4. 変態と魔剣。そして銀鎧龍蟲。
「やっ……たか?」
青髪の少年玖凪シラヒの視線の先では、内側から爆発を受けて、ビルに衝突後落下した装甲駆動車が炎上している。窓は吹き飛び、あらゆるフレームが歪んだ装甲駆動車の内部は灼熱と化している。
自分たちの装甲駆動車が近づいてきた。開いたままのウインドウから褐色の少女逆薙クロエが魔力回復薬をシラヒに放り投げる。
「魔力もう空でしょ? あげるから飲んでおいて。爆発で吹き飛んだ奴らも死んではないでしょう。トドメを刺さなきゃいけないけど、盾にもできるように装甲駆動車で近くを回るわよ」
「そうだね。ベニカも拾わなきゃいけないし」
「……チッ」
青い長髪の少年シラヒが助手席に乗り込んで、もらった魔力回復薬を一息で飲み干した。その横でクロエは桃髪の少女を思い出して嫌悪の表情を露わにしたままアクセルを踏んだ。
タイヤが回り出し装甲駆動車が前に進みだす。しかし動き出した直後だった。ガクン、と衝撃と共に装甲駆動車が傾くとそのまま停止した。
「なっ……?」
驚きの声を上げて褐色の少女クロエは乱暴にアクセル、バックと変えて踏むが何かにつっかえているようにろくに動かない。
シラヒも装甲駆動車が傾いた時には動き出していた。運転席の反対側、沈み込んだ助手席側のタイヤを窓から首を出してのぞき込む。
「タイヤを斬られてるっ! 前後両方だ!」
叫んだシラヒは斬撃を放った敵を探そうと顔を上げた。最初に目に入ったのは炎上している装甲駆動車だ。その手前、逆光の中に立つ影に焦点が合うと、シラヒは顔を強張らせて硬直した。
クロエは運転席側のドアから出ようとする体勢で、なにかに目を奪われて硬直しているシラヒを怒鳴る。
「なに固まってんのッ! さっさと索敵を」
「いや……多分、あいつだ。でもあいつは、一体、なにを、しているんだ?」
「……ッ!」
我を失っているシラヒに苛立ったクロエは、装甲駆動車のドアを開けて外に出るとそのまま身軽な動きでボンネットに飛び乗った。シラヒが視線を向けていた方向に顔を向ける。
そしてクロエもまた、絶句して固まった。
◇
「ふむ……やはり獣人の足は僅かに人間のものより獣くさいな……。見た目は変わらないのにな」
炎上する装甲駆動車を背景に、一人の痩身で背の高い男が立っていた。右手には無骨な直剣が握られており、魔力を纏っている。
男の前には赤毛の猫獣人キャミーが逆さまにぶら下がっていた。左足首を握られたキャミーの身体は、全身の至る箇所に火傷痕が走り、損傷部位から流れ出る血に塗れている。ブーツを履いたままの右足は重力に従って広げられ、爆発で破れたカーゴパンツの内側の黒い下着をみっともなく晒していた。
男はブーツも靴下も履いていない赤毛の猫獣人キャミーの左足の土踏まずに舌を走らせる。微かに意識があるらしく、赤毛の猫獣人は小さく呻いた。
「やはり緊張していたのか、辛味が強いな……。では指の方を失礼して、と。……おっと、爪が鋭いんだったな、猫獣人は。靴下をすぐに買い替えなきゃいけないんだったか。では爪を避けるように大きく口に含ませていただいて、と……」
痩身で背の高い男は赤毛の獣人キャミーの足の親指を口に含んだ。
<逃げて!>
シラヒの脳内に念話が響いた。幼い少女の声、ラスの声だ。
<今のシラヒが勝てる相手じゃない!>
我に返ったシラヒはまだ固まっているクロエへ叫ぶ。
「クロエッ! 逃げるよ!」
クロエも気を取り戻したが、動揺は残っていた。男が放つ強者の魔力に委縮しながら、虚勢を保つ。
「い、嫌よ。あんな変態から逃げるだなんて……」
「駄目だ! 絶対に逃げるんだ。この男は絶対に無理だ。酒を飲んで油断していたジッドとは違うんだ! 危険なモンスターを避けるのと一緒だよッ!!」
シラヒが叫んだ直後、二人の間をなにかが通り抜ける。装甲駆動車が運転席とボンネットで真っ二つに切断され、クロエは顔を顰めながら滑り落ちるボンネットから跳躍して後部座席に移る。通り抜けたのは魔力で拡張された剣身だった。
反応できなかった悔しさに顔を歪ませながら、クロエは視線を男に返す。男は頭上に振り上げた無骨な直剣を下ろすと、キャミ―の足の指から、口を離した。
