表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

5.困難に対するルーティンと減った残機。そして戦場の笑顔。

 カゲキラの持つ今にも崩壊しそうなほどに薄く、鋭い魔剣が【保存】により安定化する。鋭さは保ったまま、本来ありえないほどの硬度を得る。


 銀鎧龍蟲(シルバーワーム)も獲物が弱っていないことを見て取った。口腔内を狙われたことを学習し、最初から口を閉じて【分解】の魔力を纏った突進を試みる。巨体を起こしてやや上方から下方へ。自分の得意領域である地中へ引きずり込まんと。


「思えば……今日はコーヒーメーカーの調子が悪かったのか、いつもより苦かった。……ルーティン通りではなかった。このトラブルは、障害は……そのせいなんだろう」


 突進をひらりとかわしたカゲキラ。巨体の全てが地面に潜りきる前に魔剣を上段に構え、振り下ろす。


【保存】の固有魔法を付与され、薄く鋭くすることで切れ味を、さらには短くすることで密度を高められた魔力の剣身は、【分解】を付与した《魔纏》と、銀鎧龍蟲(シルバーワーム)の名の由来でもある銀色の鱗を易々と切り裂いた。


「だが、障害に対して……困難に対して、屈することは私のルーティンではない……ッ! 一度でも屈すればそれは新たなルーティンとなり、私という人間を殺すことだろう。だから、私はッ! 困難に対してッ! 一度たりとて屈するわけにはいかんのだッ!」


 カゲキラは、銀鎧龍蟲(シルバーワーム)が地面へ沈み込むまでの僅かな時間に保存の魔剣を幾度も振り抜く。銀鎧龍蟲(シルバーワーム)の巨体は剣身より太く即座に両断はできなかった。しかし斬撃による傷は深く刻み込まれ、吹き出した赤い血がカゲキラを濡らす。


 尾が地中に潜りきる前に、地中を旋回した銀鎧龍蟲(シルバーワーム)は、カゲキラを真下から強襲した。レベルアップボーナスで強化された知覚力でもって、寸前にその攻撃を察したカゲキラだったが、防御はできても避けることはできず宙を舞う。


 飛行可能な能力を持たないカゲキラは、空中では身をよじる程度しか動けない。


「ぐッ! ……だが! 動きを制限したところで!」


 空中でなんとか迎撃態勢を整えて地上に視線をやったカゲキラ。その視界に飛び込んできたのは急速に接近する銀鎧龍蟲(シルバーワーム)の頭部だった。


 銀鎧龍蟲(シルバーワーム)の赤い瞳と視線が交わる。


「Boaaaahhhhhhhhhhh!!!!」


 眠りを邪魔された怒り、そしてモンスター全てが共有する人類への本能的な殺戮衝動。銀鎧龍蟲(シルバーワーム)の咆哮が空気を震わせ、カゲキラの身体を打つ。しかしカゲキラは一切動揺しない。


