そして、暫しのお別れを。その3
カディス一行は山岳地帯の仮設砦を引き払い、
この地の精霊に騒ぎを起こした事を謝罪する儀式を終えた所であった。
「精霊殿、
今後とも我らが良き友として在れるよう導いて欲しい。」
一礼し振り返って歩き出したカディスを追い風が包む。
「…感謝を。」
荷物の運搬は部下達の馬車に任せ、
翼を広げるとカディスはティルスガルへと飛び立って行った。
ギリアに助けられた天使教徒のライゴールとサラシェは、
巡礼の旅の最中でティルスガルの教会へ向かう所であった。
無事に街道まで避難した彼らはアサヒ達と共に街へ向かう事になった。
「もう少し先の分かれ道からは徒歩になってしまうけど…
街道から外れない限りは安全だ。」
「改めて本当にありがとうございます。
仲間内で始めた旅だったもので…
街道から外れただけであんな事になるとは…。」
助からなかった仲間の事を思い、
ライゴールは目を伏せる。
「この辺りの人じゃないのかい?」
「はぁ、
北部の方から来ました。
少し前にあちらの魔王が討伐されまして…
以前から平和になったら旅に出たいと話してまして…。」
マッチポンプ型の世界の仕組み。
魔王協会の魔王を討伐するのはギルドが派遣する勇者であり、
その魔王が討伐されれば魔王協会が新たな魔王を派遣する。
不条理で馬鹿馬鹿しいが、
精霊達を楽しませ…
この世界がこの世界として発展してきた要因である。
「ん…支配タイプだったの?」
暇を持て余すエイナと戯れあいながらシュミカが訪ねる。
それに応えるのはもう一人の方のサラシェ。
「はい。
圧政などは行いませんが、
我々を所持品の様に考えていたのかも知れません。
外部と触れ合おうとしただけで叛逆者扱いでしたから。
お陰で貿易も出来ない有様でした。」
「酷いやつ?強かったの~?
ボクも戦ってみたかったな~!」
エイナは『僕より強い奴に逢いにいきたい!』のスタンスを持ち始めた…。
「そりゃ強くはあったでしょうけど…
統治はちゃんとしてましたね。
幸い豊かな土地ではありましたから…。
ただただ閉じ込められる、
老人なんかは逆に安定した生活を受け入れてましたよ…。
でも治安は悪くなる…
そんな実験でもしてたんじゃないですかね…?」
「あ~…たまに居るわねぇ、
変な知識欲が高い奴ら…。」
リアはギリアに寄り添いながら爪の手入れをしている。
荷台の会話に耳を傾けていたヒュウミナロゥはタイミングをみて、
天使教の二人に問いかけた。
「あの~、
ここには二人の竜人が居る訳ですけど…
あなた方は気になりませんか~?」
それを聞いたライゴールは自然にその質問を受け入れた。
「ああ、そう言う事ですか…。
『天魔会』ですね?
確かに『客人』の方もいらっしゃいますし…
それよりも助けて頂いた事の方が上で、
気にしていませんでした。
そりゃ最初に睨まれた時は縮み上がりましたけど…。」
少しだけ考え込み、
ヒュウミナロゥはリアへ目配せをする。
不穏な空気に不安を感じたサラシェは事を理解した。
「あ…もし気に入らない様でしたら…。
我々はここで降りて歩きますが…?
街道沿いなら…安全なのですよね?」
「それで街中で襲撃な感じかしらぁ?」
リアの一言に目を丸くする二人は本気で釈明する。
「いやいや!
我々はそれほど熱心な信者ではありませんし!」
「そうです!自由になれたので、
流行りに乗って巡礼の旅に出ただけの一般信者です!」
アタフタとする二人は釈明の余地を必死に探す。
「おい、お前達。
本当にいい加減にしろよ?
私が私の判断で助けた人達への非礼は…
仲間や家族であっても認めたくは無いんだよ。」
ギリアは本気で怒っていた。
その場の空気は凍りつく。
その威圧感に平気なエイナにアサヒとシュミカは縋り付き、
ヒュウミナロゥは暴れ出す馬を抑え…
リアはギリアに抱きついて絶対の服従を示した。
ティルスガルに向かうカディスは途中で寄り道を思いつく。
(そうか…この地か。
挨拶はしておかんとな。)
向かう方向を変え、
辿り着いたのは小さな村しか無い地域の傍にある山の森に降り立つ。
「お初に伺う!
我はクーロウア=バエレの身内、
レイヴン帝国の者であります!
謁見だけでも叶いますまいか?」
その魔力に森の動物達はざわめきつき、
一瞬の空気の歪みが空間を切り取る。
生い茂る草木を分けてノソノソと現れたのは…
一頭の熊だった。
「クーロ…あのリスの子だね。
ぼくも人の事は言えないけど…
人の世に降りたのに、
まだ生きてるんだ…しぶといね。」
膝をついて頭を下げるカディスはその魔力の重さに圧倒されている。
「…我らを導いて頂いております。」
熊さんは興味なさそうにそれを見下ろしながら、
ハチミツの瓶に指を突っ込む。
「ふぅん…
最近禁呪を使った気配が二つあったけど…
『蘇生』の方じゃ無い様だね…。
全く…無理をするなぁ…あんな未完成な事を。
どれだけ壁を作っても…
いつかそれを打ち壊す水の勢いは止まらないんだよ?」
頭を下げたまま唇の端を噛むカディスは覚悟を決めている。
「存じております…。
彼女は実質すでに死んでいる…
それでも!
…小さな希望を見つけたのです。
クーロは我の頼みは聞いてくれましょうが…
改めて師匠である貴方様のお許しをいただきたく!」
熊はため息をついて座り込む。
「大袈裟だなぁ…
ぼくは外界には興味が無いから好きにすれば良いよ。
ぼくが教えたものは彼女が覚えたものだ。
それは彼女のものだ。
自分のものは自分の責任で好きに使えばいい。
ただし、その責任をこちらに持ってくるなら捻り潰すけどね。」
その圧力に震え上がるカディスは、
結局その熊に目すら合わせられずに頭を深く下げ、
逃げる様に飛び去っていった。
「…ちぇ、
久しぶりのお客さんだからお茶でも飲みたかったのにな…。」
そう呟きながら、
熊さんは草木を掻き分けて森に帰って行った。
分岐点である。
ギリアは東の大陸へ向かう。
アサヒ達はティルスガルへ。
ひと時の別れではあるが、
気まずい雰囲気になっていた為に空気は微妙だ…。
「いや…本当に悪かったよ…。」
「ん、『むにま』本当に酷いやつ。」
「…それが何の略語なのかは聞かないけど…
お父さんはちょっとお仕事に行ってくるから、
みんな元気にしてるんだよ。」
その時、不意に奪われた唇と…
ギリアでなければ耐えられなかったであろう竜人の抱擁に勇者は答える。
何となくアサヒとシュミカは片方づつエイナの目を塞ぐ。
やがて絶対の再会の誓いを立てた勇者は別の道を行く。
「ちゃんとギルドにパーティ登録しておくんだよ。
それで私は安全確認できるから!」
見えなくなるまで荷台からいつまでも手を振る歴戦の勇者に、
飛び跳ねながら手を振りかえす一行。
そして、再度訪れるティルスガルでの出来事は、
もう一つの別れを用意していた。




