第7話 奇跡の人 九歳
九歳の時。
家族でサノバン村にお出かけした。
俺が、もう少しで入学するという時期だったから、思い出を作るために家族旅行をしておこうという話になり、本当は遠くのバルカ地域にでも行こうかと父に誘われたのだが、俺がサノバン村の方が良いと言ったことで、こちらになった。
正直、バルカ地域が好きじゃないんだ。
民たちの雰囲気がどんよりしていて、なんとなくだけど好きじゃないんだよ。
ニアー地域は貧しくても明るいから、居心地がいいのさ。
「お兄」
「ん?」
「何かいる」
「え?」
サラが、お屋敷裏の草の茂みを指差した。
「何がいるんだ?」
「見て、なんか白いのがいる」
『虫が出たから取ってくれ』
そんな可愛らしい指示かと思った俺は、言われた場所に近づいた。
「何があるんだろう?」
茂みをかき分けて、草を半分に割ると、小さな犬みたいなのがいた。
体中にクルクルのパーマが掛かっているので、狛犬に見えた。
「狛犬?」
倒れているので、突いてみた。
「ワン(ぬ!? おおおお。人間だ)」
「おい(俺の声だけど聞こえる?)」
「ワワン(お主の声か?)」
「なあ(そう。あんた、ここでどうしたのさ?)」
やっぱり俺の耳には、動物系の声が聞こえるんだね。
モンスターの声も聞こえたからさ。
もう驚かなくなったわ。
(おらの家にいただけだ)
(茂みの中が? 随分と面白いところにお住まいで)
(違う。この地が、おらの住んでいる場所なの)
(この地? どういうこと? まあいいや。あんた、何? 犬? 狛犬?)
(狛犬ってなんだ?)
(狛犬だろ?)
二人で首を傾げていると、妹が近づいて来た。
「お兄。どうしたの?」
「サラ。狛犬だよね。これ」
「狛犬って何?」
「ん?」
そうか。こっちの世界に狛犬って概念がないんだ。
(すまない。狛犬じゃなかったみたい。それであんた何者? モンスターじゃないよね)
(当然だ。おらは、神獣アルタイトルードグアレスだ)
(ちょ・・・え?)
(だから神獣アルタイトルードグアレスだ)
(長いっす。覚えられないよ)
(ひ、ひどい。神獣の名前だぞ!?)
(アルタ・・・もういいや、アルグにしよう。言いやすいから)
(う、諦めるかぁ。しょうがない。小僧は何て名だ?)
(ネオス)
(よしネオスだな・・おろろろろろ)
サラが優しく抱き抱えたから、アルグが困り顔になった。
「この子。飼う! お兄。いい?」
可愛らしく首を傾げている。
その輝いている目の期待に応えてあげたいけど、ここは断る。
「駄目かもよ。父さんと母さんに聞いてみないとさ」
「お兄の意見! 飼ってもいい?」
「俺は・・・」
妹じゃなくてアルグを見ると、コクンコクンと頷いてる。
あれ、神獣だって話じゃなかったっけ。
人間が飼ってもいい生き物なのかな。
神獣だよ。神の名がついているけど?
「いいらしいよ」
「らしい?」
俺の意見が曖昧になって妹が混乱した。
「まあ、とりあえずお母さんとお父さんに言ってきなさい」
「うん。いってくる! この子見ててね」
抱き抱えていたアルグを俺に渡してきた。
「サラ。置いてくの?」
「うん。逃げないように見てて」
妹が両親の元に向かった。
(人間があんたの事。飼ってもいいの?)
