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1.退けない少女と、惚れた少年。そして童女。

 滅亡後の世界にテレビ番組はたったの3チャンネルしかない。酒場で流れているのはそのうちの一つで今はお笑い番組を流している。しかし盛り上がっているテレビの中とは真逆に酒場は静まり返っていた。


 ひりついた酒場内の空気にはあまりにも似つかわしくないボケとツッコミと笑い声をBGMに、逆薙(さかなぎ)クロエは巨漢に視線をぶつけていた。


「はぁ? 悪かったって言ってやってるわよね。まだなんか文句あんの?」

「おうおう嬢ちゃんよォ、ぶつかって酒こぼしといてそれだけで済むと思ってんのかァ?」


 激怒している禿げ頭の巨漢。身体は銀色の機工装甲に覆われている。


 少女の肌は滑らかな褐色で短い黒髪をしている。服装は革のベストやブーツといった一般的な冒険者のそれ。黒い革のスカートを履いていなければ少年にも見えるボーイッシュな少女は、吊り上がった切れ長の目をさらに細めて巨漢を見上げていた。


「オイオイ、俺はレベル8冒険者の五十嵐ジッドだぜ? 舐めてんのかァ?」


「あっそ。だから? ウチはレベル3冒険者の逆薙(さかなぎ)クロエだけど」


 現在の人類最高レベルは13。ピラミッドの先端へ向かうように高レベルになるほど数が減っていくので、レベル8と言ったジッドは冒険者の中では十分に一流と言える。


 レベルの差はほとんどそのまま実力の差、戦闘能力の差だ。装備の違いはその差をさらに大きなものとしている。しかしクロエは腕を組んだまま一歩も引かなかった。


「そもそも酔っ払って腕を振り回してたあんたが悪いわ」


「うるせぇッ! のたまわるんじゃねェッ!」

 

 ジッドがまだ手に持っていたグラスをクロエに投げつける。クロエは蔑んだ視線を向けたまま身体を僅かにずらして躱した。グラスは背後の低級冒険者の顔面に当たって砕け散る。テレビの中のオーディエンスがどっと笑い声をあげた。

 

 酒と怒りで顔を赤らめているジッドが、これ見よがしに卓に立て掛けていた巨大な機工両手斧に手を伸ばした。鋭く輝く刃をクロエの鼻先に付きつける。


「おいガキ。こいつぁレベル8半光学式機工炸裂両手斧でなァ。装填したエーテル(圧縮光)シリンダーからエーテル(圧縮光)を消費して、斬ると同時に爆裂させるんだァ。テメェみたいな低レベルなガキが手に入れられるもんじゃねぇ」


 これ見よがしに己の高額な武器を見せつけて威圧するジッドに、クロエは両手を広げて「はぁ……」大きくため息をついた。


「おもちゃを振り回して随分と楽しそうね。どっちがガキなんだか」


 ピクリとジッドの頬が引き攣る。


「あっ、ヤベ……」という誰かの呟きがやけにはっきりと酒場に響いた。


 成り行きを見守っていた客と店員は、口喧嘩が今、暴力を含む喧嘩へと変わったことを確信した。ジッドはこの店では最上クラスの冒険者だ。金払いが最も良い最上客でもある。止めようとする者はいない。


 ジッドは青筋を浮かび上がらせながらも口元は嗤っていた。当然、目は一切笑っていない。


「テメェ……死んだぜ」


「……」


 クロエは腰に吊るしていた愛用の直剣を取り出し、構える。無表情を装うが口元は引き結ばれ、額には汗が浮いていた。流石に力の差が計り知れないほど大きいことは分かっている。しかしクロエにとっても後には引けなかった。


 十歳までは路上で育った。その間にありとあらゆる屈辱を舐めさせられた。十歳でナギ孤児院に保護されると踏みにじられた屈辱を胸に戦闘訓練を続け、十四歳で冒険者登録をして、二人の孤児院育ちと一緒に三人で冒険者稼業を始めた。しばらくしてナギ孤児院を出て、今は三人で宿とトウキョウの外を往復して暮らしている。


