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3.猫獣人と、死線のカーチェイス。そして鬼畜作戦。

 光砲(エーテルキャノン)獅子(レオ)(ベビー)を討伐し、依頼されたエーテル機構を回収した青い長髪の少年シラヒ、褐色肌の少女クロエ、そして桃色長髪の少女ベニカは装甲駆動車でトウキョウへ戻っていた。トウキョウを出たのは昼前だったが、事前情報を貰っていたとはいえ光砲(エーテルキャノン)獅子(レオ)(ベビー)が案外あっさり見つかったので、暗くなるまでにはまだ時間がある。


「どうしよっか。常設討伐依頼でも受ける?」


「両手斧を実戦で使いたいわね。ヨコハマ街遺跡の地下にいるとかいう、レベル8のモンスターでも引っ張り出してみる?」


「勘弁してくれ……。掃討済みの地域まで戻ってきたとはいえ、群れからはぐれたり、侵入してきたりしたモンスターはいるだろ、多分。ベニカはどう?」


「zzzzz」


「……まぁいいか。ちょっと東の方に行ってみよう。冒険者が良く通る道から外ればなにかしらいるでしょ」 


 シラヒは装甲駆動車を荒れ果てた幹線道路から荒野へと向ける。幹線道路の正面からは一台の装甲車が近づいて来ていたが、幹線道路に他のパーティがいてもおかしくはないのでシラヒは僅かに視界に入れただけで意識すらしなかった。


「……ん?」


 装甲駆動車で荒野をしばらく走って、ようやくシラヒはバックミラーに映る別の装甲駆動車に気がつく。シラヒたちの装甲駆動車を追うように真っ直ぐこちらへ走ってきている。


 荒野で他の冒険者に遭うことにはリスクが伴う。過去の日本とは違って壁の外は警察の目も届かなければ監視もいない。モンスター出現時から電波もごく短距離で急激に減衰し、長距離の通信は不可能になっている。トラブルになったところで警察に通報、なんてことはできない。特に用がなければお互いに距離を取るのが暗黙のルールだった。


 とはいえ数百メートル程度の短距離ならなんとか通信も可能だ。モンスターが近くにいる場合は刺激しかねないが、近辺にモンスターの姿はない。トウキョウの中心から30km圏内にいる地上の攻性モンスターは掃討済みなので、ある意味当然ではある。


 背後の装甲駆動車が目測で三百メートル程度まで近づいたことをシラヒは確認する。オープン帯域に設定してあった無線のスイッチを入れた。


「後ろの装甲車! どこの誰だ? なんの用で僕らを追っている?」


 シラヒたちが乗っている装甲駆動車はレベル3。カタログを見た時のぼんやりした記憶によると、後ろの装甲駆動車はレベル6か7あたりだった気がする。当然乗っている冒険者たちのレベルも同程度かそれ以上だと予想される。万が一戦闘になった場合はかなり厳しい。


 禿頭の巨漢ジッドは相手に酒が入ってた上に一人で、完全な不意打ちだったから勝てた。正面からの戦闘だったら絶対に無理だったといえる。


『にゃは! ウチはクラン〈猛牛の槌矛(オックス・メイス)〉のキャミーにゃ! 敵意はにゃいにゃ! ちょっと話があるから止まるにゃ!』


「〈猛牛の槌矛(オックス・メイス)〉……?」


『あんたらにはこう言った方が分かりやすいかにゃ? ジッドがリーダーを務めてたクランにゃ』


 ジッド。その名前が出た瞬間、シラヒから冷や汗が噴き出す。ハンドルに体重をかけ、アクセルを一気に最大まで踏み込んだ。


『にゃっ! 本当に敵意はにゃいにゃ! 話し合いたいだけにゃ! 止まるにゃ!』


「わざわざ荒野で追いかけて来て、信用できるわけないだろ! 街の中にしろ!」


『……街の中はそれはそれでめんどくさいにゃあ』


「実力行使に出ると言ってるようなものじゃないかそれ!」


『そうかにゃあ……ならもう言っちゃうにゃ』


 キャミーと名乗った者はんん、と咳払いすると続けた。


『ジッドを殺したのは本当に怒ってないにゃ。横暴でクランの利益を独占するような嫌なヤツだったにゃ。死んでせいせいしたにゃ』


「ならなんで追って来てるんだ!」


『クランの利益を独占しているといったにゃ。あんた等が持っていった両手斧と次元収納ポーチに入ってたモノはほとんどクランの金で買ったものにゃ。返すにゃ』


 運転席のシラヒは助手席に座っているクロエと顔を見合わせた。クロエの顔には血の気が集まってきている。レベル8半光学式機工両手斧は使いこなせれば非常に強力な武器だ。クロエが求める力に大きく近づく一歩。それにまだ査定中だが、ジッドの次元収納ポーチに入っていた装飾品や換金可能な物も、かなりの金額になることが予想された。


