第二話
六色の〈マセキ〉。
「脳ミソがっ!筋肉でできていればっ!筋肉でっ!なんでも解決出来るっ!脳ミソがっ!筋肉でできていればっ!筋トレでっ!病気も治る!んなわけあるかぁ〜!」
いつものようにバカが謎の呪文を発しながら腹筋を鍛えている。
いつものようにタチアナが呆れる。
「うるさい。」
ここは〈ゴブリン要塞〉の川向こう、〈オークリン〉の集落。
二本の河川の内側、三角州にあり海にまた近い。
〈アルビオン・シリコニア〉からは北東にあり、〈トンボロジャンヨ〉という名を付けられたトンボロ現象により現れる大陸へと続く道の東側に位置する。
三角州である為、ここに至る為には危険な河川を渡らねばならず飛行生物でもなければ、なかなか入る事が出来ない。
この三角州の内側の危険な生物を〈オークリン〉達が長い時間をかけて排し、かなり平和な環境を実現させていた。
マジは〈オークリン〉の〈ディリ〉等を伴い三角州北端の海岸を訪れていた。
湾の対岸で働いている者達がなんか動いている程度にしか見えない。それくらいの大きさの湾である。
痕跡により過去、〈シマクライ〉により作られた湾なのではないかと予測されている。
基本的ににこの世界の海、河川、湖等の水辺には近づいてはならないとされている。
陸生動物にとって危険な生物が生息しているからである。
ある程度の自重のある生物に踏まれると嘴の様な外殻で挟み、拘束し、捕食する尖った二枚貝の様な見た目の生物〈クチバシガイ〉や、〈フネクライ〉と名付けられた、海底固着性のイカやタコの様な触手を持った巨大なイソギンチャクの様な生物等が生息しており、それらに捕らえられた際逃れられたものが生き残った結果だろうか、遊泳生物は往々にして頭部及びヒレや鱗等が鋭利な刃物の様に発達しており、捕らえられたら切り裂いて逃れる様だ。
つまり、陸生動物が水に入れば、魚の様な遊泳生物に皮膚を裂かれ、貝の様な生物に足を取られ、巨大な触手に引き摺り込まれるのだ。
そのため船はおろか、少し水辺に足を踏み入れるのも自殺行為とされている。
言い伝える事が出来ないからであろうか、野生動物は頻繁に捕食されている。
そのはずなのだが、マジが訪れた砂浜では子供達が戯れていた。小さな木造船も浮いていた。
マジは驚いた。
『聞いてはいたが、本当だったのか。』
ディリは応える。
『危険な個体の駆除に百年かかったと聞いています。
その維持が始まって三十年程経っているようです。私が子供の頃からここは子供の遊び場でした。
〈クチバシガイ〉も〈フネクライ〉も小さければ子供でも駆除できますので皆が手伝います。両方共に食べられますしね。』
マジが応える。
『初めて見たよ、こんな海。〈原初の島〉でも見たこと無い。』
マジは案内に任せて砂浜脇の草地を歩いた。やがてある建造物が見えてきた。
ディリは言う。
『ご要望の物はあの建物で大量に作られています。』
建物を見てマジは思い、応えた。
『(工場じゃないか。)かなり大掛かりなんだね。』
ディリは応える。
『はい。これのおかげでこの地に住む我々〈オークリン〉は狩りで命を落とす者はほとんどおりません。これと交換で川向こうの肉や果実が手に入りますので。』
ここでは塩田による大量の食塩、そして岩を積み上げ大きな潮溜まりを作り上げた定置網の様な漁業、海産物の塩漬けを更に発酵させたもの、日本でいう魚醬やナンプラーの様なものである〈センカ〉が生産されていた。
ディリは言う。
『湾内の駆除活動も〈センカ〉の製法も〈神獣〉様より伝えられたそうです。マジ様も製法をご存知なのでは?』
マジは思い、応える。
『あぁ、知ってる。(〈神獣〉ってのは〈原初の樹〉から産まれた向こうの人間って事だったな。)他にもあるんだが教えようか?こんだけの物があれば作れるはずだ。』
ディリは笑顔で応えた。
『ぜひとも聞きたいですね。』
マジの脳裏に浮かんだのは海鮮ラーメン。我欲により、海産物の干物や燻製の製法を伝える事にした。
〈アルケマリア〉は強い上に食べ難い。〈ディブリン〉は不味い。〈オークリン〉は美味である上食べ易い。
