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6.報告書と生き汚いベニカ。そして死地へ向かう。


「おい、昨日の報告書を見たか?」

 

 防衛省直轄冒険者管理局の課長、鯨木マサミチは同係長の鴎見岬ハジメに指導も兼ねて訊ねた。ハジメは真面目だが定型的に仕事をする癖がある。この報告書もタイトルだけを見て細部の違和感に気がつかず、そのまま処理済みにしたのだろう。


 マサミチは報告書の流し見で対処の必要性を見いだした。ハジメもまだまだだな。


「……全て目を通しましたが」


「ならなおさら駄目だ。これに気がつかないようじゃな」


 マサミチはハジメのデスクにその報告書を置く。A4の紙一枚にまとまった報告書のタイトルは『レベル3冒険者が不意打ちでレベル8冒険者を殺害』だった。


「……これなら覚えていますよ。流石にレベル差があったので一応念入りに読みました。しかしまぁ酒場で喧嘩の仲裁に入り、相手が先に斬りかかろうとしたので不意打ちで先に殺した。喧嘩の理由も相手の不注意が原因でした。その後の収奪まで含めて怪しい点はなかったと思いますが」


 マサミチはよく憶えているものだと感心する。真面目で記憶力が良い。機転が利く方ではないが、教えたことはほぼ間違いなく遂行してくれる。わりと適当に仕事をしているという自覚のあるマサミチはハジメの人となりに多少ながら尊敬すら覚えている。


 が、それゆえにお堅いことも確かだ。


「よく読んで正しく想像しろ。重要なのは正しい想像力だ。文意を先入観で歪めるな。ここには『レベル8冒険者ジッドが半光学式機工両手斧を振り下ろした直後に、レベル3冒険者がアサルトライフル型魔銃を次元収納から取り出し、頭部と腕を撃ち抜いて殺害』と書いてあるだろ」


「はい」


「……まぁ、冒険者の経験がないと想像しにくいかもしれんが、ここにはいくつもおかしな点がある。まずレベル8冒険者が振り下ろし始めたあとに動き出したのに、先に撃ち抜いていること。通常2~3秒は集中する必要がある次元収納からの取り出しを一瞬で行っていること。一瞬の中で狙いやすい胴ではなく、武器を振るう腕と致命傷となる頭を狙って銃撃したことだ。こう聞いてどう思う」


「レベル3にしてはありえない、と。……たしか直後に腕に致命的な反動が発生していたという記述もありました。反動を受ける代わりに爆発的な能力向上を得る固有魔法なのでは?」


「次元収納からの瞬時の取り出しは次元系統の固有魔法でも持ってないとできない。次元系統で身体能力を向上させる固有魔法は報告されていない。それについては?」


「未発見の魔法……それか、相手が両手斧を振るう前から取り出し始めて……いや、その集中と魔力の揺らぎを見逃す冒険者はいないか。僕ですらわかりますし」


「そうだ。つまりこの一瞬の取り出しは普通に考えればあり得ない。次元系統の固有魔法を保持しており次元収納からの取り出しが得意だったとしても、今度は爆発的な速度上昇、正確性などの技量上昇、さらにレベル8の《魔纏》をも貫く威力上昇に説明がつかない。そしてなにより、ハジメ、こいつがジッドを射殺したときの実力はレベル換算だとどの程度になると思う?」


「……不意打ちでしたしレベル7あれば十分……かと最初は思いましたが、そういう話ではないんですよね」


「速度、技量、威力、そして次元収納。どれか1つに着目するならそうだろうな。だが全部となるとこりゃレベル10オーバーの領域だ」


 ハジメはしばらく考え、想像したのち、喉を鳴らした。


「……た、確かに」


 ハジメが自分が見逃していた異常さを認めて狼狽える。同時に自身のミスに気がついたということでもある。マサミチは内心で頷いて続きを促す。


「で、結論と対処は?」


「……レベル3のたかだか腕一本を犠牲にした程度で手にできる力ではない。過去の経歴の調査と素行調査。場合によっては固有魔法開示の請求と……、え、『英傑』の候補として保護優遇措置の検討?」