 クロエに返す気はない。シラヒは苦し気に口を引き結ぶ。キャミーは退く相手ではないと直感しながらも、ともかく反論を試みた。


「……殺されかけたのはこっちだぞ?」


『言ってることは分かるにゃあ。でもそれはジッド個人の問題で、ウチ等クランは関係ないにゃ。ジッドがキレて暴走したからって、クランの財産を没収される謂われはないにゃ』


「でも……」


『あー、ぐちぐちうるさいにゃ。返すのかにゃ? 返すなら敵対するつもりはにゃいにゃ』


「……クソ、ちょっと待ってくれ。パーティで話し合う」


『……五分で決めるにゃ。今カップラーメンにお湯を入れるにゃ。食い終わったら時間切れにゃ』


「…………」


『一応言っておくとウチ等は六人いて平均レベルは7にゃ。カイ、ロケランの準備をしておくにゃ』


 シラヒはブツと無線の発信スイッチを切る。


「……どうする?」


「絶対に嫌だ」


「……そうは言っても相手は平均レベル7の冒険者たちだし、ロケランまで持ってるぞ」


「私は間違っていない。なんで頭を垂れて差し出さなきゃいけないの」


「……うーん」


 シラヒ自身はキャミーの言い分にも一理あると思っている。しかし長年の経験からクロエが意見を翻すこともないことも分かる。そしてシラヒはクロエの味方だ。そこに善悪は関係ない。


<……ラス>


<呼ばれて飛び出てぽぽぽぽ~ん!>


 シラヒが念じるとシラヒの意識上に半透明の少女ラスが現れる。運転しているシラヒの視界を遮らない位置でふよふよと浮く。


<……平均レベル7で戦闘準備万端の冒険者が六人。ラスの力を使った上で、今の僕なら殺し切れるか?>


<無理じゃない? ジッドの遺産で武器を新調してたら、あるいは相手が三人程度だったら、まぁぎりぎりなんとかなってたかも>


<トウキョウまで逃げるとしたら?>


<あっちにトウキョウ側を押さえられてるし、装甲駆動車の性能は負けてるんだからもっと無理>


<だよな。どうする……?>


 シラヒが考えていると褐色肌の少女クロエが肩に手を置いた。


「私に作戦がある。シラヒには固有魔法【制限解除】を使ってもらうわ」



 ◇



『にゃあ。美味かったにゃ。やっぱりカップラーメンはたぬきそばに限るにゃ。……あれ、そばだったらカップラーメンで合ってるのかにゃ?』


「……最後に一つだけ確認させてもらっても?」


『……どうぞにゃあ』


「クランの財産の代わりに、もっと大切な財産を持ち帰らない?」


『にゃあ?』


「……あなたたちの命とか」


『……交渉決裂にゃあ。カイ、ロケラン発射にゃ』

 

 キャミ―たちの装甲駆動車の上部が開き、カイと呼ばれた青年が上半身を出した。肩に担いだロケットランチャーから、白煙を吐き出しながらロケット弾が次々に撃ち上げられる。


 弧を描くように飛翔したロケット弾は、スピードを上げたシラヒたちの装甲駆動車に軽々と追いつくと次々に降り注いだ。


 そのロケット弾たちをシラヒが迎え撃つ。キャミーとの通信を終えたあと、シラヒは運転はクロエに任せて、急いで装甲駆動車の後部の荷台に移っていた。突撃銃型の魔銃を構えて引き金を引く。狙いは最低限しかつけていない。


「……っ!」


<ほらほら、魔力で知覚と思考速度と身体操作精度をブーストしてるだけだから肉体への負担は少ないでしょ。頑張って~!>


<うるさいっ! 集中させろっ!>


 シラヒは突撃銃型魔銃を乱射し続けている。ロケット弾一つ一つに照準を合わせられるほど今のシラヒの実力は高くない。無駄も多い濃密な弾幕を張っている。


〈魔纏〉によりシラヒを覆う魔力は、ラスの操作によってレベルアップボーナス〈知覚強化〉〈思考加速〉〈精密身体操作〉と同等の効果をシラヒにもたらしている。


 代償として、シラヒの魔力は凄まじい速度で減っていく。魔銃の弾丸もシラヒの魔力を利用して生成されているため、消費は非常に速い。


 魔力が急速に減っていく気怠い感覚に耐えながら、シラヒは腰のベルトに括りつけた上魔力回復薬(ハイマナポーション)に手を伸ばす。片手で蓋を開けると中身を口に流し込んだ。


