第6話「……今すぐ、撫でてほしいから……」
「ふわり~。授業お疲れ」
「あっ、綺羅ちゃんお疲れ!! ……結局、日恋ちゃん来なかったね」
「寝坊とかじゃない? 日恋、家近いからよく遅刻するし」
「あ~、そっか。日恋ちゃん、寝るの好きだもんねぇ」
「それで授業出れないんじゃ……って感じだけどね」
「次は一緒に受けられるといいなぁ。……あ、そういえば私、この後予定が出来たから先に帰るね」
「ん、分かった。私は図書館で課題して帰るわ。……何しに行くの?」
「西園寺くんとお出かけ!!」
「へぇ、西園寺くんとお出かけ……」
「綺羅ちゃん、また明日~!!」
「……ちょ、え!? は!? ふわり、それどういうこと!?!?!?!?!?」
どういうこと? と言われても……そのままの意味だよ。と綺羅ちゃんに伝え、まだ色々聞きたそうだったけど、向こうを待たせても悪いし、綺羅ちゃんとはそこで別れた。
電車で二駅先。普段使っている自転車は、今日は雨で乗ってきてないので気にしなくてヨシ! にしても、晴れて良かったな〜。
「西園寺くん!」
「……あ、不破さん」
先に待っていた西園寺くんに手を振ると、彼は綺麗な笑みを浮かべ、私を出迎えてくれる。
さっき、授業終了後に荷物を片付けていると……ペンケースの中に、紙が入っていることに気づいたんだ。そこに書いてあったのは、SNSのID。西園寺惟斗、と署名もしてあったから、連絡しろってことかな……と思い、メッセージを送ってみたら、その予想は当たっていたみたいだった。
私が今いる駅の名前と、良ければこの後二人で出かけない? というメッセージに、私は了承の返事をした。出かけて何をするのかは分からないけど……私の予想が正しければ、さっきの話の続きだと思うんだ。
「お待たせしました!」
「ううん、全然待ってないから大丈夫だよ」
「それなら良かったです。……でも、出発地が一緒なら、一緒にここまで来れば良かったんじゃ……?」
「……大学で俺といると、目立つでしょ」
西園寺くんはそう言うと、途端にまた悲しそうな表情になってしまう。その意味を考えようとしたけれど、彼はすぐにまた綺麗な笑みを浮かべた。
「それより、カフェとか入ろうか。希望がなければ、適当なところになっちゃうけど」
「あ、どこでも大丈夫です!!」
「分かった。……じゃあ、不破さんを待ってる間に良さそうなとこ見つけたから、そこにしよっか」
はい、と私は頷く。お店、探してくれたんだ。ありがたいなぁ。
私は西園寺くんの隣を歩き、彼と共にカフェを目指す。
……先程の表情の意味を考えて、私は時折彼の表情を見上げる。すると彼はすぐに私の視線に気づいて笑いかけてしまうから、やっぱり意味は掴めそうになかった。
注文した飲み物を受け取り、私たちは向かい合うように席に座る。
すると西園寺くんは、私に向けてうやうやしく頭を下げてきた。
「改めまして、西園寺惟斗です。西園大学文学部所属、二年生です」
「あっ、不破ふわりです!! 西園大学文学部、林ゼミ所属、二年生ですっ!!」
「個人情報そんなに大きな声で言っちゃって大丈夫……?」
「はっ、き、聞かなかったことにしてもらって……」
苦笑いを浮かべる西園寺くんに、私は思わず身を小さくする。幸いにもカフェにいるお客さんは大声を出す私を一瞥した後、すぐに興味をなくしてくれたようだった。ザワザワとする店内に紛れるよう、私は声量に気を配ろう、と決心した。
「知ってるかもしれないけど……俺は、西園大学の理事長の孫なんだ」
「あ、らしいですね。綺羅ちゃん……友達から聞きました!」
「……知らなかったんだ」
「知らなかったですね」
逆になんで皆知ってるんだろう? そんなわざわざ、この人は理事長の孫です!! って大々的に紹介されてた場面があったら、流石に覚えてるだろうけど……無かった気がするし……。
「……そっか」
私の返答に、西園寺くんは小さく微笑む。氷が少しだけ溶けたみたいな、そんな笑み。
「……不破さん、同じ学年なんだし、敬語はなくていいよ」
「あ、そう? 分かった! じゃあ敬語なしで!」
「切り替え速いね……」
「だって、断る理由もないし! ……それに、西園寺くんと仲良くなれたみたいで嬉しいなっ」
友達が増えるのはいいことだからね、うんうん。
私の言葉に、西園寺くんはまたそっか、と呟く。そうだよ~、と私。
「……俺といると、面倒なことになるかもよ」
「? どうして?」
「……俺といると、目立つから」
「……さっきもそう言ってたけど……それって、どういう……?」
疑問が解消されそうな気配がしたので、私は話の先を促す。……すると西園寺くんは、俯いたまま続けた。
「……俺は、理事長の孫だから。大学にいると、色んな人が寄って来るんだよね。単純に、俺の地位を狙って付き合ってって言ってくる人とか、単位がヤバいから俺にどうにかしてもらおうとしてる人とか……」
確かに西園寺くんはいつも、色んな人に囲まれている。私にはその理由が分からなかったけど……西園寺くんはそれを、よく思ってないってことなんだろうな。
「俺は孫ってだけで、ただの学生だから……俺自身には何の力もない。だけど、周りはそう思ってないみたいだから。……俺と仲良くすると、そういったことに巻き込まれるかもって、思って」
「……なるほど」
思い出す。西園寺くんと初めて出会った時のことを。あの時も彼は、沢山の女の子に囲まれていた。王子様、とか言われていて。
その次は、駐輪場までの道。恋人さんを取られたと激高する人に詰め寄られていて。
巻き込まれるっていうのは、きっとそういうこと……だよね。
「それなら全然大丈夫!! それより西園寺くんと仲良くしたいよ、私は!!」
「……」
「髪の毛ふわふわしたいし」
「……そっちが本音じゃないの?」
「あ、バレた?」
私がえへへ、と笑うと、西園寺くんは小さく吹き出す。
ああ、それだ。ちょっと不器用なその笑顔。……一番、自然に見える笑顔だ。
「良かった、笑ってくれた!!」
「……え?」
「西園寺くん、笑ってるのに、悲しそうなことが多かったから」
「……」
私のその言葉に、西園寺くんは黙ってしまう。驚いているようで、私はそれ以上何も言わず、ちゅーとジュースを啜った。
「……そっか。不破さんには、そう見えてるんだね」
「……あっ、か、勘違いだったらごめんなさい!!」
「ううん。……そうなのかもしれない」
分かったようなことを言っちゃったかな!? と不安になる私に対し、西園寺くんは首を横に振る。そして……注文したコーヒーを、ぐびーっと一気に煽って、飲み込んでしまった!!
えええっ、と思わず心の中で悲鳴を上げる。そんな、ゆっくり味わわず、一気に!?
「……不破さん、ごめん」
「え、えっと……?」
西園寺くんの左手が、私の右手に触れる。緊張しているのか、少し冷たくて、強張った手。顔を上げると、西園寺くんは頬をほんのり赤く染めて、呟いた。
「……今すぐ、撫でてほしいから……場所、変えてもいいかな」
入ったばかりのカフェ。頼んだばかりで全然減っていない飲み物。氷が割れたのか、かしゃん、と微かに音が鳴り、その音がやけに鼓膜の奥に響く。
カフェの騒めきの中に紛れて、うん、と私は無意識のうちに呟いた。