第8話「この子、謝った後またパン食べてる……」
その日から西園寺くんは、私に撫でられる日が続いた。
といっても、もちろんお互い予定が合った日だけだけど。この前の時のように公園でだったり、個室になってる飲食店だったり、カラオケルームだったり……様々なところに出向いた。どこも、少し行けば人目に付くようなところにしているから、当初の約束は果たしつつナデナデ~、ふわふわ~、を執行出来ている。実にいいことだ!!
西園寺くんは私に撫でられて嬉しい。私は西園寺くんの髪をふわふわ出来て嬉しい。うん、Win-Winな関係だよねっ。
と、そうは問屋が卸してくれないらしい。
「あんた最近、王子に気にかけてもらってるみたいだけど、どういう関係なの?」
「ふぇ?」
講義室の隅っこ。講義が始まる前にお昼ご飯を食べよう~、と邪魔にならなそうなところで「まるで本物!? もくもくくもパン」(名前に強く心を惹かれたのだった!!)をもぐもぐ食べていると、急にそう話しかけられた。
私を取り囲むのは、女の子たち五人。皆すごい、きらきら~、バチバチ~、びしっ!! って感じで、オーラがすごい。いかにもすごい、可愛い女の子!! って感じだ。きっと、自分によく合う服装とかメイクとか、研究してるんだろうな~。
え、私? 私は、ふわふわな服が着れたらなんでもいいや~って感じかな。見かねたお母さんがよく手直ししてくるけど!! じゃないと本当は私、もっとふわふわ~、な服装してるよ~。
あ、ふわふわといえば。私は目の前のもくもくくもパンに意識を戻す。ふわふわじゃなくてもくもくだけどね? 違うけど、似てるから可愛い!! おっけー!! ぱくっ、ん~♡ もくもくだ♡
「ちょっと、聞いてるの!?」
「はっ!? ご、ごめんなさいっ、もくもくを前にしたらつい……!!」
いけない。目の前のもくもくについ気を取られてしまった。話しかけられてるんだから、ちゃんと答えないと駄目だよねっ!!
えーっと、なんて言われたっけ。……あ、そうそう。王子とどういう関係なの? だ!!
王子……西園寺くんのことかな。王子と西園寺って、韻が踏めるから言葉の響きがいいよね!! ……韻、踏めてる……のかな? まあいっか!! なんか気持ちいい響きだからヨシ!!
ってそうじゃなくて。西園寺くんとどういう関係? ……どういう関係、なのかな……友達? のような気がするけど……ちょっと違う気もする。私が撫でて、西園寺くんが撫でられる関係。名前とかあるのかな!? 私、わざわざ人を撫でるなんて初めてだから、よく分からなくて……!!
……というか私、最近は西園寺くんと大学では全く話してないけど……なんでこの子たちが、私と西園寺くんの関係を聞いてくるんだろう? そう聞いてくるってことはきっと、私と西園寺くんの間に何かしらの「関係」があると、そう予測を立てたから……ってことだろうし。でも私たちは、大学だと全く関わってない。
……もしかして、大学の外で、私が西園寺くんのことを撫でている場面を見られた!? えっ、え~!? それは駄目なんじゃない!? だって西園寺くん、人に見られたくなさそうだったもん!!
どうしよう、どう言おう!? どう言ったら、上手く誤魔化せるのかな……!? 私そういうの、分かんないよ……!!
「この子、謝った後またパン食べてる……」
「っ、ふぁんふぁいふぉとふるとふふぃがふぁってに……!?」
「何言ってるか分からないんだけど!? ていうか、食べながら喋らないでよ行儀悪い……」
考え事をしていたら、勝手に口が動いていたらしい。私の口の中は、もくもくくもパンでいっぱいになっていた。これ、量が多いから食べても食べてももくもくがいっぱいで嬉しい~……じゃなくて!!
確かに食べながら喋るのはお行儀が悪いよね……でもなくて!!
どうしよう、どう言うのがいいのかな。いっそこのままもくもくくもパンで黙秘を貫くべきか……!? と、私が考えていると。
「あんたら、ふわりに一体何の用?」
かつん、とこの場の空気を切り裂くような足音。凛とした声。私はもくもくくもパンを飲み込むと、手を振った。
「綺羅ちゃ~んっ、おはようっ!!」
「ふわりあんた呑気に挨拶してる場合じゃないでしょ……これだからふわふわりは……」
「綺羅ちゃん、頭痛いの?」
「あんたのせいでね……」
私の問いかけに、額を手で抑えた綺羅ちゃんはそう答える。えぇっ、私のせい?
綺羅ちゃんはいつものように私の隣に座ることなく、私と女の子たちの間に割って入るように立ったままだった。
「で、ふわりに何の用? この子、あんたらに何かした?」
突然の登場人物の追加に、女の子たちはタジタジになっているようだった。でも、私に最初に話しかけてきた女の子が、綺羅ちゃんを睨みつけながら言う。
「その子が、王子とどんな関係なのか聞いてただけ」
「王子って……西園寺惟斗のこと?」
「そうよ」
「この子が、西園寺惟斗と? ……」
綺羅ちゃんが黙って私に視線を送ってくる。あ、そうだ、綺羅ちゃんは私が西園寺くんと遊びに行ってること、知ってるから……。
私はもくもくくもパンを口に含みながら、ふるふると首を横に振る。……って、あれ!? また勝手にパン食べてる!?
綺羅ちゃんは私を見て呆れ気味に肩をすくめると、女の子たちに視線を戻した。
「……何を見てそう思ったのか知らないけど、まさかこの子があの西園寺惟斗と付き合ってるとでも思ってるわけ?」
むぐっ、とパンを喉に詰まらせそうになる。あ、そういう風に思われてたんだ!?
どきどき、と成り行きを見守っていると、女の子たちは揃って頷く。
「だって王子、最近その子のこと、ずっと見てるから……私だけじゃない、皆、その姿を確認してる!!」
え!? 西園寺くん私のこと見てるの!? なんで!?
すると綺羅ちゃんは盛大なため息を吐く。そして私のことを紹介でもするみたいに、手のひらを私に向けた。
「ふわり、自己紹介をどうぞ」
「……?」
「いいから」