第2話 奇跡の人 一歳
アウリオン家は、代々貴族の家系。
担当地域は、バッカニア王国の西にあるニアー地域だ。
かの地は、アスナロ大陸を南北に割るアスナロ山脈と、バッカニア王国の三分の一を割るカッパン山脈によって、隔絶された地域となってしまっている。
なので、辺境領とも言われている。
自然は豊かであるが、生活は決して裕福とは言えない。
王都と比べてしまえば、経済が良いとは言えないだろう。
自分が裕福だと思う者は少ない。
しかしながら、生活の満足度の方は高い。
なぜなら、アウリオン家の当主の治世が素晴らしいからだ。
当代の当主ソンファン・アウリオンは、稀代の領主として皆から尊敬されており、その娘リースもまた優秀なので、二代に渡って安心だと、領民たちは未来を心配していない。
しかし、そんな素晴らしい当主には、もう一人。
おかしな子供がいる。
その子は、とんでもなく弱いのだと、まことしやかに王都内では噂されている。
前代未聞のレベル0。
しかも、上限値すらも0。
ありえない実力の子が、この優秀な家系の中に入り込んでしまったようだ。
実は彼らの家族ではないのでは。
本当の所、領主は浮気されてしまったのでは。
王都では、そんな風に揶揄されるくらいに馬鹿にされている。
だが、しかし。
肝心のニアー地域の領民たちは、彼の事を奇跡の人だと讃えていた。
それは、とんでもない奇跡を起こしてきた少年だからである。
彼の名は『ネオス・アウリオン』
アウリオン家きっての当代領主と、次期当主を差し置いて、彼は崇められるのだ。
◇
俺が一歳の時。
アウリオンのお屋敷にて。
「可愛い!」
「おぎゃ(よ。姉貴)」
目がクリクリの少女が俺のそばに来た。
血が繋がらないけど、これからの俺の姉弟となってくれる人だ。
姉さん、よろしくお願いします!
「返事した! 可愛い!」
「おぎゃ(まあな)」
姉さんは三歳。俺とは二つ違いだ。
「超可愛い!! ぶしっ」
「おぎゃ(いて!)」
俺の可愛いほっぺたに姉さんの人差し指が刺さった。
子供だから加減を知らない。
もうちょいで目に刺さるところで、いきなりの失明の危機だった。
「こらこら、リース。駄目よ。ネオスが嫌がってるでしょ」
「おぎゃ(助かった)」
母親が抱っこしてくれて、姉の攻撃から脱出できた。
もう少し一緒にいたら目つぶし攻撃が来ていただろう。
「お母さん。ずるい! 私も抱っこする」
「出来ないわよ。あなた三歳よ」
「ずるい。ずるい! 私も抱っこする!!」
「ああ。はいはい。じゃあ、やってみなさい。無理だからね」
「おぎゃ!(無理なのに、やらせるの!)」
姉が俺を抱っこする。
俺も無理だと思ったんだけど、彼女の腕の上で、意外にも体が安定している。
ちゃんと持ち上げられていた。
「あら、そうだったわ。オールファイブだものね。これくらいは出来るわね」
「うん!」
「おぎゃ?!(オールファイブすげえ!)」
三歳児が一歳児を楽々持ち上げるくらいに、この世界はステータスが重要だと思っていい。
だとすると、俺の能力って・・・。
ここから先の想像は危険だ。
一歩踏み出せば、ショックで血を吐くかもしれない。
俺は、自分の未来を想像することをやめた。
「リース。もういいでしょ。お母さんに渡してください」
「はーい」
「よしよし。ネオスは今日も可愛いですね。明日はピクニックなので、ゆっくり眠るんですよ」
明日はピクニックみたいです。
◇
ピクニック当日。
父親は仕事の為に来られずで、母親と姉と裏の山に向かった。
お屋敷の東にある山を越えた先が、バルカ地域と呼ばれる場所らしい。
この国の王都は、そちらの地域にあるみたいで、自分たちが住んでいる場所よりも裕福なんだそうだ。
でも、俺は別に気にしない。
ここはここでいい場所だと思う。
あの王宮は酷いぞ。俺を簡単に捨てた人たちがいるからな。
こっちの人たちは誰も見捨てないんだ。
心が温かい人たちが、たくさんいるんだよ。
俺の母親も、姉も、父親もだ。
雑魚な俺を、愛情たっぷりに育ててくれているんだ。
優しい人たちに拾われて運が良かった。
運値0なのが不思議なくらいの豪運だと思う。
レジャーシートを敷いて、母親が自分が作った料理を並べる。
この家は不思議にも、貴族の家だけど、一般家庭のような雰囲気がある。
そう言えば、お屋敷内に、執事の人も、メイドの人も、そんなに多くない。
今も二人だけが護衛として一緒にいるだけで、人数がいないんだ。