 クロエにとって大切なことは二度と踏みにじられないことだ。過去の屈辱、絶望、無力感、そういったものと決別するために力を求めた。


 どう考えても悪いのはジッドだ。ここで退くことは過去の自分に戻ることを意味する。それはこの五年間の否定であり、決意への背信だった。



 ◇



「あ、あの。僕のパーティメンバーがすいません」


 唐突に酒場の入り口から飛んできた気弱そうな言葉に、酒場の全員の視線が入口を向く。クロエは聞き覚えのある声に視線だけを向けた。ジッドも同様に横目で睨みつける。


 青く長い髪が腰近くまで伸びている。小柄で一見しただけでは少女にも見える。しかし声は確かに声変わりをした後の少年のそれだった。苦い顔をして立つ少年の背中には、少年の上衣の裾を握りしめた桃色の長髪の少女が隠れている。


「わ、わたしは関係ないです! 彼女のパーティメンバーはこの人だけです!」


 少女はそう言い残すと青髪の少年を酒場に押し入れ、自分は酒場の外に飛び出して扉を閉めて消えた。「なんでやねん!」テレビのツッコミがボケの頭を引っぱたき、スピーカーから笑い声が響く。一方で酒場の空気は冷え切っていた。


 あっけにとられた酒場の客と店員たちとは対照的に、少女の行動に慣れている青髪の少年は苦笑しつつ頬をかく。それから台風の目へと歩み寄った。


「僕のパーティのクロエが迷惑をおかけしました。賠償金はお支払いしますので、見逃していただけませんか?」


 長い青髪の小柄な少年はクロエを押しのけて、斧を構えたジッドとの間に割って入った。レベル8半光学式機工炸裂両手斧は少年の額から数センチのところで静止している。両手斧の刃の冷たさすら感じるような距離だった。目の前のジッドと両手斧の威圧感に、少年の額からも冷や汗が流れる。


 黙したジッドは、意外にも斧を引くと肩に担いだ。


「……度胸あるじゃねぇか、テメェ。名は?」


「……レベル3冒険者、玖凪(くなぎ)シラヒです」


「そうか。いくら仲間のためだからと言って、俺の前に立てるのは並みの根性じゃねぇぜ」


「そ、そうですか。じゃあ――」


「だが、死ね」


 巨大な機工両手斧が無慈悲に振り下ろされた。



 ◇



 圧縮された光(エーテル)を刃にまとったレベル8半光学式機工炸裂両手斧は、炸裂機構を使うまでもなく、高レベル武器の切れ味を存分に発揮して生意気な子供二人を真っ二つにした。勢い余って酒場の床をも深く斬り裂き、そこでようやく爆発が起こる。


 飛び散った肉片と床の木片に顔を顰めながら、ジッドはカウンターの奥でグラスを拭きながら成り行きを見守っていた初老の店主を振り向く。店主はよくあることと落ち着いて我関せずを貫いていた。ジッドは唾を飛ばしながら謝罪をする。


「へっ、殺っちまったぜ……。悪かったなァ、マスター! 床は弁償するからよォ!」


「いえ、その必要はありません」


「あァ? ……失礼な客を入れちまったのは私の責任、とでも言うつもりかぁ? 俺ぁそこまで狭量じゃねぇぞォ?」


 怪訝そうに、気分を損ねたジッドは店主を睨め付けた。初老の店主は淡々と答える。


「いえ……店は壊れていませんし、あなたは死んでいますから」



 ◇



 シラヒの手には突撃銃型の魔銃が握られていた。


 レベル8冒険者の振り下ろしを越える速度で腕を跳ね上げながら、その手に次元収納から突撃銃型魔銃を呼び出す。シラヒの魔力を盛大に消費されて放たれた三発の魔弾は、まず機工装甲に守られていなかった手と顔を穿って命を奪った。最後の一発は慣性に従って振り下ろされていた機工両手斧を弾いた。


 どれも本来のレベル3冒険者が行えるはずがない。レベル8冒険者よりも素早く腕を上げるのも、高速で動かしている手の中に正確かつ素早く次元収納から魔銃を取り出すのも。その上で頭、腕、斧を正確に撃ち抜くこともだ。