「……ふむ。操られている眼ではないな。休眠を邪魔されただけか。その上で怒りの先を私に誘導した、といったところか」


 カゲキラは経験と高い洞察力により真実に辿り着く。ルーティンを乱された者に対する微かな哀れみを含んで、カゲキラは銀鎧龍蟲(シルバーワーム)を見下ろした。


「……生物は全てがルーティンに支配されている。眠りから起こされたのはルーティンではなかったことだろう。災難だったな」


 無骨な長剣が構えられる。合金の剣から伸びる魔力の剣身は一切の無駄も乱れなく、斬るという目的を達成するためだけに磨き上げられたような機能美を保有していた。


「さらばだ。お前のルーティンはここで途切れる」


「KishaaaaaaAAAAAHHHHHHHHHHHHHrrrrr!!!」


「ハァァァァアアッッッ!!」


【保存】の魔剣と【分解】の突進が轟音でもってヨコハマ街遺跡を震わせる。


 一瞬は均衡したかに思われた。


 しかしレベルの差以上に、鍛錬によって練り上げる人間と、生まれ持った力を振るうだけの生物系モンスター。その差は大きかった。



 ◇



 銀鎧龍蟲(シルバーワーム)の死骸と、カゲキラが並んで落下している。銀鎧龍蟲(シルバーワーム)の死骸は頭部の半分をを斬り飛ばされている。


 地中から銀鎧龍蟲(シルバーワーム)が二匹、三匹と次々に顔を突き出す。カゲキラは自分へ殺気を飛ばしているモンスターたちを睥睨した。


「……眠っていた奴らが今更仲間の危機に反応したか。……それとも、また奴らが起こしたのか? どちらにせよ、もう奴らは追えんな。ふぅ……」


 カゲキラはため息をつく。しかし直後には不適に微笑んだ。


「ふん……このカゲキラから逃げ切れると思うなよ。トウキョウに戻ったら必ず見つけ出し、生足を味わってやる。この際、五体満足でなくてもかまわん。右脚一本だけ残して他の四肢を切り落としても、右足は生足だ。脚一本では抵抗もできまい。……そうか、なぜこんなことを思いつかなかったのだ。次からは別の女にも試してみよう……」


 地上で待ち構えている銀鎧龍蟲(シルバーワーム)たち。そのやや離れたところに一人の赤毛の猫獣人が立っているのを、カゲキラの強化された視力は捉えた。


 赤毛の猫獣人キャミーはカゲキラの落下地点から50メートルほど離れて憎しみを込めてカゲキラを睨みつけていた。傷は完治している。カゲキラが切り取った左足も生えている。装備も一見同じに見える。


「……どういうことだ? 彼女の固有魔法は【獣人化:猫】ではないのか? 爆発後に回復薬を飲んでいたとしても、身体を脳ごと縦に両断されて生きているなど聞いたこともない」


 カゲキラは困惑を深める。


 レベルアップボーナスで○人化系統の固有魔法を取得すると、瞬時にその特徴を持つ肉体へと作り替えられる。【獣人化:猫】の場合、優れた嗅覚、しなやかな筋肉、敏捷性、高所から落下しても足から着地できる特徴、尻尾や耳、ひげなどが生える、尻尾の付け根の腰あたりが弱くなる、といったことが主な特徴だ。


 当然【獣人化:猫】は【固有魔法】なので他の【固有魔法】は取得できない。身体を癒し治療する回復系統魔法は全て【固有魔法】である。単なる魔力操作の延長線上である《魔纏》や《魔装》の《汎用魔法》の中に回復系の魔法は存在しない。


 獣人の特徴を持つ相手は他に【固有魔法】を取得できない。それがカゲキラにとっての常識だった。


 カゲキラは数年前にレベルアップボーナスで獲得している〈知覚強化〉により、豆粒ほどにしか見えないキャミーの表情までをも読み取ることができた。顔を歪め、激しい憎悪をカゲキラへ向けている。


「……ふむ。自分自身に加え仲間を殺された怒りも私に向けているのだろうか。……まぁいい。理屈はよく分からんが、もう一度殺すだけだ」


 カゲキラが重力に従い速度を上げながら落下していく。銀鎧龍蟲(シルバーワーム)たちは仲間の死骸とともに落ちるカゲキラを喰い殺さんと、空間が歪むほどの殺気を放ちながら待ち構えている。



 ◇



 巨体が蠢く落下地点から50メートルほど離れたところに、赤毛の猫獣人キャミーは立っていた。キャミーは【獣人化:猫】を持つ母親と母子を捨てた父親との間に生まれた子で、生まれながらにして猫獣人の特徴を持っていた。


【固有魔法】は概念干渉系統【残機】。27日に一度だけ、死んでも近くの安全な場所で復活できる。この魔法発動の感覚は最初は30日だったのが、キャミーの成長とともに27日になった。


 裸で復活したキャミーは、安全を確かめつつ、まずは自分の死体から装備を回収して次元収納ポーチから出した予備の服を着た。次いで周囲の様子を探り、〈雄牛の槌矛(オックス・メイス)〉が壊滅しているのを知った。爆発では自分と同じく生きていただろうチームメイトたちは、頭頂部から股の間で二等分に切断されて絶命していた。