「そうだ。『英傑』制度に思い至ったのは流石だな。あれは通常レベル11に到達してから審査が始まる。だがこのシラヒってやつの能力はあまりにも桁外れすぎる。そもそも『英傑』制度があるのは、良識があり、最前線でこの世界を開拓する実力を持つ冒険者を、国が全面的にバックアップするためだ。実力がある冒険者はどんどん贔屓して育てるべきなんだ。そうしないといつまでも人類は壁の中で生きるしかない」


 ハジメは息を呑んでマサミチを見つめる。その一歩引いたような様子に、マサミチはついつい弁に熱が入ってしまったと我に返る。だが、とマサミチは少し残念に思う。この熱に乗ってこれないのなら、あるいは自分自身の熱を持っていないのなら、ハジメは世界のプレイヤーではない。歯車、NPCだ。 


「……まぁ、だからハジメが次にやることは主任以下に連絡して経歴の調査と素行調査の手配をさせることと、今話したようなことを別でA4用紙1枚にまとめて俺に上げることだな。……とはいえ英傑候補、なんて制度はないからそこは好きに書くといい。お前がどう書こうが俺から部長に上げるときに俺が書き加えるがな」


 冗談めかして付け加えるマサミチに、ハジメは真面目くさって答える。


「いえ、自分もそこは賛成なので言及はさせていただきますよ」


 理解して賛成しているのが半分、上司の言うことだから従っておこうというのが半分だな、とマサミチは分析する。部下の思想を自分色に染めることは本意ではないが、自分も人間である以上、多少影響してしまうのは仕方ないと割り切っている。


「……いや、ある意味では理解できなくても正しいだろうと信頼されているのか」


「課長?」


「いや、なんでも。まぁ、お前の仕事だ。好きにやれ」


「……課長、自分も壁の外に出て冒険者を経験してみたいのですが、そういう研修はなかったでしょうか」


「……それは学生時代に自分でやるべきこととされている。大方そういった情報が流れてくる友人関係がなかったんだろうが、いずれにせよもう遅い。……が、まぁ、入庁した後でも効果はあるか? ……いや、データを読み、文章や数字で実態を正確に把握し、適切な処置をし、時には新しい提案をする。自分の体験に関係なく。そういった訓練をお前は大学で受けてきたはずだ。無数のレポートやら論文やらはそのためのものだ。冒険者を実際に体験しなくても可能なはずだ」


「……そうですか」


「真面目なのは結構だが、自分に足りない部分を認めることだけが美徳ではない。自分が持っている能力を最大限活用してなにができるかを考えることもまた美徳だ。お前はお前が持っている能力を最大限活用することを考えればいい。だがまぁ、壁外研修のアイデア自体は悪くないな。そういうのがあってもいい。制度設計して提出してみるのもいいんじゃないか? 口添えくらいはしてやるぞ」


「あっ、ありがとうございます! やってみます!」


 係長にまでなってこの態度は大したものだ、とマサミチは内心で微笑んだ。顔には出さない。



 ◆ 



「ヒィ~、無理無理無理むりですぅ~」


 桃色長髪の少女ベニカはこれまで必死に堪えていた悲鳴をついに上げてしまった。

 

 息を殺し、気配を殺し、存在感や己の意思まで殺して潜んでいた三階建ての雑居ビル、その一階の荒れ果てた給湯室。


 廊下へ続く空間が、轟音と供に倒れ込んできた銀色の鱗を纏う巨体によって塞がれた。

 

「にっにっ逃げっ」


 ここに留まっていれば銀色の鱗の巨大モンスターが再び動き出したときに巻き込まれてしまう。


「ちょげぴぃいいいい~」


 蚊のようにプチッと潰されて死ぬ、いらない妄想をしてしまったせいで腰が抜けてしまったベニカは、泣きべそをかきながら四つん這いで銀鱗の巨体から逃れようとする。しかし廊下を塞がれてしまえば給湯室は実に狭い牢獄へと化した。モンスターから逃れようとしても反対側にあるのは壁ばかりだった。