もしかしたら、ただお金がないだけかもしれないけど、質素倹約の家みたい。
普通ならぞろぞろと人を並べるだろうに、この家は貴族らしくない。
「食べましょうねぇ。リースはこっちよ。この子は・・・」
と言って離乳食を用意してくれた母親が俺を手放したその時、黒い影が見えた。
一瞬の事でよく分からなかったが、俺の体が持ち上がっている気がした。
「え!? なに。な!? や、やめて。返して」
「あ。ネオスが!」
母親と姉の叫び声が聞こえるけど、徐々に遠ざかっていく。
なんと俺は、モンスターに運び出されていた。
黒い影は、黒い狼みたいなモンスターだった。
「おぎゃ(あれ? どこいくんだ?)」
「ガウ!(これを……あの子たちのご飯に)」
謎の力が働いているのか。
俺は、モンスターの言語が分かった。
「おぎゃ(あの子たちのご飯って、君。子供がいるの?)」
「ガ?(声が?)」
「お(俺なんだけど)」
「ガ?(誰だ!? そばには・・・・誰もいないぞ)」
モンスターが左右に首を振って確認している。
まさかの俺からの言葉だとは思っていない。
ちなみにだけど、このモンスターが俺の襟首を噛んでいるから、首振りと一緒に俺の体がブルンブルンに揺れて気持ち悪い。
さっき飲んだミルクを吐きそうです。
「おぎゃ(飯食いてえなら、俺よりも飯の方がいいだろ)」
「ガオ(どういうことだ)」
「お。おぎゃ。ぎゃ(母さんが作ったご飯やるから、持ってけ)」
「ガ?(なに)」
「お。おぎゃぎゃ(いいか。あれ追いついてくるから、あそこの茂みでターンして、さっきの場所に行け。そしたらサンドイッチがあるから、持ってけよ)」
「ガオ?(どういうことだ)」
「おぎゃ(このままいくとさ。君が殺されちゃうから、俺を手放した方がいいよ)」
俺は説得の方向に向かった。
これは命乞いではなく、このモンスターの為を思って言っている。
なぜなら、この家族が非常に優秀で、あの母親もかなり強いんだ。
この狼なんて、たぶん瞬殺されちゃうよ。
ちなみに俺は彼女の能力値をチラ見している。
母 エミナ・アウリオン
レベル レベル82/83
力――――8/20
耐久―――5/20
敏捷―――10/20
知力―――15/20
魔力―――18/20
判断力――15/20
運――――4/20
魅力―――15/20
魔力型の能力だけど、彼女は敏捷性もあるから、いずれこのモンスターに追いつく。
そうなれば、このモンスターが殺されて、このモンスターの子供たちが飢えて死ぬだけだろう。
だから俺は説得をしているんだ。
(やめておけって、あの人を怒らせたら怖いから、俺を食うのはお薦めしない)
(わ、わかった。どうすればいい)
(その茂みに隠れてからターンだ)
(やってみよう)
俺はモンスターと意思疎通をして、元の場所に戻った。
◇
レジャーシートの場所に戻してもらって、俺とモンスターは対面に座った。
(ちょっと待ってな)
(うん)
俺はバケットサンドイッチを持った。
一個じゃ足りないと思って、三個持って渡す。
(すまない人間)
(いいんだ。これも持ってけ! たまたまここに来た俺の母に感謝しなよ)
(うん)
モンスターの口に三個を入れてあげると、母親たちが来た。
「ネオス! あのモンスターめ。ネオスを襲う気ね・・・って、ん???」
母は途中で気付いた。
モンスターにご飯を渡している俺にだ。
「お母さん! ネオス。襲われてないよ。ごはん、あげてる」
さすが俺の姉。俺に対しての理解力があって助かる。
「そ。そうね」
戸惑う母の隙を突いて、俺が話す。
「おぎゃ!(いまだ。いけ! 無事でいろよ~~~)」
「ガウ!(かたじけない。この恩は忘れない)」
「おぎゃぎゃ(別にいいって、気楽に生きていこうぜ)」
俺が手を振って別れの挨拶をした。
この後、俺に感謝をするために、モンスター家族たちが、わざわざ屋敷にまで来て挨拶をしていった。
そのモンスターたちが攻撃もせずに、立ち寄っただけで終わるという異様な光景が、領内に知れ渡る事になってしまい、ついに俺はニアー地域の人たちに、奇跡の人と呼ばれることとなった。
俺さ、サンドイッチをあげただけなんだよ。
それだけで、なんか大層な名前をつけられてしまったんですがね。
誰か、普通の人ネオスってことにしてくれませんかね。
だって、ステータス至上主義の世界で、ステータス雑魚なんですけど。
これから、俺は能力と評価が一致しない人生を歩むことになる・・・。