 キャミーの死体と同じ斬られ方。誰に殺されたのかは明白だった。


 宙を降りてくる敵を睨みつけているキャミーの瞳は、同時にチームメイト以上、恋人未満だった魔術師の男の残影を映していた。


「レルク……」


 キャミーの呟きは瓦礫で砂っぽい中にどこか海からの風を感じるヨコハマ街遺跡に吹かれて消える。


「……正直、ここまでウチが怒るとは自分でも思わなかったにゃ。銀鎧龍蟲(シルバーワーム)もあいつを狙ってるみたいだし、使えるものはなんでも使ってアンタの仇をとってやるにゃ」 



 ◆



 シラヒはクロエとともに、ヨコハマ街遺跡を駆けていた。先を行くクロエは息を乱していないのに対し、シラヒは汗だくで荒い息を繰り返している。二人のレベルアップボーナスの差から言っても当然で、クロエはシラヒの速度に合わせて走っていた。


「はぁっ、はぁっ、荒野だ……ッ!」


 装甲駆動車で数分駆け抜けただけの距離だ。しばらく走れば荒野に出る。


「…………ッ!」


 街が途切れ荒野に出る寸前で、シラヒは唐突に足を止めた。視界の端で見たクロエも荒野に二本の長い停止線を残しながら止まった。怪訝な表情でシラヒを睨みつける


「ヨコハマ街遺跡から離れるんじゃなかったの?」


「……このまま逃げ帰れたとして、あいつはまたクロエを狙ってくるよな」


「……まぁ、そうでしょうね」


 やっぱり、と呟いたシラヒは少し考えて続けた。


「だったらさ、ここで殺すしかないのかな? あんなヤツに不意打ちされたら防ぎきれないぞ。冒険者同士の問題だから警察は介入を渋るだろうし」


 仮面の裏で。ごくわずかに。シラヒ以外には気づかれない程度に、クロエの顔に怯えの色が走った。隠せていると思っているクロエはチッ、と露悪気味に舌打ちをした。そして怒りで誤魔化して怒鳴る。


「最初に退こうって言ったのはシラヒでしょ!」


「そのつもりだったけど、状況が変わったんだ。銀鎧龍蟲(シルバーワーム)がカゲキラを襲ってる。確かあいつらは仲間同士の連帯感が強い。一匹が倒されると気がついた仲間が次々に復讐しにくる。ある程度倒されると全滅を避けるために撤退していくみたいだけど、それにしても複数の銀鎧龍蟲(シルバーワーム)との戦いはあいつをそれなりに消耗させるはずだ」


 まくし立てるように説明するシラヒの言葉を、クロエはほとんど聞いていなかった。


「ふん、いいからさっさと戻るわよ。大体、逃げるなんて私は最初っから気に入らなかったのよ」


 口ではそう言いながらもクロエの顔色は悪かった。勝てない、という念をクロエは必死に誤魔化していた。クロエ一人では酩酊していたジッドにすら勝てなかった。準備万端のカゲキラは酒場でのジッドの何倍も強い。【制限解除】を使用したシラヒですら斬撃を避けるだけで精一杯だったのだ。


 消耗した虎と子犬二匹。どちらが勝つか、という話だ。


 シラヒは戻ろうというクロエには応えずに黙り込んだ。クロエの目には深く考え込んでいるように見える。シラヒは空中に浮く自分にしか見えない童女に、視線を向けないまま念話を飛ばした。


<……またラス頼りで申し訳ないけど、勝てるかな?>


<あいつはクロエちゃんを諦めないだろうし。いずれまた戦闘になるならここで戦うのが一番勝率が高い。それは間違いないだろうね。まぁ銀鎧龍蟲(シルバーワーム)の群れと戦ってもカゲキラは魔力も体力も半分も消耗しないだろうけど>


<それだけか? 銀鎧龍蟲(シルバーワーム)はレベル8とはいえ複数体。あの男はレベル9。レベル差はたった1だぞ?>


<今の人類の最高レベルは13だけど、討伐されたモンスターの最高レベルは20。人類は鍛錬で数レベル分実力が上乗せされる。レベルの差は1だけど、実際の力の差はもっと大きい>


