プロローグ 『婚約者からの提案』
「折角ですからハーレム王を目指しませんか?」
俺の部屋。
同じベッドで横になっているのは、世界が変わる以前からの婚約者――獣坂小猫。
彼女は今日も服を脱いで布団に入ったまま、驚くべき提案を俺にしてきた。
布団の中で押し付けられる小猫の柔らかい胸の感触。
そのせいで今、俺は絶賛思考停止中だっていうのに。
「私の調べたところによると、イクトさんに好意を寄せる女性が多数いることが判明しました。一夫多妻制が強制された今こそ、ハーレムを目指すべきだと私は強く推奨します。もちろん、正妻の座は誰にも渡すつもりはありませんが」
小猫の甘い声音が、仰向けで横になる俺の耳元をくすぐる。
でも今はそれ以上に、俺の服越しに伝わる彼女の胸の感触が切り離せなくて。
ただ一緒の布団で眠るだけのはずなのに、逆に一睡もできそうになかった。
もう一週間はこの状態だけど、こんなの慣れるわけがない。
「イクトさんはどうですか? 将来、私だけで満足できちゃいますか?」
小猫が声だけでなく、俺の耳を軽く舐め始める。
何度もそこは弱いって言ってるはずなのに、今日も手加減なしだ。
それどころか。
「すみません。今夜も私、朝までイクトさんを責めたい気分なんです」
俺の服の中に腕を入れ、俺の胸の辺りを弄ぶように触ってくる。
そのうえで反対の手だと、逆に俺に触ることを強要してきた。
「もっと強く触ってください。私の弱いところ、イクトさんなら知ってますよね?」
強引に柔らかいものを揉むように触らされる俺の右手。
でもその中には一か所だけ硬い部分もあって。
そこに指先が当たるたび、小猫の口から気持ちよさそうな声が溢れていた。
「はぁはぁ。相変わらずイクトさんは、無自覚なテクニシャンですね」
「ち、違うからな‼ これはお前が強引に触らせてるだけで‼」
「そうですね。でもイクトさんの手が気持ちいのは本当ですよ。現に私、もう我慢なんてできませんから」
一緒の布団に入っていた小猫が毛布を振り払い、一気に寝転がる俺の体に跨ってくる。
月明りに照らされたその表情は、熱を帯びたように火照っていて。
彼女のとろんとした瞳が、俺の顔を真っ直ぐに見つめていた。
「だ、ダメだぞ。そういうのは結婚してからって――」
「心配しないでください。一回経験すれば、私もイクトさんも価値観が変わるはずですから。それに私、なによりもイクトさんに汚してもらいたいんです。正真正銘、あなたの本妻として。あなたのために作り上げたこの、あなた好みのパーフェクトボディーを‼」
小猫が俺にガッと迫った直後。
暗かった部屋の照明が一気に明るくなる。
部屋の入口に視線を感じて見てみれば。
「今晩もですか、小猫さん」
「なんでいつもイクトを襲うんだよ、エロ猫」
そこには二人の女の子が立っていた。
一人は俺の妹――兎田卯紗。
もう一人は小猫の双子の姉――獣坂犬華。
二人は明らかに怒っている様子で。
「小猫さんは今晩も、私と一緒に私の部屋で寝ましょうね。ただしその前にお説教ですが。なのであとは頼みます、犬華さん」
「おう、任せろ。イクトの説教はアタシがしておいてやる」
体を毛布でくるまれたまま、卯紗に部屋の外へ連れ出された小猫。
部屋に残ったのは、俺とピンク色のパジャマを着た犬華だけだ。
「今日もギリギリのところで助かったよ」
「そう思うならそろそろ慣れろよな」
「それはそうなんだけどさ……」
俺は上昇した体温を下げるため、ベッド横の窓を開けて夜風を浴びる。
それでも体の熱が冷める様子は当分ない。
「にしても変な方法だよな。『裸の女と寝ること』が女に慣れるための近道なんて」
犬華が俺と小猫の状況を振り返りながら、そのことを口にしてきた。
いや、俺自身もちゃんとおかしいと思ってはいるんだ。
ただ――
「まさかあそこまで小猫が積極的だったなんて……」
「当たり前だろ。あいつは昔からお前のことが好きなんだから」
「あ、改めてそう言われると……俺の方が恥ずかしいんだけど」
俺は頬を掻きながら、そのまま仰向けでベッドへ横になる。
するとその隣になぜか犬華が寝転んできて。
「よし。アタシが少しは女に慣れたか試してやるよ」
「試すって一体――」
「裸は無理だけど。その……下着姿で良ければ、アタシが一緒に寝てやるよ」
小猫よりもどこか子供っぽい体型の犬華。
でも女の子がパジャマのボタンを外す姿は、それだけで胸がドキドキしてくる。
「い、言っておくけどな。こんな格好、男の中だとお前ぐらいにしか見せ――」
「見てください。あれが人のことをエロ猫とか呼んだ人が取る行動です」
「犬華さん‼」
部屋の外で勝ち誇ったような笑みを浮かべる、毛布に包まれたままの小猫。
その隣には頬を膨らませた卯紗もいて。
犬華はものすごく気まずそうな顔をしていた。
「こ、これは、イクトの治療のために仕方がなく‼」
「もう犬華さんも自分の部屋に戻ってください‼ 今日は私がイクトと寝ますから‼」
双子を俺の部屋から追い出した卯紗は、そのまま怒った様子で俺の隣に転がる。
さっきまで犬華が寝転がっていた位置だ。
そしてなぜか少しだけ顔を赤くして、俺の左腕に抱きついてきた。
「本当にもう! イクトは仕方ないんだから!」
ついさっきまでの怒り顔はどこへやら、完全に表情が緩み切ってる・
さらに俺の腕に顔を埋めて。
「しっかりしてないイクト――お兄ちゃんが悪いんだからね」
「悪いな。卯紗にはいつも迷惑ばかりかけて」
「気にしないで……それよりお兄ちゃんは、小学5年生の体に興味とかある?」
「そ、それを聞かれて俺はどう答えればいいんだよ……」
二人きりになると、いつも甘えん坊な卯紗が現れる。
人前だといつもキッチリした性格なのに困った妹だ。
「今日はお兄ちゃんの腕枕で――
「見ろ、小猫。あれが部屋から自分以外の女を追い出したやつのやることだ」
「兄妹同士の禁断の愛も嫌いではありませんが……正妻の座は譲りませんよ」
またもやドアの外に二人組。
今度は獣坂犬華と獣坂小猫の獣坂姉妹だ。
「そもそもあれは禁断の愛なのか?」
「当然です。なにせ、卯紗さんの幼稚園時代の夢は――」
「その話はやめて、今日も私たち三人で寝ましょうよ‼」
いつの間にか部屋の出入口に辿り着いていた卯紗が、二人の背中を押して部屋を出る。
そして部屋に一人、ポツーンと取り残された俺は――
「……俺の女の子に慣れるための訓練は?」




