第三話
当たらなければどうという事は無い。
「クセェ!ドブじゃねぇんだよ!」
バカは〈メイキュウセッカクガイ〉の洞窟を探索している。あまりの臭いに思わず叫んでしまった様だ。
単独での探索であるが、狭い場所での探索、逃げ足が一級品であり、本人自ら名乗り出た。
他の者達も納得して彼に任せた。
装備は双剣とアルケ素材の手甲、斬撃に強い衣服上下となんちゃって安全靴。
回避と受け流し前提の軽装である。
〈原初の樹〉に向かい地中を掘り進んでいる最中、もしくは、〈原初の樹〉から遠い〈メイキュウセッカクガイ〉はとても臭う。栄養源と老廃物のせいだろうか。
海のプランクトンや地中の有機物を養分とし、それを〈心宮〉の圧力により血管で繋がった個体群へと運ぶ。
海に浸水した個体群が口であり消化吸収器官を主に担い、掘り進む個体群が手足の役割を担う、といった形で個体群毎に役割がある。
乾燥を防ぐ為であろう粘液の臭いは、化学的同定をしなくとも分かる程にトリメチルアミンである。
(地下河川みてぇになってなくてよかったよ。クセェ水にまみれるとか冗談じゃねぇ。)
洞窟の中は月夜程ではないが明るい。〈メイキュウセッカクガイ〉の触腕及び軟体部分がホタル程度の色と明るさで光っているからだ。この触腕もまた消化吸収能力を持つ。
(ルシフェリンとルシフェラーゼだったっけか。拍動に合わせて光ってるし、色がモロだな。)
触腕とは言ったもののさほど動きはしない。粘液が壁に染み込み固定されている。これはやがてセメントの様に固まり、洞窟の形を維持する。
ほぼ一定間隔で存在する部屋、彼等は〈宮〉と呼んでいる。そこで枝分かれする場合が多い。
〈ゴブリン要塞〉の穴から入り、三時間程かけて一つ目の〈宮〉に到着した。
〈宮〉中央には大きな殻に包まれた何かがあり、心臓が詰まっていれば〈心宮〉、その場合は鼓動が聞こえ、〈脳宮〉か〈卵宮〉ではれば、ホースを水が通る様な音がする。
目の前のものは〈心宮〉だった。
珍しく天井に開いた穴からは外の光が差し込んでいた。
(外じゃんか。ここでも開口してんのか。外と繋がった〈宮〉は珍しいな。・・・しかし、うるせぇ。)
三秒に一度程の力強い鼓動。とても低く大きな音が響いている。その太い血管は外殻に守られながら、更に地中、壁、天井へと伸びていた。
壁に伸びた太い血管を追うと洞窟が続いていた。進むと〈心宮〉の鼓動が小さくなる程に、動物の鳴き声の様なものが聞こえてくる。
バカは気配を殺し覗き込む。
そこには、落ちたら自力では上がれないであろう程度の縦穴が開いていた。
その底には〈ワリンバァン〉、小さな〈ディブリン〉と〈ブルルガウル〉と〈プーマ〉と〈マエン〉が無数に蠢いていた。
総数百から百五十といったところか。
全てが痩せ細っており明らかに飢餓状態であるが、食い合いも共食いも起こっていない様だ。
(全くいねぇと思ったらこんなとこにいやがった。五種類か。〈迷宮クローン〉同士は争わない。ってコトは全部〈迷宮クローン〉かよ。昨日の〈プーマ〉はデカかったよな。壁登ってさっきの穴から出たのか?)
穴の中にはある程度育っているものと産まれたてのものが混在している。
どちらにしても幼体ではあろうが。
(多分〈子供部屋〉だな。成体が全滅したのか?)
成体の、ある程度の知性を持った生物の〈迷宮クローン〉は、種を問わず幼体への給餌を行う。
通常の野生動物の子供を拾ってきて育ててしまう事例も存在する。
〈迷宮クローン〉の基本的な習性として、〈メイキュウセッカクガイ〉による洞窟の外から生死を問わず生物を持ち帰り、〈卵宮〉に与えるという習性を持つ。
これは、〈メイキュウセッカクガイ〉による産まれる前からの洗脳の様なものであると推測されているのだが、野生動物の幼体や小さな動物を持ち帰った場合、〈卵宮〉付近の〈子供部屋〉と呼ばれる〈宮〉にて育てられる。
タチアナ曰く、多種多様な生物種が集まってアリの巣でも作ってるみたい、と言っていた。
(しかし〈ワイバァン〉の幼体が小さすぎるな。〈卵宮〉と分断されてんのか?)