「おいおい、生きている女獣人の足を味わえる機会なんてそうないんだ。こいつが目を覚ます前に楽しんでおかないといけない。だが君たちを逃がすつもりも勿論ない。少し待っていてくれたまえ」
男は再び足に視線を落とす。だが視界の端では装甲駆動車の上で気を張り詰めているクロエとシラヒを捉えていた。
しばらく足を楽しんでいたカゲキラが眉をひそめる。
「……むっ、小指と薬指の間に靴下のゴミが……流石にこれを口に入れる気にはならん」
無骨な直剣を握ったまま右手の人差し指を伸ばし、キャミ―の足の小指と薬指の間から繊維くずを擦り落とす。
意識を取られ、両手の塞がる一瞬。男が視線を上げると、クロエとシラヒの姿はもう装甲駆動車の上にはなかった。シラヒが不満げな態度を崩さないクロエの手を取り、装甲駆動車が目隠しとなる後方へ半ば無理やりに二人で離脱したのだ。
男は去っていった二人が逃げたであろう方向と、自らが握ったキャミーの足とを見比べる。
「……はぁ。猫獣人の生足を味わえるのは次はいつになるのだろうか。いくら【保存】が優秀とはいえ、やはり何か違うのだよ」
ため息をつくと、魔力を纏った無骨な直剣で左足を切断した。吊るされていた状態から解放されたキャミーの身体が、どさりと瓦礫の上に落ちる。
その痛みと衝撃でキャミ―の意識は覚醒した。薄く開いた視界に誰かの足を持ったカゲキラが映る。
「にゃっ、お」
お前、と言いかけたキャミーの意識は、現状を認識する前に再び途切れることになった。
カゲキラは魔力で伸ばした剣身でキャミーの身体を縦に両断していた。文字通り口ごと身体を真っ二つにして目撃者の口封じが済んだことを確認すると、カゲキラは即座に少年少女を追って駆け出す。疾走しながら自身の固有魔法【保存】でキャミーの足の鮮度を保存すると、軽く念じて次元収納に収めた。カゲキラの固有魔法は次元系統の亜種であり、幾分か次元収納の使い方に長けていた。
「……冒険者の少女の足は何本も味わってきたが、やはり生きたままの少女の顔を直接見ながら味わうのが一番良い。あのジッドに対して一歩も引かなかった気丈な顔が痛みに歪み、絶望に濡れるのを見ながら味わうことを想像すると……フフフ」
呟いている間にも身体は前に前にと進む。駆け出した直後には視界に収めていた少年少女たちへ、圧倒的な速度差であっという間に距離を詰めた。
彼我の距離が二十メートルを切る。カゲキラは無骨な直剣を二十メートル先のシラヒの背へと振り抜いた。腕の振りと同時に直剣を覆っていた魔力が伸長し、シラヒに届く魔力の剣身を形成する。
カゲキラの神速の振りで放たれた斬撃は、しかし少年シラヒに躱された。カゲキラの上品なポーカーフェイスが崩れる。
「……なんだと?」
二度、三度四度。伸長した魔力の剣身で何度も斬撃を放つが、全て空を斬っただけだった。信じられないと呟きかけたカゲキラだったが、シラヒの息が異常に上がっていることに気が付く。やはり反動があるのだと暗い笑みを浮かべたカゲキラは、負担の少ない単純な延伸斬撃のみでシラヒに消耗を強いた。
「クロエは逃げろ! 僕が食い止める!」
シラヒがクロエへ向かって叫び、クロエは横道に逸れようとする。そのクロエの鼻先を魔力の剣身が一閃、駆け抜けた。
「動くな。お前は避けられないだろう。お前が生きていられるのは私が生足を味わいたいからだ。逃がすくらいなら仕方ないから殺す。そこで立ち尽くしていろ」
褐色の少女クロエは口元を歪ませながらも動きを止めた。男の言うことが本気に聞こえたからだ。そしてそれは自分が最初に感じた印象とも一致していた。逃げようとすれば即座に殺される。クロエは唇をかみながら力の及ばない悔しさに身体を震わせた。同時に自分に対して怒りも抱く。シラヒに強く言われていなければ両手斧を次元収納から出して斬りかかっていた。
「さて、まずはお前からだな。青い長髪の少年」
振るわれる魔剣。全力で、しかし紙一重で躱すシラヒ。カゲキラの表情は上品さを装っているが、唇の端などにいたぶるような残忍さが見え隠れしていた。一方でシラヒの表情は苦悶と焦りが明白に現れていた。
