第4話 奇跡の人 五歳
都市アリオンは、サイズがちょうどいい感じで歩きやすい。
端から端まで、子供の足でも歩ける。
それに人もちょうどいい感じで、俺の性に合っている気がする。
街を歩いても、治安が良い。
隅々まで清掃が行き届いているから、まるで日本にいるようなんだ。
善良な領主様がいるからこそ、民もまた善良であるようだ。
俺は、陽気で元気な街の人々を見ながら歩いていた。
暇だからプラプラできるのもこの町の治安の良さを物語る。
子供がお金を持つのは良くないと思ったから、持ち物は飴だけ。
お腹でも空いたら、これを舐めて誤魔化そうとしていた。
「うわああああんんんんん。お母さんは! どこにいったの」
通りを歩いていたら後ろから少年の声が聞こえた。
俺と同じくらいの子がギャン泣きしていた。
「どうしたの?」
「お母さんがいない! どこにいったの」
「さあ? どこに行ったんだろうね」
「どこ。どこ。どこなのぉ・・・わああああ」
思いっきり泣いているのが可哀想になって来たから、たまたま持っていた飴をあげた。
「まあまあ。これ舐めて落ち着きな。俺も探すからさ。見つかるまで一緒にいるよ」
「・・・う、うん。ありがとう」
子供は飴をもらった途端に泣き止んだ。
飴ちゃんは効果抜群だったようだ。
その子は、飴を舐めて、口の中で遊んでくれた。
「じゃあさ。どこらへんで、お母さんとはぐれたんだい? いなくなったのはどこ?」
たぶん君がいなくなったんだろうけど、こう聞いた方が子供プライドが守られる。
「あそこらへん」
指差した方へと歩く。
「この子のお母さんいますか! どこかにいませんか?」
しばらく探すと、反対方向から声が聞こえた。
「マイト! マイト!!」
「あ。お母さんだ」
マイト君という名前だったらしい。
お母さんが到着早々でマイト君と一緒に感謝してくれた。
「ありがとう、君」
「こ。こらマイト。このお方は若なの。君は駄目です。失礼なんですよ」
お母さんが恐縮していたので。
「子供がした事ですよ。そんなに気にしないでいいです。それよりもお母さんよかったですね。心配だったでしょ」
「え。いや。あ、はい。若、ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ」
「あの、今手持ちで持っているのがこれしかありませんが、もらってください」
「は、はぁ?」
俺は人参をもらった。
お母さんは買い物帰りだったらしい。
「若、ありがとうございました」
「若またね」
二人に挨拶してもらったので、俺も。
「またね!」
人参を持って手を振った。
◇
二人と別れた後。
人参片手に街を歩く。
「飴が人参になったよ・・・あれ?」
なんでこうなったと思った俺は今、住宅街の通りにいる。
そこのとある一軒の玄関先から声が聞こえてきた。
二人の言い合いになっている。
「ちょっとあなた。何で買ってないの」
「悪い。忘れていた」
「一週間前から、ムエナの大好物を作ろうって言ったじゃない」
「悪い。今から行ってくるよ」
「もう間に合わないわよ。今、煮込まないとシチューなんて美味しくならないんだから」
「でも、それでも」
「駄目よ。後から入れたら、人参なんて硬いままなんだから!」
「す。すまん」
「誕生日だったのよ。美味しいものを作ろうって約束したのに」
「すまない・・・俺が間違えてしまって」
という二人の若い夫婦の会話が聞こえてきたので、ちょうど持っていた人参を提供しようと俺は近づいた。
「すみません。そこの人」
「え・・・わ、若!?」
女性が驚いた。
「この人参どうぞ。俺。使わないんで、美味しい料理にしてあげて」
「し、しかし。これは若のでは?」
男性が戸惑った。
「いや、俺もさっきこれをもらったばかりだから。それに使わないんで。どうぞ。使ってくれる人が持っている方が良いです」
「若。いいんですか」
女性が、こう言ってくれればあとは背中を押すだけ。
「ええ。いいですよ。これ頼みますね。お子さんの為にどうぞ。うんと美味しいものにしてあげて」
「ありがとうございます。若・・・ちょ、ちょっと待ってください」
女性がお家に入って、すぐに戻って来た。
「若。こちらをどうぞ」
「え? 葉っぱ??」
香りの強い緑の葉っぱをもらった。
「これ、うちの薬草です。今の家に貴重なものが、これしかありませんでした。申し訳ないです」
「そ。そうですか。でもいいの? 貴重なら俺なんかがもらってもさ」
「若にはもっと良いものを差し上げたかったのですが、ごめんなさい」
「いや、そういう事じゃなくて」
この若奥様が勘違いしていそう。
俺は、もっと良いものが欲しいって言ってないよ。
この薬草を効率よく使えないのにもらってもいいのって意味だよ。
「若! もらってください。お願いします。どうか、この通り」
若旦那さんが土下座した。
俺はめちゃくちゃ慌てる。
だって、タダでもらった人参をあげただけなんだ。
それくらいの事で、土下座なんてしなくていいからさ。
俺は凄い事したわけじゃないんだよ。
「いやいやいや。ちょっと顔を上げてください」
「どうか! お願いします。若!!!!」
周りの人に見られたら、俺が謝らせてるみたいに見えるぞ。
もうしょうがないから、そわそわしながら、受け入れる事にした。
「わかりました。ありがたく、こちらをもらいますね」
「ありがとうございます。ありがとうございます。若、助かります。全部が若のおかげです。俺が(家庭で)生きていられるのも若のおかげです!」
たいしたことしてないのに、こんなに感謝されるとさ。
なんだか俺が、パワハラして、相手を洗脳したみたいだよね。
ありがたい指導をしてやったから、感謝するなら大袈裟にしろ。
みたいな社訓や学校規則が、この風景にはあるよね。
どうしよう。後でパワハラしてるって言われたらさ。
俺、ヤバい人になっている気がするよ。どうしよう!