産まれたての〈迷宮クローン〉は〈卵宮〉による授乳を受けてある程度まで育つ。ここには明らかにまだ授乳期間を開けていない個体が多数存在していた。
(見つけた。あっちか。)
バカはある匂いを嗅ぎつけた。ここに漂う臭いではなく、本来の〈原初の樹〉の匂いである。
これは〈卵宮〉が近い事を示している。
程なく、進んだ先で〈卵宮〉を発見した。
とても大きな空間、〈宮〉であるが、ここでも天井に穴が開いており、その真下にも大きな穴、これにより〈子供部屋〉と〈卵宮〉が分断されている。その下には別の洞窟が走っている。
(なるほど。崩落か。天井の穴あいてるとこ近すぎん?落石とかか?・・・〈子供部屋〉以外にはなんもいねぇな。・・・ん?)
〈卵宮〉の中央の殻の上には枯れ枝や苔が集められ、鳥の巣の様になっている。
そこに、〈オークリン〉か〈ハイエルフ〉かのものと思われる手が見えており、かすかに動いている。かなり小さい。子供だろうか。
(獲物にでもされたのか。一応確認するか。)
中央の殻を登ろうとたその時、天井の穴より何かが〈卵宮〉に侵入、バカに向かい襲いかかる。
バカは即座に双剣を抜き、対応。襲い来る足の爪を受け流して距離を取る。
(ッッッあっぶねぇな!!!なんだ?!猛禽?!いや、前足がある!コイツ、ドラゴンか!)
全身を白い羽毛に覆われた恐竜のラプトルに白鳥の様な翼を持った生物がそこにいた。
白い羽毛はヨシミの様にやや構造色を示し、頭部に赤い冠毛がある。
全体的な見た目はヘビクイワシを彷彿とさせるが、クチバシに金眼が開いており、六肢を持ち、翼と手足の爪は前向きに伸び、前肢に腕甲。
おそらく竜の幼体である〈プードル〉であろう。産まれて十年前後だろうか。
(やっべぇな。重くはねぇが速すぎる。爪も細せぇ分切れ味やべぇだろうな。当たるわけにはいかねぇ。受け流してスタミナ削りつつ急所狙いだ。ただ気になんのは・・・。
刹那、〈プードル〉は疾走、翼を広げて壁を走りバカの背後に回り一撃、防がれると跳躍、飛翔、隙を見てまた一撃とバカを速度で翻弄する。
(クソッ!格闘技みてぇな動きしやがる!)
知性を持つと言われる〈ドラゴン〉とはいえ、動きが技に寄りすぎている。
まるで格闘技者が〈ドラゴン〉の体を手に入れて向かって来ている様だ。
(なるほど、ダウンフォースで壁走り、それを可能にする脚力でならとんでもねぇ跳躍も可能、翼で落下方向までコントロールと。しかも全部が速えぇしトリッキー。冗談じゃねぇ。)
バカは全ての攻撃を完璧な形で捌けてはいたが、相手のスタミナを奪えていない、急所も狙えないという現実に焦っていた。
「あーもう!!!めんどくせぇ!!!」
〈プードル〉の爪を弾きながら、バカは思わず日本語で叫ぶ。
これに目の前の〈プードル〉と、鳥の巣より覗く手の持ち主が反応を示す。
「「え?!日本語?!!」」
これにバカも反応する。
「え?!日本語?!!」
足の主は昼寝をしていただけだった様だ。それに近付く者から守る為にその竜は襲いかかってきたらしい。
バカ「えーコチラ〈グランマリア三世〉こと熊野真理くまのまりちゃんです。んでそっちの野鳥が千賀冬人せんがとうじ君です。どうぞよろしく。」
「「よろしくお願いしま〜す!」」
帰還したバカが二人を皆に紹介した。タチアナ以外の全員が家と仕事の関係で知り合いだった。
ホントに偶然か?
