心臓止まったらこの槍で起こす。アンペアを限界まで下げて実行する。こっちはたくさん練習したから失敗しない。」
マリが一呼吸おいて問う。
「信じてくれる?」
マジは微笑みながら頷いた。
マリ「まずはこれ。ストローの中に薬が入ってるから鼻から吸引してみて。」
マリにより、処置が始まった。
マジは二種の薬を吸引、一種類を水で飲み込んだ。
咳はすぐに緩和、マジは眠りに落ちた。
リケイとバカは症状が見られず、バカは眠らされていた為、経過観察が続けられた。
「タチアナの様子を見てくるわ。」
一段落ついた所でヨシミはタチアナの下へ向かった。
タチアナは〈グランマリア一世〉の研究室で眠り続けていた。
『お二人は休まれて下さい。長い間お疲れでしょう。』
トウジはミィサとニィアに休息を促す。
ミィサが応える。
『いえ、見ていたいのです。影響が出ない程度には休んでおりますので。』
『ニィアは目が覚めてから時間たったほうがスッキリなんだ、ニャ〜。』
〈ヘプバァン〉の特性なのだそうだ。
昼を回る頃、マジの熱が下がった。但し一時的なものであり、投薬と対症が続けられた。
マリ「薬剤耐性とかがわかんないから十日くらい続けるんだって。書いてあった。
その通りにしてみようと思う。」
マジ「わかった。任せるよ。あ、声が普通に出せる。」
マリ「〈ハイエルフ〉はそうらしいよ。
早めに薬使い始めれば、完治率百割。あ、パーセント。」
マジ「完治率百割。いいね、それ。」
タチアナはこの翌日まで眠り続けていた。
ヨシミは傍らにあり続けた。
〈原初の樹〉の中で二人で眠ったのは、二人で産まれた日以来の事だった。
二人は同じ夢を見ていた。見せられていた。
柴犬が二足歩行で歩き出す夢。
後に分かる事だが、これは〈原初の樹〉によるものであり、〈聖女〉と〈竜〉の、というよりは、〈聖女〉と〈聖女守護獣〉の特性であった。
〈ゴブリン大侵攻〉から六日目。
一見マジは全開している様に見えるが、投薬は続けられていた。
マリ、ヨシミ、トウジがリケイとバカの下を訪れていた。
タチアナは〈アルビオン・シリコニア〉にて寝たり起きたりを繰り返している様だが、病では無い様だ。
マリ「潜伏期間は長く見積もっても五日らしい。二人は感染してなかったんだね。良かったよ。」
リケイ「ウワフ!」
バカ「結局リュウだけ死にかけたのかよ。
最初ゴブの相手任しちまう事多かったからなぁ。」
ヨシミ「突進してくる〈ブルルガウル〉の相手をしていたんでしょう?仕方が無いわ。」
バカ「あの突進マトモに食らうと死ねるんで。
まぁでもアイツら真っ直ぐにしか突っ込んで来ないから、避けながら牙捕まえて心臓と周り裂けば終わりなんですけどね。」
トウジ「人型でそれ出来るのすごくないですか?オレは人型で出来る気しねぇ。」
バカ「いや、〈ハイエルフ〉の身体すげーイイぞ。見た目変わんねぇけどホモサピとは雲泥。」
結局リケイとバカは発症する事は無く、マジも快方へと向かっていた。
心配なのはタチアナである。
マリ「記憶が混濁して混乱してるみたい。
情報だけがあってその情報がいつ入ってきたものなのかがわからないとか。
なんでもかんでも一度問題にしないと解答として出てこないんだとか。
辛そうだから考えない様にしてみようよって言ってみたけど。」
リケイが何か書いている。
〈1+1=?って問われないと2が出てこないとか、クラッチは?って問われないと左が出てこないとか。
問われないと記憶を引っ張り出せないんだとしたら、俺が記憶喪失になった時と似てるかもしれん。〉
バカ「あー、あったなそんなの。師匠にぶん投げられた時だよな。」
リケイは頷く。
ヨシミ「あったわね、そんな事。あの人実の弟になんてことするんだって思った。思い出したわ。」
トウジ「マリさんの事ですねわかります。」
マリ「?マリさん?」
トウジ「あぁ、マリと名前は一緒だけど別の人、っていうか別の生き物だよ。
ノボルさんとリュウさんの弓の師匠で、リケイさんの実の姉で、俺の叔父さんの嫁で、他所の国で傭兵やってた経験あって、イメージは暴虐の女帝みたいな。」
マリ「なにそれこわい」
バカ「ホントにこわい」
リケイ「ウワァフ」
バカとリケイまでも恐れている様だった。
つーかバカとマジって、織原音階と逢沢龍驤じゃねぇか。
思いっ切り知り合いじゃねぇかよ。まぁ薄々勘付いてはいたんだが。認めたくねぇ。
という事は神代理恵は理善の親父さんか。
絶対バレない様にしよ。
まぁ私も記憶曖昧だったしな、ってか何度も膝の上とかで寝ちまってたじゃねぇかキモチワリィ。
タチアナとニャフンの様子に関してはよく見ておかないといけないだろう。
柴犬が二足歩行で歩き出す夢。