過去、人語を解する〈フェンリル〉がそうもらしたそうだ。
〈オークリン〉の集落の川向こうの高台。そこから〈オークリン〉を狙う〈ワイバァン〉の姿があった。
〈ワイバァン〉とは現地での俗称であり、前肢が翼の様になっている恐竜の様な生物全般を指す。
彼は坂を駆け下り、滑空に入る。悠々と川を超え、川沿いを守る〈オークリン〉の戦士たちの頭上を飛び越え、畑の世話をする農夫たちに向かい下降する。
ここに警鐘はまだ無い。あっても木製の板である。それでも伝えようと必死に叩く。
囮である自分達の頭上を飛び越えてゆく〈ワイバァン〉を〈オークリン〉の戦士たちは慌てて追いかけるが間に合わない。
戦士たちは犠牲を覚悟した。例え自分が、仲間が喰われようとも他に手は出させない。必死に駆ける者達が15名。農夫達は気付きが遅れ、慌てふためいている。
〈ワイバァン〉は一人の子供に目を付け急降下する。体の小さな者を連れ去ってから喰う気なのだろう。相当に賢い。
その子供の傍にと駆ける影がひとつ。
リケイがそこにいた。
その子供を抱えて避けようとするも〈ワイバァン〉は追尾する。
(諦めちゃくれねぇか。本来は刀なんだが・・・)
〈ワイバァン〉の滑空に対して真正面に疾走、滑空する〈ワイバァン〉の腹側へと滑り込み、身体を捻り、〈ワイバァン〉の真下から足の爪を突き立てた。
さなぎ兵杖葉術・月檀
〈ワイバァン〉は胸から腹を縦に裂かれ血を臓腑を撒き散らしながら墜落する。それでも動こうとした〈ワイバァン〉の首をリケイは捻り壊す。
〈オークリン〉達からは歓声が上がっていた。
だがリケイは別の事に気を取られていた。気付いた。
(コイツ、〈竜骨〉持ってやがる。しかも首じゃなく胸の皮下に?なんだこれは。)
〈オークリン〉達の歓声に軽く応えながらヨシミがリケイに駆け寄り気付く。
「竜骨?腹部に石・・・?〈エネミ〉か!・・・マズイわね。」
〈竜骨〉とはヨシミ等〈竜骨動物科〉の生物が持つボンベの様な器官。これは首の内側、気道の前側にあり、相当の圧力をかけて気体を溜めておける。
この圧力は前肢、翼、首、背中の筋肉によりかけられているであろうと予測されており、ヨシミ等白天竜の場合は可燃性ガスが圧力により液化して溜められている場合がほとんどである。
過去ヨシミが〈竜骨〉を解放し放った際は、〈アルケ〉三体の頭部を氷漬けにした後、炎上した。
この〈ワイバァン〉は、〈無角関節動物上目・蹄王獣目・有翼蹄王科・大型翼膜属・プーマ〉であり、〈脊椎広耳獣上目・耳翼獣目・竜骨動物科〉からは大きく離れている。
〈竜骨〉を持てるはずがないのだ。
可能性があるとすれば、特殊な〈寄生体〉もしくは、〈メイキュウセッカクガイ〉による〈寄生体〉の付与である。
「さて、どちらかしらね。」
ヨシミは難しい声を出した。
腹部の石は〈マセキ〉と文献には書かれている。おそらく過去、日本人がそう呼んだのであろう。
〈マセキ〉は自然下に放置しておくと、周囲にある物を利用し自身の外部に目や手足、触手といった身体を形成し、虫や軟体動物の様な形態を取る。
それにより移動し、寄生先を探す。
その性質を持つため保管には、〈マセキ〉の周り全てを剥がし、真水や不活性ガスを利用する。
赤色の〈マセキ〉は脊椎の何処かに寄生。これは〈モンスタ〉と呼ばれる。意味は〈嫌い・草・旗〉転じて〈リィンを嫌い襲うもの〉となる。
黄色は額。この様な個体は〈バサク〉。意味は〈トカゲ・善意・〜の〉転じて〈即殺するもの〉。
青は腹部。〈エネミ〉。〈大きい・光源・恩恵〉転じて〈焼き払うもの〉。
紫は後頭部。〈ディモン〉。〈空・嫌い〉転じて〈闇のもの〉。
黒は頭頂部。〈ディヴィル〉。〈空・ルヴル石〉転じて〈虫害〉、日本語だと蝗害が近い。
寄生位置と色の関係に例外は無い様だ。その場所に寄生したからその色になるのか、その色だからその場所に寄生するのかはまだわからない。
白は寄生先不明。自身で身体を形成していたものからしか発見されていない。