マジ「まさかの熊野さんとこの娘!俺分かる?因みにこっちでの名前はマジね。」
マリ「龍驤りゅうじょうさんでしょ?顔の形変わってないし。」
トウジ「あぁリュウさんか。」
マジ「そ。んでそっちの白ドラはヨシミさんで、さっき熊トカゲぶん殴ってたのがリケイさん。」
トウジ「なんか、お久しぶりです。鳥になったトウジ君です。」
ヨシミ「星になったみたいに言ってんじゃないわよ。」
リケイ「ゥワゥフ。」
マリ「リケイおじさんは何言ってるかわかんないけど、笑ってるのは分かる。」
トウジ「うん、わかる。」
一頻り長い重い会話を終えた後、話は本題に移る。
バカ「ーそんで〈子供部屋〉に〈ディブリン〉の〈迷宮クローン〉混じってたから〈卵宮〉の生殖器官取り除いて、新たに〈シカ〉と〈ウサギ〉のオスとメス何匹か与えといた。
トウジがさらっと狩ってきてくれたわ。生け捕り割と難しいから助かった。
ただ生殖器官一対しか無かったんだよな。劣化して吸収でもされたか?」
マリ「〈迷宮クローン〉ってネーミングいいね。それ使う。
〈ディブリン〉さん達の〈迷宮クローン〉は結構マズいんだよ。感染症ばら撒いちゃうから。しかもヤバいヤツっぽいんだよ、顕微鏡で見たら。」
バカ「ってわけだから、〈子供部屋〉の〈迷宮クローン〉は処分して付近にあった〈死宮〉に食わせて〈マセキ〉も回収した。あとはトウジから頼むわ。」
トウジ「うす。この〈ダンジョン〉はすでに〈脳宮〉も〈卵宮〉も〈子供部屋〉も持ってる事から、〈原初の樹シリコア〉とは繋がってるでしょうね。実際、南西方向に伸びてますし。」
マジが〈オークリン〉達に通訳しながらこぼす。
「あー、そういえばこれ〈ダンジョン〉になるのか。」
ヨシミが危惧する。
「〈ディブリン〉の〈迷宮クローン〉が〈シリコニア〉側に出現する可能性は?」
トウジが応える。
「イレギュラー無ければ無いっす。枝分かれ先全部水没してたんで。多分〈ワリンバァン〉でも無理っすね。なんかサメみたいなの居たし。ただなぁ・・・。」
頭を抱えるトウジにタチアナが問う。
「何かあったんですか?」
トウジが応える。
「見つけた限り六カ所、〈ダンジョン〉の天井崩落して地上と繋がってるんですよ。壁登れるか飛べるかじゃないと出れないけど。〈ゴブリン〉とかが落っこちちまったらまた〈迷宮クローン〉作られちまうかも。」
バカが提案する。
「よし、すぐに塞ごう、冗談じゃねえわ。
〈オークリン〉、〈アルケマリア〉、〈ディブリン〉達には〈ゴブリン要塞〉の件の報酬としてこの件への協力を仰ぐ。
トウジは穴の場所に印立てろ、高くて目立つやつな。地上からも見える感じで。
マリ、お前の〈ペット〉はどんくらいいる?」
マリは応える。
「〈ペット〉って〈フェンネル〉ちゃんのコト?十五頭いるよ。」
バカが応える。
「マリの場合は〈フェンネル〉か。十五も居れば充分だな。」
『〈グランマリア三世〉はリケイさんと〈オークリン〉の戦士達と共にトウジに協力しつつ兵站確保で問題ないか?』
ディリ『もちろんです。何人程必要ですか?』
バカ『速度重視だから三十人も居れば充分だな。その後の〈工事〉に人数欲しい。』
ディリ『承知しました。十人隊を三隊召集しましょう。
〈在学中〉の〈アルケマリア〉達もおりますがいかが致しましょう?戦力でいえば我々など足元にも及びませんが。』
バカ『あー、集団行動とか作戦行動とかトラップとか学んでるんだっけか。希望者いたら協力を頼みたい。』
ディリ『承知しました。夜明けまでに集めましょう。』
足早に去ろうとするディリにバカが声を掛ける。