 か弱く見える少女といえども冒険者。通常誰もが4レベルになるまでに取得するレベルアップボーナスの中には身体能力を強化する〈身体強化〉と《魔纏》がある。腕の一振りで壁くらいぶち抜ける、はずだった。


 ベニカは普通ではない。〈身体強化〉も《魔纏》も取得していない。壁を壊して脱出する代わりに壁に背中を預けて引き攣った顔を再び銀鱗の巨体へと向ける。


 再び動き始めた銀鱗の巨体が這いずる芋虫がごとく蠢き、ベニカへと覆いかぶさってくる。足下の蟻に気がつかず歩き続ける人間のように、銀鎧龍蟲(シルバーワーム)は己をここまで吹き飛ばし仲間を何体も斬り伏せた仇敵への突撃体勢を整えようとしていた。


「【二次元の盾】ぇっっっ!!!」


 のたくり始めた銀鱗の巨体へ向けて両手をかざす。奇声と供に固有魔法を呼び出すと両手の先には半透明な黒い平面が出現し、ベニカの身体を完全に隠した。


 展開された黒い盾に銀鎧龍蟲(シルバーワーム)の胴が幾度もぶつかる。しかし銀鎧龍蟲(シルバーワーム)は一切気にする素振りを見せなかった。やがて体勢を整えた銀鎧龍蟲(シルバーワーム)は魔力を纏うとすさまじい速度でベニカの視界から消え去った。やや離れたところで建物が倒壊する音が、そして魔力同士が衝突する轟音が響く。


「い、生きた……」


 安堵したのもつかの間、銀鎧龍蟲(シルバーワーム)の身じろぎに耐えきれなかった三階建てのビルが倒壊し始める。降り注ぐ瓦礫にベニカは絶望の表情を浮かべた。



 ◇



 シラヒとクロエがカゲキラの元へ疾走する中、ラスがシラヒの視界に現れ、微笑みながら尋ねた。


<ねぇ、盛り上がってるところ悪いけど、ベニカちゃんはいいの?>


 シラヒは迷わずに自分の中に既にある答えを念話に乗せる。


<ベニカには悪いけど、僕の最優先はクロエだ。銀鎧龍蟲(シルバーワーム)との戦闘を終えてあの男が回復する前に攻撃しないといけない。探してる余裕はない>


<ふーん、まぁラスは別にいいんだけど>


<悪いとは思ってる。でもこれは僕の選択だ。もうずっと前に選んだんだ。それに、ベニカはああ見えて生き汚い。本気で気配を消したベニカを見つけられるのは僕とクロエだけだ。きっと生きてるさ。トウキョウまでも歩けない距離じゃないし>


 シラヒは次元収納ポーチを魔力で起動させ、手の中に突撃銃型魔銃を取り出す。クロエもレベル8半光学式炸裂機工両手斧を取り出した。


 負ければ、死ぬ。死は壁の外に出た冒険者にとってありふれた結末だ。その結末を乗り越えることができる者だけが、この世界を人類の手に取り戻す傑物に成り得る。


 戦闘音が聞こえてきた。


「銃撃音……? あの男は銃を使うそぶりを見せなかったはず……?」


 警戒しながら戦闘音が響いてきた方向へ疾走してきた二人。


「……っ、あの赤毛の猫獣人、なんで……?」


 シラヒとクロエは思わず足を止めた。崩れ落ちた瓦礫やまだ残っている建物を縦横無尽に駆け巡りながら、男と足を(ねぶ)られていた猫獣人が戦っている。引き撃ちを繰り返す猫獣人を男が追う形だ。男の魔剣の射程はおよそ20メートル程度のようで、猫獣人はその範囲に入らないように両手に持った二丁のショットガンのようなものを連射しながら後退を続けていた。


