第5話 奇跡の人 七歳
この国は、全ての国民が学校に入る事が義務付けされている。
王都の近く。
学園都市グローシアに、入学することが決まっているのだ。
全土から10歳になる子供が集まって、5年間の学校生活を送るようです。
そんな莫大な人数が学校に入るなんて無理だろと、お思いのそこのあなた。
そこには校舎がたくさんあって、全員が入学できるみたいですよ。
ああ。地元にいたかった。
それで実力も絡んだ制度があるそうで。
第一学校。第二学校。第三学校と別れているみたい。
これに身分制度も絡むらしい。
実力があって、家柄がある。第一。別名『スターナ』
実力か家柄か、どちらかがある。第二。別名『シャズ』
実力がなく、家柄もない。第三。別名『アーク』
この三校に別れて、学生となるわけだ。
なんでこんな話をするかというと。
今そこが問題となっている。
姉の問題だ。
◇
現在、俺と父と母が困っている。
父の執務室にて。
俺はソファーに座っていて、その隣の母は、二年前に生まれた妹を抱っこしている。
父は自分の机の方の席に座って、姉が父の前で泣きじゃくっている。
「いやだぁ。行きたくない」
「そ。そんな事言われてもだな。これは義務なんだ」
「いやだぁ」
姉が学校に行きたくないと駄々をこねていた。
俺は、妹の手を持って、あやそうとしたら、妹が手を引っ込めた。
『ふん、触られたくないの』みたいな顔をされた。
二歳なのに、意思がハッキリしている子のようです。
「リース。いいかい。学校は皆が通る道なんだ。お前が貴族だからとかではない。平民の子たちも行くんだ」
「いやだぁ。いやだぁ」
「なんでそんなに嫌がるんだ。そんなに寮が嫌なのか。ここを離れるのが、そんなに嫌なのか」
「いやだぁ・・・うわああああ」
もう九歳なのに、あれだけ泣くなんて。
俺も母も父もよほどの理由なんだろうと思った。
「リース。頑張りなさい。父さんも応援している。もちろん母さんも、ネオスもだ」
「いやだぁ。ネオスも連れてく!」
「・・・なに?」
父が首を傾げる。
「離れたくない。可愛いネオスも連れていく」
姉の嫌がる理由が分かった瞬間。
俺も父も母も、同時にズッコケた。
重たい理由かと思ったら、俺と離れ離れになるのが嫌だったらしい。
「そ、それは出来ないんだ。リース、我慢してくれ」
「どうして、連れてくもん。可愛いんだもん」
ここまでは普通の会話だった。
ここからが少し普通の家庭の話ではない。
俺のツッコミと共にお送りしよう。
「無理だ。お前は女子寮に入るんだから、男の子は入れんのだ」
それって連れていく事が前提じゃないですか。
そもそもの父の説得がおかしくないですか。
「・・・じゃあ、ネオスに人形のフリをしてもらって、寮に入れるもん」
おい。人型の人形になれってか。
女子寮に男の子を連れてくってか。
「それは無理だろう。心臓の鼓動でバレてしまう」
そもそも持って来た時点でバレるわ。
「大丈夫。メイクしてお人形にするもん。可愛いから出来るよ」
俺の事を可愛いと思ってんのが、あんただけなんだけど。
あんたにしか効果がないんだけど。
それ、他の人には通用しませんよ。
「そうか。そうだよな。それだと出来てしまうか」
あんたも俺を可愛いと思ってたんかい!
「でしょ」
駄目だ。この親子、全然だめだ。
「あなたたち! 駄目よ」
ここで頼りの母が出てきてくれた。
「ネオスは駄目。ここにいます。私が可愛がるんだから」
こっちも駄目だった。
どうしよう。解決策を出せる人がどこにもいない。
これは俺が案を出さないと!
「姉さん。入学して二年我慢すれば、俺も入学しますよ」
どうだ。俺の説得が一番適しているでしょ!
