第5話「……本当に俺の髪、好きなんだね」
大学の授業では、グループワークが非常に多い。授業でたまたま隣になった人とか、先生が適当に割り振った人とペアになったりするから、一期一会な出会いが出来て、すごくワクワクするから好き!!
……好き……なんだけど……。
『ペアいない人いないね? それじゃあ、ペアワークを始めてくださ~い』
「「…………………………」」
それで西園寺くんとペアになるだなんて、誰が予想していただろう。
綺羅ちゃ~ん、と思わず視線を送って助けを求めるけど、綺羅ちゃんも当然ペアワークをする人がいる。私を助けることは不可能だ。というか、なんで西園寺くんが嫌なの? と眉をひそめられるのがオチだろう。そうなったら、昨日のことを打ち明けないといけなくなるかもしれない。
そうしたら、私、セクハラ、逮捕!?
「……不破さん」
「ひゃいっ!?」
青ざめていたら、名前を呼ばれてしまう。返事する声が裏返ってしまった! と思うけれど、今はグループワーク中。皆喋ってるから、私の変な返事は気にされていないみたいだ。
私はドックンドクドクドッキーン☆、早く鳴り響く心臓を抑えながら、西園寺くんを見つめる。すると彼は少し困ったように眉をひそめて、私のことを見つめていた。
「……昨日は、ごめんね」
「……え?」
すると何故か謝られて、私は思わず聞き返してしまう。
てっきり、セクハラして~、と怒られると思っていたから、余計にびっくりというか。
「いや、その。……突然、もっと撫でてとか、気持ち悪かった……でしょ」
西園寺くんはとても小さな声で、俯きながらそう告げる。……そして喋りながら、手元のペアワーク用の紙にちゃんと文字を書き連ねているから、器用だなぁ、と思う。私、喋りながら文字書けないんだよね……。
……って!! そうじゃなくて!!
「ぜ、全然っ、気持ち悪くなんてなかったですよっ。そもそも、触りたいって言ったの私ですし……」
「いや、きっかけはそれだったとしても、もっとって……すごい、見苦しい要望だったなって」
「そんなことっ、むしろご褒美っていうか、西園寺くんのふわふわな髪にいっぱい触れて本当に幸福というか……!!」
「……本当に俺の髪、好きなんだね」
私が慌てて言った言葉の一端を拾い、西園寺くんはふわりと笑う。整ってはないけど、柔らかい笑み。
好きです、と私は迷わずに頷く。だって今だって懲りずに触りたいと思っているんだもん。西園寺くんのふわふわな御髪に……。
すると西園寺くんは、右手を自分の頭の上に乗せる。そしてその手を、右に左に。……昨日もやっていた仕草だ。西園寺くん、自分の髪に触り放題でいいな……と、恐らく斜め上の部分を羨ましがっていると。
「……て……」
「え?」
「……また、触って、撫でて、ほしい……とか言ったら……困る?」
ぽかん、と口を開いたまま止まってしまう。西園寺くんは……顔を真っ赤にして、でも私のことをしっかりと見つめて、そう尋ねてきた。
そ、そんなこと……。
「断る理由なんてありませんが……!?」
「そ……っか……それなら、良かっ……いや、良いのか……? 良いのか……うん……」
私が笑って答えると、西園寺くんも嬉しそうに笑い返してくる。でもすぐに首を傾げ、私から目を反らし、そして項垂れてしまった。
「いつ撫でますか? 今ですか?」
「いっ、今は、ちょっと人権なくなっちゃうからやめてほしいかな……」
「? 分かりましたっ」
なんで人権なくなるんだろう? と思いながら、私は頷く。
でも、人権云々がなくても、確かに今はペアワーク中だから、関係ないことはしない方がいいよねっ。……。
……あれ!? 私たち、ペアワークしてなくない!?
『はい、5分経ちました。適当に当てていくので、ペアで出た意見を発表してください』
「あわわわ」
私は思わず小さく声を漏らす。昨日の話してたら、ペアワーク終わっちゃった!! どうしよう、これは、当たらないことを祈るしかない……!!
「じゃあ……はい。お願いします」
だけど私の祈りも虚しく。席と席の間を歩く先生は、私たちの真横で立ち止まってしまった。そして差し出されるマイク。どうしよう、と私がオロオロしていると。
横からすっと伸びる手。西園寺くんは落ち着いた様子でマイクを受け取ると、なんとスラスラと答え始めてしまった。
講義室のどこからか、きゃっ、という女の子の黄色い声が聞こえる。でも彼はそんなこと微塵も気にせずに、凛々しく、堂々とペアワークで出た意見(※ペアワークしてない)を述べていく。スラスラと出てくる言葉は、まるで何度も練習したみたいにスムーズなものだった。
『……はい。結構です。流石は西園寺くんですね。ありがとうございました』
言い終わり、西園寺くんが先生にマイクを返すと、先生はそんな感想を述べてにっこりと微笑む。そして他の学生に意見を仰ぐため、また席と席の間を歩き始めた。
「西園寺くん、ありがとうございます。また助けられちゃ……って……」
「……え? あ、ううん。元はといえば、俺が別の話を始めたのがいけないわけだし。気にしないで」
私の言葉に、西園寺くんはひらひらと手を振りながら笑う。それに対し私は、はい、としか返せなかった。
だって、西園寺くんの横顔……すごく、悲しそうで、辛そうだったから。