今回の物は青であり腹部、〈エネミ〉となる。
ほぼ確定の仮説がある。全ての〈マセキ〉は同色同士で集まろうとしている。
ヨシミ「その辺で寄生されただけなら良いのだけれど・・・〈マセキ〉はノボルちゃんが上手く保管してるみたいだから持っていきましょう。」
バカ「よく洗ったガラス瓶とかで構わねぇすよ。周囲の環境整ってたとしても、移動可能になるまで十日とかかかるし。」
ヨシミ「あぁそうなのね。長期保存は空気中じゃダメなの?」
バカ「コイツら水どころか二酸化炭素もN2も分解して利用出来るっぽいんすよ。密閉してたのに蜘蛛の糸みてぇなの作ってたくさいし。まぁ生物の材料なんてミネラル以外空気中にあるし。」
バカとヨシミが難しい会話をしている。どうやらリケイも理解している様だ。まとめるとこうだ。
・〈マセキ〉は付近にあるものを使い、行動可能な身体を作る事が出来る。
・〈マセキ〉が形成する身体は、甲虫やムカデ、ナメクジ、ヒルの様な形態もしくは、ファンタジーなどで知られるスライムの様な形態を取る。
・動物に寄生していた〈マセキ〉に同種の動物の死体を与えると、欠損部位を補完しつつ徐々に吸収し、動く死体の様になる。この世界ではこれを〈ゾォンビィ〉と呼ぶ。意味は〈死祭り〉が近い。
・身体を作らせずに保管する為には真水に浸水させる。蒸留水がベスト。
・同じ色の〈マセキ〉同士で集合しようとしている。
バカ「まぁ、聖女〈グランマリア三世〉ちゃんの手記に依るとっすけど。俺も全部は実験出来てないし。グラマリちゃん早く帰って来てくんねぇかな。一回会っときたいんすよね。」
ヨシミ「略すな。〈信者〉に嫌な顔されるわよ。地図だと〈聖女の島〉だったかしら。あんな所まで当時九歳の少女が。無事だと良いけれど。」
バカ「〈グランマリア二世〉の〈ドラゴン〉が迎えに来たんでしょ?〈殺戮竜〉だっけ?おっかねえ。少なくとも強そうなヤツが味方みたいだし。」
彼等の当面の目的は〈グランマリア三世〉に謁見し、〈原初の樹シリコア〉の地下にある書庫の閲覧許可を得ること。
彼等が〈シリコニア〉に到着した時にはすでに〈グランマリア三世〉は旅立ち、一年以上が経過していた。予定ではそろそろ戻る頃らしい。
書庫にあるとされているのは〈先人ハウルの一団〉や〈グランマリア二世〉、竜が引く船〈ハクロ号の一団〉等が持ち寄ったこの世界の調査情報。
そして彼等は知る事になる。
彼等〈神獣〉は不老である事。
過去幾人もの〈神獣〉か現れている事。
世界の南端と北端には越えられぬ壁となる山脈がある事。
〈南大陸〉と〈北大陸〉が交わる場所では百年以上、緊張状態が続いている事。
その原因は〈北大陸〉の〈ニゲン〉による奴隷狩りが発端である事。
〈始まりの聖女〉と呼ばれた〈グランマリア一世〉は〈北大陸〉の〈ニゲン〉に謀殺された事。
〈グランマリア一世〉を守護していた〈竜〉はその後三つの国を滅ぼし、墓標を守り続けている事。
百年以上続いた焼畑でかなりの面積が砂漠化した〈北大陸〉。
〈原初の樹〉の恵みを独占していると見られてしまっている〈南大陸〉。
六十年前を最後に〈シリコニア〉を訪れていない〈先人ハウルの一団〉と〈ハクロ号の一団〉。
ここは〈南大陸〉。
北と東を海に、南を〈トチ大壁〉に、西とは〈カンナ大湿原〉により阻まれた世界的に見ても群雄割拠の生態系を持つ〈カント生態系〉。
その中で更に〈トライ・バーミリオン〉の群生地により阻まれた〈サウザヨウ半島〉。
その東側に位置する〈ククリ島〉。
世界地図で見れば片隅、小さな島である。
この時の彼等は知る由もないがここは、世界で最も楽園と呼ぶにふさわしい場所である。
たまたま興味本位で立ち寄った場所だったが、ここから彼等の物語は始まる。
バカ「俺思うんすけどコレ、ナントカの惑星みてぇなヤツなんじゃないっすかね?」
ヨシミ「未来ってコト?」
バカ「異世界とかありえねぇっしょ?〈マセキ〉はロボット、〈原初の樹〉はバイオコンピューター、みたいな。」
ヨシミ「・・・わかんないわね。私には。」
猿のナントカ。