シラヒの肉体は今や完全に半透明の少女ラスの魔力操作によって操られていた。汎用魔法《魔纏》によって身体を覆った魔力がシラヒの意思に関係なくシラヒの腕を、胴を、脚を、躍動させる。
シラヒも動きを後追いするように身体を動かし。なんとか負担を軽減しようと試みる。が、全くついていけずに、筋肉は断裂し、骨は衝撃に耐えきれずに砕け、破れた皮膚からは鮮血が噴き出る。
あらゆる負傷を身に受けながらも、とっておきの上継続回復薬でなんとか身体を維持していた。
<ぐぅっ、ラス……まだか! 本当はやっちゃいけないことだけど……っ!>
<相手だって襲ってきてるんだからおあいこさ。……釣れたっ!>
シラヒの視界の中で、ラスは右手の指先から伸ばした魔力糸を引き寄せる。地面が揺れ出す。カゲキラは斬撃の手を止め、不審げに辺りを見渡した。
「地震……か? いや、揺れ方が違う。モンスターか……ッ! そうか、ヨコハマ街遺跡の地下には普段休眠しているからと放置されているモンスターがいたな……ッ!」
カゲキラは揺れる地面を蹴って大きく後方へ跳躍した。直後、カゲキラがいた場所を常人には知覚できない薄く細く伸ばされた魔力の糸が通過した。
大地の震動がピークを迎え、糸を追うように地面を突き破って巨大なモンスターが姿を現した。装甲駆動車すら丸呑みにする頭部を持ったそれは銀鎧龍蟲、銀色の鱗を纏ったミミズともいうべき巨大なレベル8生物系モンスターだった。
魔力の糸が痩身で背の高い男カゲキラを指し示すように伸ばされ、それを追う銀鎧龍蟲の視界に臨戦態勢のままのカゲキラが入った瞬間、魔力の糸は霧散して消える。
「なんだ? いきなり出て来てなぜ私を狙う? しち面倒な……っ!」
魔力の質は厳密には個人によって異なるが、はっきりと大きく異なるものでもない。銀鎧龍蟲は自分を心地よい眠りから引き起こした魔力の糸を追ってきた。糸が霧散すると、銀鎧龍蟲は微かな違和感を覚えつつも、目の前で戦闘態勢を取っている男が眠りを妨げたのだと当然のように考えて標的を変更した。
怒りと共に口腔を開き、丸呑みを試みる。迷いなく逃げていくシラヒとクロエを見て、意図を察したカゲキラは哄笑した。
「ハッ! どんな手を使ったのか知らないが、銀鎧龍蟲を引っ張り出したな? いいだろう。だが、銀鎧龍蟲はレベル8! 私はレベル9だ! 相手にならんぞ!」
汎用魔法《魔装》により無骨な直剣に魔力を注いでいるカゲキラは、その魔力による剣身を延長し、銀鎧龍蟲の洞窟のような口腔内に突きを放つ。
銀鎧龍蟲はカゲキラの動きを察知し、上顎を閉じた。突きは銀鎧龍蟲の名が示す銀色の鱗に当たり、銀鎧龍蟲の上方へと滑って抜ける。
勢いのままに銀鎧龍蟲はカゲキラに突進した。カゲキラは両腕を交差させて受けようとする。衝突の直前に銀鎧龍蟲の身体を魔力が覆った。
「むッ! これはッ!」
激突。カゲキラは踏ん張り切れず、銀鎧龍蟲はカゲキラを鼻先に乗せたまま瓦礫の山へと突っ込む。瓦礫をくり抜くように突進しながら、倒壊したビルを五つ貫いたところで銀鎧龍蟲は動きを止めた。
蟲が鎌首をもたげて獲物の様子をうかがう。瓦礫にめり込んだカゲキラが呟く。
「固有魔法【分解】と汎用魔法《魔纏》を組み合わせた攻防一体の鎧か。【分解】は地中を移動する生物系モンスターが多く所有する固有魔法だったか?」
カゲキラはゆっくりと立ち上がって目の前の巨大な生物系モンスターを睨みつけた。
「私も【保存】で《魔纏》を強化していなければ危なかったよ。流石はレベル8といったところか。……それよりも距離を取られてしまったではないか。私は一度獲物を見定めたら逃したことがないんだ。手短に倒させてもらうよ……この私の【保存】の魔剣でね」
カゲキラは愛用の直剣を胸の前で構える。魔力の剣身が伸び、直剣の二倍ほどの長さで止まった。
「薄く……鋭く、斬らんとすれば折れてしまうほどに脆く……」
呟きとともに魔力の剣身が繊細に変質していく。反対が完全に透けて見えるほどに薄く鋭くなった魔力の剣身にカゲキラは固有魔法を使用する。
「【保存】」