「ハッハッハ! 頼みの綱の銀鎧龍蟲(シルバーワーム)は全滅させたぞ! いい加減に観念してまた足を舐めさせろッ!」


「死ねにゃッ!」


 二人の怒鳴り声もかすかに聞こえてくる。


「……まぁあんなことをされたんじゃ殺し合いになっても仕方ないか」


「問題は私たちが出ていって狙われないか、ということよ」


 シラヒは唸る。2対1で狙われたら元も子もない。ラスに頼んで視力を強化してもらった。


「……随分と憎悪を剝き出しにしてる。交渉次第では共闘できるんじゃ?」


「賭けるしかないわね」 

 

 クロエが腰を浮かせる。続いてシラヒも瓦礫を乗り越えて近づくために立とうとしたが、クロエの手がそれを押しとどめた。


「どういうこと?」


「……目的はカゲキラを殺害することよね。シラヒの【制限解除】で遠距離狙撃とかできないの?」


「えーっと……」


<ラス、どうなんだ?>


<カゲキラの《魔纏》は硬い。あの魔力を貫ける威力を出そうとすると、どうしても知覚されて避けられるか防御される。ラスの軌道修正にも限界があってそれほどぐねぐね曲げられるわけじゃないから……。大きな隙でも無い限り難しいかな~。そんな隙を晒すとは思えないし>


<……レベルアップボーナスの〈知覚強化〉は魔力感知も強化されるんだったよな。カゲキラも当然取ってるか>


 考えるふりを終えるとシラヒはクロエに向き直った。


「あいつの《魔纏》を貫けるほどの威力を出したら、溜めの段階で気がつかれて避けられるか防御されると思う。……でも正面にぶつかるよりは作戦を立てたほうがいいよな。他になにか……」


 隠密遠距離狙撃以外の作戦がないかと考え始めたシラヒをクロエは遮る。


「つまり、貫けるのよね。回避も防御もされなければ」


「……そういうことになるかな。残り五割の魔力をほぼ全部つぎ込んで、っていう条件付きだけど」


「ならいいわ。シラヒは狙撃地点に向かって」


 クロエはそう言いながら一歩踏み出した。シラヒは慌てて肩を掴んで止める。華奢な肩だ。この身体で巨大な両手斧を振り回しているとは普通は思えないほどに。


「ま、待って! 一人で隙を作るつもり?」


「二人になるように祈りなさい」


 シラヒは一瞬遅れてクロエがキャミーのことを言っているのだと理解する。その間にクロエはシラヒの手を邪険に払いのけていた。ベルトポーチから小さな紙箱を取り出して見せる。


「せっ、戦闘薬……!」


「ジッドのモノよ。検品してるときに悪いけど勝手に貰っておいたわ」


「……それでも、レベルの差は5もあるんだ! 戦闘薬でも埋められる差じゃ……」


 クロエが苛ついた表情をシラヒに向け、大声を出さずに雰囲気で怒鳴るという器用なことを行った。


「うっさいわね! ならどうしろって言うのよ!」


 シラヒは言葉に詰まる。クロエの身が心配だっただけで代案は出せなかった。確かにシラヒが出ていっても射撃の位置とタイミングを計られるだけだ。なにより回避に魔力を使うことになれば十分な威力の射撃ができなくなる。


「さっさと行って。隙が出来たら撃って」


 懊悩するシラヒにそう言い捨てるとクロエは移動を開始した。魔力を使うと気取られる。しかしレベル4冒険者であるクロエは《魔纏》を発動せずとも身体能力だけで、戦闘の余波で崩れた瓦礫だらけのヨコハマ街遺跡を苦も無く踏破していった。


 残されたシラヒは呆けたように手を伸ばしたが、ラスのからかうような声で我に返った。


<ほら、早く位置につかないと、愛しのクロエちゃんが死んじゃうかもよ?」


<……わかったよ。クソっ>


 暗い声で返したシラヒだったが、それでも手は引っ込めてクロエとは反対方向へ走り出した。思いを寄せる少女を死地に送り出さなくてはいけない無力さを抱えたまま。


<クソっ、クソっ、……クソっ!>

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