<まだ三十秒も経ってないのにもう一本消費だッ! 残り五本!>


<ロケット弾だけじゃないよ~、正面注意~>


 シラヒと同じく相手側の装甲駆動車の屋根に立った男が、両手を正面にかざしている。両手の間には蒼白い雷が渦巻いていた。


<来るッ!>


 男の両手の間で圧縮された雷が方向性を与えられて解放される。一筋の雷が一瞬で彼我の距離を潰す。引き伸ばされた知覚の中でシラヒには男の薄笑いが見えた気すらした。


<ラスッ!>


<ハイハイ>


 照準を合わせることすら不可能な一瞬の閃光に、シラヒの魔弾は直撃していた。逸らされた雷の光線は地面を抉り、その先で大爆発を起こす。


 ラスがシラヒの魔弾を制御し、軌道と速度を操り、一瞬の雷光に命中させていた。

 

 ピー、ガガ。無線から接続音が漏れる。


『やるにゃあ、少年。でも逃げられないにゃ。装甲駆動車の性能はこっちが上だにゃ。……それにしても戦闘薬でも使ってるにゃ? いつまでその動きが保つか見物だにゃ』

 

 敵の装甲車両からの攻撃に通常の実弾による乱射が加わる。半透明の少女ラスによる神がかった魔弾の軌道修正で小さな弾丸ですら撃ち落とすが、魔弾の絶対数が足りずに装甲駆動車に被弾し始める。


 クロエの運転で蛇行して、僅かでも被弾を抑えようとするが、左右に動く分だけ詰められる距離は大きくなった。


「……っ、クロエっ! 最後の上魔力回復薬(ハイマナポーション)だっ!」


「もう着く! 頑張ってッ!」

 

 クロエの目の前にはある遺跡都市が出現し始めていた。


 ピー、ガガ。


『ヨコハマ街遺跡に逃げ込むつもりかにゃ? 装甲車を捨てて隠れるつもりでも無駄にゃ。ウチの鼻をなめんにゃや』



 ◇



 クロエが運転する装甲駆動車は重大な損傷は受けることなく、なんとかヨコハマ街遺跡に逃げ込んだ。崩れたビルたちの間をすり抜け、荒れ果てた道路をさほど速度を落とすことなく駆け抜けた。


 ほぼ直角に曲がるとビルに遮られて射線が通らない。赤毛の猫獣人キャミ―は舌打ちをした。


「チッ、めんどくさいにゃ。ガキの癖になんて走行技術(ドラテク)だにゃ。青髪のガキもだにゃ。正直ここまで粘られるとは予想外だったにゃ」


 クラン〈猛牛の槌矛(オックス・メイス)〉の魔術師の男が応える。先ほど固有魔法【白雷砲】を青髪の少年シラヒに防がれた男だ。


「戦闘薬が元の能力を乗算するものである以上、青髪の少年はだいぶ高性能な戦闘薬を使っていたようだったな。どこかの御曹司なのか?」


 その後の活動と引き換えに、一時的に身体能力や知覚を向上させる戦闘薬は、冒険者向けに普通に市販されている。しかし低級の物でもそれなりの値段がするうえ、性能が高い物は常用に耐える価格ではない。


「情報屋によれば孤児院出身ってことだにゃ。それが間違いでもここまでやって護衛が出て来ないなら、それはないと思うにゃ。戦闘薬はジッドのクソにゃろうの次元収納ポーチの中にでも入ってたんじゃにゃいかにゃ?」


「……まぁ、あの男ならそういう切り札を隠し持っていてもおかしくないな」


「使い始めてそろそろ三分経つにゃ。もう一、二分で流石に効果も切れてくるはずにゃ。あれほど効果、気絶してぶっ倒れてもおかしくないにゃ。それまで油断せず追跡するにゃ」