 生命を失ったジッドの骸は、鈍い音を立てて仰向けに酒場の床に倒れ込んだ。直後に機工両手斧が重い金属音とともに酒場の床に転がる。


「っ痛ぅぅぅ!」


 青髪の少年シラヒが悲鳴を上げながら右肩を押さえた。シラヒの限界を越えて駆動した右腕は骨折、筋肉破断、その他あらゆる損傷を追っていた。突撃銃型魔銃は余りの激痛に右手を離れて床に落ちガシャンと音を立てる。


 荒事に慣れた店主すらが息を呑んで静まり返る酒場。クロエの呟きに似た言葉がはっきりと響く。


「……まったく、便利だけど酷い【固有魔法】ね、それ」


 クロエの顔は悔しそうに歪んでいた。謝意を感じさせる様子は一切ない。


 唯一感じられるのは心の深い部分から湧き上がる、強力な【固有魔法】を持つ少年への暗い嫉妬だった。


「【制限解除】を使って魔力で身体を無理やり動かしてるんだ。痛っ……」


 シラヒが数秒念じると、左手に上回復薬(ハイポーション)が出現する。細く透明な強化プラスチック瓶に入った赤い液体の上回復薬(ハイポーション)を半分程度まで飲み干すと、残りを壊れた腕にかけ、数秒念じて空瓶を再び収納した。

 

 腕はべきべきと痛ましい音を上げて蠢き始める。折れた骨、切れた神経と筋肉繊維、そして皮膚と血管が修復され繋がっていく。ぐぅぅと呻き声を上げながらシラヒは治療の激痛に耐える。


 その間にクロエが床に転がった突撃銃型魔銃を拾い上げて、青髪の少年シラヒの無傷な左手を狙って放り投げた。シラヒは左手で受け取ると数秒念じる。ふっと魔銃が消えた。

 

 ようやく暗い感情が落ち着いたクロエがシラヒへの謝意を口に出す。

 

「……まぁ礼は言っておくわ。ありがと」


「あまり無茶はしないでくれよ……」


 無駄だと知っているシラヒの懇願をクロエは当然のように無視して、仰向けに倒れているジッドの死体に近づいた。巨漢の禿げ頭は驚いたように目を見開いたままだ。見ようによっては滑稽に映る。


「……ふん、レベル8だからって調子に乗るのが悪いのよ」

 

 呟いたあと、転がっているレベル8半光学式機工両手斧が目に入った。クズの武器なんか気に入らないが、力は力だ。冒険者が他人を殺そうとして返り討ちに遭ったとき、所持品は当然勝者のものとなる。


 しゃがみ込んで「もらうわよ」と呟くと、軽く手で触れて自分の次元収納に格納した。


 酒場の一般人と低級冒険者は息を呑んだままだ。ジッドと同レベル帯の冒険者だけが面白そうに二人を眺めている。


 返り討ちにあって殺された冒険者が装備を剥がされるのは、極めて当然のことだ。トウキョウを囲う防壁の内側で起こった、とだけ言えば珍しがられるが、それが内壁の外の下層街の酒場と分かれば誰しもが納得する。


 クロエはジッドの骸へ戻ってくると、ジッドの腰に巻かれていたポーチを外した。ジッドの所有物が入った次元収納ポーチだ。冒険者になると誰しもに配給される。本人の魔力で封がされているが、次元系統魔法を使う者なら解錠ができる。


「鎧も脱がすか。サイズが合わなくて着れはしないけど、売れるし」


 クロエがジッドの機工を装甲を脱がしにかかる。着脱に指紋認証が必要なタイプだったがジッドの指で問題なく脱がすことができた。


 インナーだけになったジッドを転がす。シラヒが治った右腕を回しながら、そういえば、と聞いた。もとはと言えば依頼達成に来たはずだ。クロエの帰りが遅いので様子を見に来たらこの有様。


