そして、回りだす夜に。その3
ルキリ=スターニーはゴムールの上階、
VIPルームで酒とノーイラ=タスツの歌に酔いしれていた。
「ん~、
やっぱり良いねぇ…君の声とメロディ…
なぁなぁ、
もう一回歌ってくれないかい?」
何度同じ歌を繰り返しただろうか…
それでも覚悟を決めたノイは笑顔でそれに答える…答え続ける。
ルキリがこの繰り返している時間に満足するまで。
「気に入ってくれて嬉しいっす♪
次は最後の繰り返しを長くするっすから…
覚えたら一緒に歌ってほしいっすね~♪」
このやり取りも何度目だろうか…
幸いその歌は片田舎の民謡なので喉にそれ程の負荷がかかるものではない。
(何度だって歌うっす。
これは昔姉さんが喜んでくれた歌だって…
それで自分は歩き出したんだって…
『ありがとう』って伝えるために!)
歌い終える度に流れ落ちる涙も彼女の目には映らない。
ルキリ=スターニーの視線は終始ノイの口元と、
手元のシリウトを奏でる指にしか注がれない…。
先日の一件の後、
ノイはクーロから事情を説明された。
かつて幼少の頃に街に来て自分に世界の広さを教えてくれた…
あの賑やかなキャラバンが全滅した事。
唯一生き残った大好きだったお姉さんの、
壊れた心を守っていた扉の鍵を自分が破壊してしまった事。
その扉から漏れ出した家族達の思い出を別の形に置き換えて定着させる為に、
自分の歌が新たな鍵として必要である事。
下の階で一時心配しながら天井を見上げたクーロが改変したのは、
『家族との記憶の消去』を『家族とは別行動を取っている』…だ。
その儀式の定着の為に本日この店は貸切とされていた。
…この部屋の二人にしか出来ることは無い為、
兵士達の慰労も兼ねて。
仲間が流す涙以上の汗を流すと決めたニリ達バンドメンバーは、
上階の悲劇を下階の喜劇で支える為に明るく応戦していた。
一方、事情を知らないカディスはゴムールへと急いでいる。
「全く…
何の為にお前達を別の区域に離していたと思っているのか…。
キャラバンの記憶に触れさすまいと気を使っていたのに…。」
元々この街の天使教徒は無関係だとの情報を得ていたカディスは、
安全な場所で安全な偵察任務をルキリに与えていただけであった。
ガトダトについても同様で、
幼い頃からの馴れ合いの為に気を抜きすぎていた。
「そんなの言ってくれなきゃわかる訳ないでしょう?」
「スティルノア以外の関係者なんて自分達は知らないですよ!」
公私混同で生んでしまった状況に苛立ちを隠せない自分を恥ながら、
現場にはクーロが付いている事もあって歩行人を蹴散らしたりはしないが…
そうしたい程度の焦りを持ってカディスは歩を速める。
「わかっているさ!
我にしても想定外の事が続きすぎて混乱しておる!
それについては詫びる、スマン!」
振り返りはしないが確かに頭を下げて先に進む主君の背に対して、
追従する二人の竜人は改めて同級の主に…
静かに尊敬と服従の意を心に刻む。
「それにしても…何なのだ、この地は…。
厄介事が次々と…。
因果とは…つくづく度し難い!」
アサヒ=ハザマは馴染みの店の扉に手をかけた。
宿で寝かせておこうとしていたエイナは、
アサヒが宿を出た直後に起きて泣き出し…
宿に迷惑をかける訳にもいかず、
結局連れて来てしまった。
(まぁ…食事も取ってないしな…。
子供の生態なんてわからんぞ…俺は。)
アサヒにとって子供とは全く未知の存在であった。
相性の良さそうなシュミカにでも押し付けておけば良いかと思っていたが…。
「すごぉい!
ねぇアサヒ、オトナのお店?
ここってオトナの人のお店?」
間違ってはいないが…
表現に対する違和感にアサヒはエイナの口を押さえて制する。
「あ…まぁそうだけど…
あまり大きな声で喋るのは『オトナ』じゃ無いぞぉ…?
ははは…」
周囲の冷ややかな目線に耐えてその扉に添えた手を引き、
街の喧騒に店内の賑やかさを掛け合わせる。
「うるっさいわねぇ!
この若づくりリスジジイ!
『エルライエリ』の火山より歳食ってるくせにぃ!」
「その年寄りを敬えと言っとるんじゃよ!
この男女見境無しの色欲アバズレが!」
…大きな声で大暴れしているお姉さんを見たアサヒは静かに扉を閉めた。
「姫さ…エイナ、
何か食べたい物はありま…あるかい?
誰かに聞いて静かなお店を探そう。
その方がよっぽどオトナだよ?」
状況はよく分かりはしないが、
エイナは嬉しかった。
「ひひっ♪
ちゃんとエイナって呼んでくれたね、
アサヒお兄ちゃん!」
その笑顔に心を射抜かれたアサヒは翼を広げた様に舞い上がり、
その幻想の翼を…
焦る若草色の髪を弾ませる悪魔が、
慌ててむしり取る。
「ん~!
逃げんなし!
止めて!リアを止めて~!」
「離せ!
竜人なんて変な種族を止められる訳ないだろう!
エイナの教育に悪いから他の店を探す!」
縋り付いてくるシュミカを引き剥がそうと、
前方を見ずにいたアサヒは通行人の固く鍛えられた肉体にぶつかり、
跳ね返ったその体が崩れない様にその相手に丁寧に肩を支えられる。
「…まぁ、
我も思うところがある故否定はせんが…。
本人の前での人種差別は如何かと思うぞ?
もう少し周囲に気を配れ『お客人』殿…。」
広い心の翼で包み込まれたアサヒは、
やがて些細な嫌悪を抱く事になるその相手に…
この時は心を許した。