<……あー、そうだったな>


銀鎧龍蟲(シルバーワーム)は生物系だから経験を積めば強くなるんだけど、大半の時間を休眠に費やしてるから。大した上乗せ分はないと思う>


<なるほど。……わかった。でも今以上に弱ってる時はおそらくないよな>


<クロエちゃんが捕まる前に、っていう条件付きで言うなら、まぁ可能性はゼロに等しいよね。よっぽど幸運に愛されない限り>


<……今しかないか>


<ラスとしてはクロエちゃんを見捨ててほしいけど>


<……分かってるだろ?>


<はぁ~あ。あんな乱暴な子のどこがいいんだかね~。ラスも相手できないこともないんだよ? 触れはしないけどラスの動きに合わせてシラヒの魔力をどうのこうのしてさ>


<そういうことはラスとは絶対にしない>


 しばらく黙考したように見えたシラヒはやっと視線を上げた。苛立つクロエに目を合わせると確固たる決意と供に告げる。


「よし、戻ろう」


 目を細めて待っていたクロエは刺々しい声で応える。


「判断が遅い。……まぁいいわ、行くわよ」


 膝を曲げ、今にも駆けだそうとしていたクロエだが、続くシラヒの言葉に前に転びかける。


「いや、戻るのは僕一人だ」


「……なっ……私も行くに決まってるでしょッ!」


「悪いけど」


 皆まで言う代わりに、シラヒは決意を込めた瞳をクロエにぶつける。クロエでは戦闘速度についてこれない。シラヒだって不意打ちか遠距離を保てでもしなければ斬撃をかわすので精一杯なのだ。補足されればいつかは死ぬ。そして距離感や遠距離武器の当て勘がひどく悪いクロエには近距離戦闘しかない。速度で勝てず防御も薄いクロエでは近づいたら瞬殺されることが分かり切っている。


 一方クロエもシラヒの言わんとしていることは察していた。だからといってそれを認めることはできない。奥歯を噛みしめてシラヒを睨みつける。


「……ふざけんじゃないわよ」


 クロエには嬲り者になった仲間を見捨てて逃げた経験がある。仲間と言っても同じく路上生活をしていた幼い子供数人で数日肩を寄せ合ったに過ぎないが。しかしクロエにとって、ここでなんだかんだ長年の仲間のシラヒをおいて逃げることは、あの日から一歩も成長していないことを意味した。


 クロエは苛立ちを込めつつもきっぱりと言った。自分を一人おいて死地へ向かおうとするシラヒに対して裏切られたような怒りすら覚えていた。


「……私も行くわ。文句があるなら、今ここでシラヒを殺して、私だけが行く」


 そう宣言して一歩踏み出す。シラヒはその剣幕に思わず一歩引いてしまった。半ば無理してクロエに向けていた決意の表情が崩れ、困った顔をした。


 しばらく困惑の表情を浮かべていたが、ついには堪えきれずに吹き出した。


「あは、あははははっ! なんだよ、それ。わかったよ。守りたい相手に殺されちゃあ、たまらないよ」


 シラヒはおかしいと同時にどこか嬉しかった。そう。これこそが逆薙クロエなのだ。この強烈な意思。ついていきたくなるようなカリスマ性を湛えた、他人を魅了する意思。


「わかった。しょうがない。二人で戻ろう。そしてあの男を殺して、二人で生きてトウキョウに帰ろう」


 破顔したシラヒにクロエは口の端だけをゆっくりと上げると、シラヒの肩をバンと叩いた。


「生意気なこと言ってないで、あんたは私の言ってることに従ってれば良いのよ。わかった?」


「おかしいな……孤児院歴では僕の方が先輩のはずなんだけどな……」


「つべこべ言わずに! ほらさっさと行くわよ! 魔力回復薬(マナポーション)も全部飲んじゃいなさい!」


「わかったよ。ありがとう」


 クロエの次元収納から魔力回復薬(マナポーション)が空中に現れる。三本ともシラヒがつかみ取ると、栓を開けて全て飲み干した。何本も飲んで効きが悪くなっている魔力回復薬(マナポーション)だが流石に三本飲めば二割から五割程度までは回復する。


魔力回復薬(マナポーション)は効きが悪いと腹にたまるでしょ。さっさと殺すわよ。シラヒがまた漏らす前にね」

 

「レベル1になったあの時だけだろ。勘弁してくれ」


 幼馴染同然の気安い軽口を叩きながら、二人は荒野を背にする。目も合わせずに同時に走り出した。再びヨコハマ街遺跡の中を、今度は逆方向に疾走していく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