機甲(アーマード・)穿孔(ドリル)(ラビット)の生体部位は納品した?」


 クロエはやや不機嫌になりながらで次元収納から納品物が入った布袋を取り出した。



 ◇



 納品依頼も達成し、酒場を出た青い長髪と華奢な身体つきで少女にも見える少年、玖凪(くなぎ)シラヒ。そして短い黒髪と吊り上がった目、絹のように滑らかな褐色の肌が特徴の少女、逆薙(さかなぎ)クロエ。


 シラヒの視界に、シラヒにしか見えない半透明の童女が現れる。


 外見は白いワンピースを着た無垢な童女そのもので、年齢はシラヒ達よりもさらに幼く十歳~十二歳に見える。しかしそれは体躯に限った話で、老獪な表情から見た目通りの年齢ではないことは明白だった。


 シラヒはもう慣れ親しんだ念話を使って、半透明の童女ラスと会話を始めた。


<まったく~。人使いが荒いんだから~。ラスが魔力操作でシラヒを動かしてなかったら、今頃木っ端微塵だよ?>


<助かったよ。クロエも少しは引くことを覚えてくれればいいんだけど。……まぁクロエの性格じゃ仕方ないよな>


<レベル8冒険者の強化された肉体を貫くために馬鹿みたいに魔力も使っちゃったし、明日の午前中は探索できないよ、これ。見捨てればよかったのに>


<明日は午前中にジッドの持ち物を鑑定依頼に出して、午後から近場で軽めの討伐依頼でもやるよ>


<念のためにもう一回言っておくけどね。ラスが力を貸してるのはシラヒであって他はどうでもいいんだからね>


 クロエを放っておけばいいというラスの主張にシラヒは内心で苦笑する。


<惚れた弱みだからなぁ……。それに仲間がいた方が、ラスとの契約である都市遺跡の攻略も成功しやすくなるだろ? どの都市遺跡か聞いてないけど>


<……シラヒが一人で強くなって、その後で仲間を見つけてパーティを組んだ方が効率はいいんだけどなぁ……まぁしょうがないかぁ……>


 はぁ、と空中のラスは大袈裟に肩を落としてため息をつく。



 ◇



「レベル1になってから急に黙ることが増えたわね」


「おっと。どうかした?」


 玖凪シラヒは自分にだけ見える童女ラスのことを、クロエにも秘密にしている。ラスとの契約によるものだが、秘密にする理由をシラヒは知らない。


 クロエへの恋心を自覚しているシラヒにとって心苦しくはあるが、ラスのおかげで二人は生き延びたし、契約に反してラスの協力を失うことを考えれば、クロエのためにもなると自分を納得させている。


「来たばかりじゃ事情は知らなかったでしょ? 私が悪かったらどうするつもりだったの?」


「……どっちが悪いとかはあんまり関係ないかな。友達だし」


「ふーん。あっそ」

 

 クロエはまぁ当然か、という顔をして頷く。少し歩くと嫌そうな顔をした。


「……ところで、あんなのとはいつまで友達を続けるわけ?」


 指さす先には、路地から首を出して、媚びるような卑屈な笑みを二人に向ける、桃色の長髪の少女。


「見捨てたら野垂れ死にそうだし。仕方ないだろ」


 シラヒは苦笑いで軽く手を振る。少女は頭の後ろをさすりつつ、卑屈に笑いながらへっぴり腰で近づいてきた。


「えへへ、えへ、さ、先ほどはどうも……」


「いいよ、ベニカ。それより宿に着いたら次元収納の解錠をお願い」


「へっ、へい! 頑張らせていただきやす!」



 ◆



 2050年、世界中に突如モンスターが現れ文明は崩壊した。


 日本は戦力を首都であるトウキョウに集め、モンスターの出現以降可能になったレベルアップ、人類の肉体にも宿った魔力、機工系モンスターの死骸を研究して得たエーテル(圧縮光)の活用技術などを駆使して最後の一線を守り通した。


 それから100年が経過する。堅固な防壁を築いた都市の外側で活動し、モンスターの掃討、素材の採取などを行う民間の活動者を、人々は冒険者と呼ぶ。


 人類は滅亡の縁に立たされながらも、反抗の機を窺っている。


 これはそんな、ほぼ滅亡世界の冒険者たちの物語。

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