『昼まででいいぞ〜。俺が嫌なだけで緊急ってわけじゃねぇし〜』「って聞いてねぇな、合わせるか。トウジ、場所の詳細地図に書き込めるか?」
トウジ「あ、やっときます。」
バカ「それとなぁ・・・もう俺は社長じゃねぇんだ。あんま畏まんなよ。」
トウジ「弟が世話になってた上に、病床の上で雇用までしてもらってたんすから。今更変えられねぇすよ。さっきは知らねぇとはいえ襲いかかっちまったし。」
バカ「・・・そうかよ。」
またなんか重そうな話してやがる聞きたくねぇ。
翌日早朝、行動は開始された。
リケイ、マリ、トウジ、〈オークリン〉の戦士達三十名と〈アルケマリア〉六名は、昼過ぎには六本の旗を立て終わり、見張りの配置を完了。誰も中に入れない、中から出さない、が任務となる。
マジは〈アルケマリア〉の集落に赴き、協力を依頼。〈アルケマリア〉はこれを快諾。
〈アルケ〉〈オーク〉特に〈ゴブリン〉の捜索、殲滅を開始。
ヨシミは〈ディブリン〉達と共に〈ディブリンの集落〉付近の山を崩し、セメントの材料として石灰を採掘。
〈ディブリン〉達が持つ感染症に感染しない〈アルケマリア〉達が運搬を担当。バカは工事の現場指揮に当たった。
タチアナは自身に追従する〈ファントム〉達と共に、他の穴を探索しつつ、穴より遠くへと野生動物を追い立てた。
これは、最早軍隊とすらいえる戦力を持ったタチアナと〈ファントム〉にしか出来ない事だった。
タチアナと〈ファントム〉を見てマリは驚愕する。
「ただでさえ強い〈ファントム〉が五十以上?百とか居る?そんなに追従するなんて聞いた事ないよ。」
トウジ「そうだね。〈グランマリア二世〉さんは〈アルバ〉が十二頭だったし。二十頭を超えるってのは文献にも無いはずだよ。」
リケイ(本来はそんなもんなのか。初めて会った時から三十位は従えていたはずだが。)
十日を予定していた工事は六日で終了。
先ず、〈宮〉の天井の穴の脆弱部分を破壊、その穴に向かって〈ダンジョン〉内の床から木製の柱を立て、
簡単な木造家屋もどきを建造、それにより穴を塞ぎ、更に上からコンクリートもどきで閉塞、という形で完了した。
バカ『取り敢えずこれで後は〈メイキュウセッカクガイ〉が内側から補強してくれるハズだ。後は経過観察だな。』
『これが作戦行動!見事な結果でございます!結果の為に皆で動くわけでございますな!素晴らしい!』
参加した〈アルケマリア〉達が興奮気味に賛美していた。
バカ『あー、昔は全体指揮が専門だったからな。慣れてんだよ。なんか味方にバケモンいるし。』
リケイの事である。木材の伐採と大まかな加工は斧と己の爪を使い、ほぼ一人で終わらせていた。細かい加工はバカ、マジ、トウジの手により進められた。
バカ『上からデカいのに踏まれると崩れるかもしれないから見張りと追っ払いを頼みたいんだがどうするか。』
〈アルケマリア〉のエィシィが名乗り出る。
『〈アルケマリア〉と〈ディブリン〉が受け持ちましょう。森全体の為でございます。〈オークリン〉には元〈ゴブリン要塞〉の穴の管理を願いたい。合計七箇所、必ず一体以上〈アルケマリア〉が常駐致しますので。』
ディリ『心強いです。本日より手配いたします。』
バカ『あと、小柄で素早くて体力のある成体の奴、もしそんなヤツいたら数人手配してくれないか?〈ダンジョン〉の中もう少し調べときたい。〈ダンジョン〉の中に成体が一体も居なかったのが気になる。』
エィシィとディリが応える。
『『承知しました。お任せ下さい。』』
そんなやり取りの最中、タチアナとヨシミが合流した。
タチアナは種別不明の赤子を抱いていた。
野鳥。