(頼む)
(頼む? 神獣って、人間が飼ってもいいんだ)
(腹減った! 自分で飯を探すのが面倒だ)
(それって、ただの腹減った犬じゃん。神獣じゃないの。神ならご飯いらないんじゃないの)
(神獣でも、ご飯はいる! これでも歴とした四聖獣の一体アルタイトルードグアレスだ)
名前が長すぎて、なんとなくしまらない。
アルグの方が言いやすいでしょ。
「ま。いっか!」
こうしてへんてこな狛犬もどきを飼う事になった。
◇
その日の夜。
「お兄」
「なに?」
「お風呂入ろ!」
「嫌だよ」
「これ!」
サラが、アルグを持ち上げた。
「なんだそっちか。今の言い方だと、一緒に入ろうって意味かと思うだろ」
「じゃあ、なんて言うの?」
「犬をお風呂に入れようだな」
「お兄。お風呂に入れよう! この子・・・名前は?」
「アルグだって」
俺が答えると。
「ワン!(違う! アルタイトルードグアレスだ)」
アルグが吠えた。
「アルグ。サラとお風呂に入りましょ」
サラはウキウキで話しかけていた。
「ワン!(だから、アルタイトルードグアレスだ)」
「喜んでるね。お風呂に一緒にいこうね。アルグ」
「ワンワン(違う。おらはアルタイトルードグアレスだ~~~)」
と意見の相違があるが、アルグはお風呂に入れられることとなった。
◇
妹が、石鹸で泡を作る。
モコモコの泡を両手いっぱいに出してから、アルグの頭に叩き込んだ。
勢いがあるから、叩き込んだで間違っていない。
妹は意外にも荒々しい。
泡だらけになる狛犬は、どこが顔で、どこが泡で、どこが白い毛だか、全部がわからなくなった。
真っ白い何かになり、妹の芸術作品となった。
(ごぼぼぼぼ・・・じぬ・・・しぬかも・・・)
(神獣って、死ぬのか)
(さすがに息が・・・出来なかったら死ぬ・・・)
(頑張れ。妹が楽しそうだから、もう少し頑張れ)
(わ・・・わがった・・頑張ってみる・・・)
俺は妹が楽しんでいるので、アルグを応援した。
泡を流して、アルグの体を乾かすと、あら不思議。
もっこりと毛が膨らんで、アフロ犬になった。
(YOYOYO ってな感じだな)
(どういうことだ?)
(陽気な犬になったってことだ)
(犬じゃない。神獣だ。おらは神獣!)
と言い張るアルグは本当に神獣なのか。
大きさが小型犬くらいで、俺のイメージする神獣って、もっと大きい感じなんだけど。
それと神獣ってもっと威厳のある感じじゃないのか。
でも別にアルグの態度が悪い感じじゃないので、害はないだろう。
「お兄。この子と寝る」
「そうか。大切にするんだよ」
「うん。また明日。おやすみなさい」
「おやすみ」
俺は妹と別れた。
◇
翌朝。
俺は悲痛な声が聞こえて、目が覚めた。
(た・・・助けてくれ・・・)
「なに!? 何があったんだ」
家族に何かあったんじゃないと思って、びっくりして飛び起きると、自分の部屋の扉が数センチだけ開いているのが見えた。
(ネオス・・・おらだ・・)
「大丈夫かアルグ!」
部屋の扉を開けると、俺の顔は真っ青になった。
アルグの顔が、ボコボコに腫れていたんだ。
「何があった!」
(し・・・死にかけた・・・寝てただけなのに・・・)
アルグがバッタリと気絶した。
◇
この後、目を覚めしたアルグと会話になった。
「どうした? 大丈夫か?」
(そ、それが・・・ネオスの妹・・・あれは悪魔だ)
「え? どういうこと?」
(一緒に寝てたら、あれが寝ぼけて、おらの体を持って、壁に投げつけたんだ)
「は?」
(おら、それで死にかけた)
「妹にそんな力があるのか? あの子はそんなに力が強くないぞ」
姉さんはオールファイブだから化け物だけど、サラは普通の子だ。
(いや。あれは、たぶん強化状態・・・ネオスの妹は、魔法強化が出来るタイプだ)
「魔法強化?」
(魔力が強ければ、強靭な戦士と変わりない、あれは凶悪な魔法使いになるぞ・・・)
「マジかよ。調べてみよう」
俺はアルグに言われたことが気になり、妹を調べる事にした。
朝食を食べ終えた後。
「サラ。この水晶を持ってくれ」
「うん」
妹のステータスが出る。
サラ・アウリオン
レベル レベル1/99
力――――1/20
耐久―――1/20
敏捷―――4/20
知力―――8/20
魔力――10/20
判断力――2/20
運――――3/20
魅力―――5/20
ちょっと待て。
これはこれで怪物だ。
姉さんはオールファイブだから、こっちは魔法特化型か!?
そんで、本当の兄弟は、オールセブンだったわけだ。
まずいよ。
俺がこの兄弟の中に入るのは、本当にまずいよ。
俺の能力を改めて考えると雑魚すぎるからさ。
0だよ。0。
この世に一人しかいない。
伝説の0人間だ!
「ふぅ。そうか・・・・」
「お兄。どうしたの?」
「悪いな。サラ。お兄ちゃん雑魚でな」
「お兄は雑魚じゃないよ。お兄は、カッコいいもん」
「そうか」
慰めありがとう。
優しい妹で助かります。
本当の妹じゃないけど、俺大切にします。
「はぁ。弱いな・・・俺」
と再認識して、俺はいよいよ学園都市へと向かうのである。
次回から学園都市編になります。
波乱万丈の人生の幕開けです。