「そんなに大声で言わなくても大丈夫ですよ」
近所に聞こえないようにお願いします。
俺が悪い事しているみたいなんで!
「若。ありがとうございました。これで娘に美味しいシチューを作ってあげられます」
「はい。娘さんに美味しいのを食べさせてあげてください。それじゃあ」
「若。生涯この恩は忘れません。ありがとうございました」
そんな大層な事じゃないってば。
この若奥様も大感謝であった。
◇
若夫婦と別れた後。
そろそろ家にでも帰るかなと考えていた道中。
ふと思った。
飴が、人参になって、人参が、薬草になったよ。
これが、わらしべ長者って奴だよな。
運値0なのに、俺の運って凄いわ。
これ、本当に0なのかな。
もしかして、99までしか記録できないとかで、本当は100とかだったりしてね。
葉っぱを上にかざして、俺は濃い緑を見ていた。
その時。
「先生! ロマリエがありません」
「なんだと。そしたらこの人は・・・」
切羽詰まった声が聞こえた。
「それじゃあ、旦那は・・・先生、死んでしまうんですか!」
「出血が酷く、このままでは確実に化膿する。それを止めるには・・・。申し訳ない。魔法じゃなくて、あの薬草でないと・・・奥さん。あれは希少種で、治療代としても高いんです。用意があっても払えますか? 高いですよ」
「そ。そんな・・・」
誰かがケガをしたみたいだ。
俺は気になって、窓ガラスから中を覗く。
血まみれの男性が見える。
「先生。今すぐに取ってきますよ」
「無理だ。あれはサノバン村にある薬草だ。それも取れる時期じゃ・・・」
「でも、行ってみないと」
無言で先生が首を振った。
治療が遅くなっては、生きていけない。
覚悟をしてください。
そんな感じの首の振り方だった。
「これ、使えないのかな」
俺は緑が濃すぎる薬草を見た。
関係者以外立ち入り禁止だろうけど、強引に入っていくことにした。
「誰だ! 子供だと? 出ていけ。ここはそんな・・・あ、若!?」
先生が俺に途中で気付いた。
「あの。これ。使えない? 薬草だって聞いたんだけど」
「それは、ロマリエ!? なぜ若が」
「おお。使えるんだ。じゃあお願いします」
「しかし、それをタダでは。若、そちらの薬草は高いんですよ」
「え。そうなの」
先生がタダで譲り受ける事にためらうくらいだから、かなり高級なものらしい。
そんなもの凄いものをほとんどタダで貰ってしまったらしい。
俺さ、これを持っている方が恐れ多いんですけど。
あの若夫婦、とんでもない物を渡してくれたんですけど!
「はい。だからタダでは・・・」
「いいんだ。これ、それこそタダみたいなもんなんだからさ。あげるよ」
みんな知らないだろうけど、その薬草の大元は、俺がおやつに舐めようとしていた飴で出来ています。
「しかし」
「そこの怪我した人を救ってあげて。これで助かるならさ。俺も嬉しいよ」
俺が持っていた飴も喜ぶよ。
それにさ。俺だと、この薬草を効果的に扱えないもん。
薬草って子供が扱える代物じゃない。
「わかりました若。ありがたくいただきます!」
「うん。元気にしてあげて」
「はい」
先生が感謝すると、近くにいた奥さんも。
「若。いいんですか。私、高価なものなんて持ってなくて・・・若にお返しが出来ないですよ」
「いいのいいの。気にしないで。あれで旦那さんが助かったらいいね」
「若。一生忘れません。この御恩は・・・生涯忘れません」
涙して感謝してくれたけど、正直タダで助けているから心苦しい。
そんなに感謝されるほどの苦労をしていないんだ。
「いいんだ。あなたもこれは気にしないでほしい。気楽に生きていこうね」
俺が気楽に生きているから、これを重荷に思って、気を張って生きてほしくない。
気にしないで生きて欲しいよ。この夫婦にはさ。
「わ、若、あああ、ありがとうございます。本当にありがとうございます!」
奥さんが土下座する勢いだったから、それをされる前に、俺はここから撤退を決めた。
本当は旦那さんが助かるかどうか。見届けたかったけど、ここは去るしかない!
「うん。じゃあ、またね」
俺は、最後に薬草を渡して、手持ちがゼロになった。
途中までは、わらしべ長者みたいで面白かったけど、最後に手持ち無しで終わるとは。
でもスッキリした気分で終えられたので、めでたしめでたしだろう。
飴で人助けが出来て、満足した一日だった。
―――――
その後、再び。
ニアー地域では、ネオスが奇跡の人であると大騒ぎになる。
それが最後にあげた高価な薬草。
あれをタダであげるという所業が決定的な出来事となり。
ネオス・アウリオンは神から遣わされた神の子なのではと噂が大きくなっていった。
ネオスが知らぬうちに、領内では神の子なのだと定着していくのである。