「ん!」
キッと睨んできた。
「二年! 長い。長い。いやだぁ。二年経ったら、別の顔になってる。私の知らないネオスの顔になってる。勝手に成長してるの嫌だぁ」
俺に成長止めろってか。
そんなの自分の意思ではどうにも出来ない。
それは無理があるよ姉さん!
「じゃ、じゃあ。俺が姉さんの所まで、短い間隔で遊びに行けばいいんじゃないかな。そしたらいいでしょ」
俺の二個目の提案も良いものなはず。
結構、姉の要望に応えた。
的確な所を突いていると思う。
ここで話に答えてくれたのは父だった。
「ネオス。それは無理だ。10歳から15歳の子供以外は入れないようになっている。学園都市だから、先生方以外の大人にも制限が掛かっているのさ」
オーマイガー!
謎の制度のせいで、最高の説得とはならなかった。
「うわぁあああああ。じゃあ、学校行きたくない。絶対ここにいる」
結局、振り出しに戻った。
「父さん。何かないの。一時的でもいいから帰って来られる制度がさ!」
「一時帰宅か・・・ちょっと待て。学生手帳を見るか」
父が来年度の入学の為の資料を見た。
「どれどれ」
この間も姉はまだ泣いている。
根性があるタイプの女性です。
「あった。帰って来られる制度は・・・ないな」
「ぶわああああああああああああ」
より一層泣いた。調べない方が良かった。
とここまでは思った。
「あ、でも。これだと帰る事が出来るんじゃないか」
「どれ?」
父が読み上げる。
「成績上位の者であれば、長期休みの際に戻る事が可能・・・これならどうだ」
「それだ! 姉さん、上位の成績なら帰ってこれますよ。それなら俺とも会えますって」
これしかない。姉よ聞け。心に響け。
願いを込めて俺は言っていた。
だってもう鼓膜破れそうなくらいに泣いているからさ。
「ん・・・ん。ぐすっ・・す・・・すっ・・・わかった。成績上位になる」
奇跡的に涙が止まり、姉は鼻をすすりながら承諾した。
やった!
俺の耳が助かった。
「どうやったら上位になるの。お父さん」
涙声で姉は聞いた。
「そうだな。俺の経験上は、勉強と試験だな。実技試験だ」
「実技?」
「あそこは、個人の能力を上げて、国内全体の能力をあげるための学校だ。ステータスのレベルアップが目的なんだ。あそこで色んなジョブに就職できるようになるからな。職業訓練所としても皆が活用しているんだ」
職業訓練所?
姉と一緒に、俺も首をひねっていた。
「昔と同じなら、一年生の最初の授業は就職についてだと思うぞ。ジョブを選ぶはずだ」
「「ジョブ?」」
父が立ち上がる。
「そう。ジョブだ。父さんは、あの学校で戦士から始まった。母さんは魔法使いだ」
父は、母を見ていた。
「そこから修練を重ねて、卒業していくもんなんだぞ。レベルアップすると、より多くの職業選択ができるようになる。転職できるようになるからな」
「「へぇ」」
俺と姉が感心した。
「成績優秀になるには、最初が肝心かもしれんな。リース。鍛えておくか? 俺たちが鍛えようか?」
「お父さんたちが?」
「ああ。お前が、どちらのタイプを選ぶかによって、父か母のどちらかが教えよう」
「じゃあ・・・戦士。体を動かす方が良い」
「わかった。それじゃあ、俺が教える。勉強はアンヘルに教われ」
アンヘルとは、執事長のアンヘルさんの事だ。
物静かなダンディな人。黒ひげおじさんでもある。
「うん。じゃあ、頑張ってみる!」
立ち上がった姉は、俺の方を見た。
「ネオス! 私、頑張るよ。会うために、頑張るからね!」
「ああ。はい。そうですか」
とやる気のない返事をした。
いつものように気楽にいこうぜとは言えない状況である。
姉の漲るやる気を阻害してはいけないと思った。
大変な姉を持つと、大変な事に巻き込まれるのだ。