 魔術師の男ははっと口を開いた。目は黒い布で覆われているため表情が分かりにくいが、気付いたことがあったらしい。


「……いや、待て。ジッドは目の前で対峙した状態から頭を撃ち抜かれたらしいぞ」


「だからにゃんにゃ? 酒場に入る前に飲んでいたんじゃにゃいかにゃ?」


「違う。ジッドから戦闘薬を奪ったんなら、ジッドを殺した時はどうやったんだ?」


 キャミーも魔術師の男が言っている意味を理解したが、逆に険しい声になった。


「……知らんにゃ。どうでもいいにゃ。元から戦闘薬使いだったじゃにゃいかにゃ? それかウチらが知らないだけでそういう固有魔法かもしれんにゃ。代償として寿命を捧げるとかにゃ。にゃんにせよ、ウチらのすることは変わらないにゃ。ジッドを殺したあとも回復薬(ポーション)をガブ飲みしてたらしいし、キツーイ反動があるのは間違いないにゃ。そうだにゃ? カゲキラさん」


 最後部座席に座る唯一〈猛牛の槌矛(オックス・メイス)〉所属ではない男にキャミーは声をかけた。男は革鎧を着て背中に無骨な長剣を刺すという地味な格好をしている。


 三十代、という以外は顔つきにもこれといった特徴のない男は、丁寧な口調で言う。


「ええ、非常に苦しそうでしたし、血も大量に流れ出ていました。骨がべきべきと治っていく音が聞こえたくらいですからね。レベル3にしては強力すぎるあの力には、相応の代償があると見て間違いないでしょう」


「ウチらのクランメンバーは誰もあの酒場には行かにゃいから情報提供は助かったにゃ」


「はは、プライベートでは会いたくない相手、というわけですか」


「全くもってその通りにゃ。……もう一度聞いておくにゃ。カゲキラさんが気になってるあの少年、本当にぶち殺していいのかにゃ?」


「構いませんよ。好奇心から見に来ただけですし、なんの執着もありません」


「分かったにゃ」


 カゲキラとの会話を切り上げたキャミーは、助手席に座っている魔術師の男に声をかけた。


「……そろそろお前の【白雷砲】のクールダウンも上がるんじゃないかにゃ? お前の固有魔法、速度も威力もあって強いのは認めるんにゃが、クールダウンがあるのがたまに傷にゃ。……まぁ、それでもウチのよりは大分マシだがにゃ」


「ㇵっ。まぁ、視認次第撃つさ。準備だけはしておく」


「そうしろ、にゃッ?」


「どうした?」


 キャミーの視線を追った魔術師の男は、ビルの間の狭い道路の上、装甲車の正面に人が倒れているのに気がついた。


「おい、ここは奴らが数秒前に通ったはずだよな」


「そうにゃ! 奴らも轢いたか、停まることを期待したダミーかにゃ! このまま突っ切っていいにゃ!」


 たった今目を覚ましたという様子で、眠そうな顔をして上半身を起こした桃色長髪の少女は、高速で近づく装甲駆動車を視界に収めた。瞬時に恐怖が表情を染め上げ、奇声を上げた。


「むにゃ……、んキョォォォォオオオオオオッッッ!!!!!」



 ◇



 ベニカは両手と尻をついたまま後ずさろうとした。しかし無駄だった。高速走行中の装甲駆動車とベニカの距離は一瞬でゼロになる。ベニカは両手を突き出し、全霊で魔力を込めた。


「【二次元の盾】んぇぇぇぇええええええ!!!!」


 発動された【二次元の盾】には傾斜が付いていた。突進の勢いを逸らして自分の身を守るためだ。装甲駆動車の下部のバンパーが黒く半透明な次元面に衝突する。直後、坂を上るように、傾斜のついた二次元平面を駆け上がった。


 多くの坂と違うのは、先が続いていないことだ。昔の世界なら速度違反で切符を切られていたであろう高速走行状態で【二次元の盾】に乗り上げた装甲駆動車は勢いのまま高く宙を舞った。


 空中を駆ける装甲駆動車の黒い影が、青髪の上に落ち、鮮やかな青髪を暗い青に染める。


 シラヒは装甲駆動車から降りて瓦礫に身を潜めていた。


「クロエが一瞬運転席を離れてベニカを放り出したときはどうなるかと思ったけど……作戦通りになったな」


<鬼畜だなぁ、クロエちゃん。ラスに人道を考えさせるとは只者じゃないよ>


 ラスの力を借りて、残った魔力の大部分を一発の魔弾に圧縮させる。魔銃を構えるシラヒと同様に、ラスも銃の形に指を立てて装甲駆動車を狙っている。


<BANG♪>


 放たれた魔弾は乗員の目につくことなく、装甲駆動車の裏側に着弾する。装甲の薄い裏側を突き破って車内に侵入すると、魔弾は特大の爆発を起こした。エンジンや装填済みのロケットランチャーの弾薬に誘爆し、一瞬遅れて複数の爆発も引き起こす。


 地面を揺らす轟音がヨコハマ街遺跡に響き渡った。

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