第42話「ずっと、この先も、一生」(※)
「ふわり、ふわりは……俺のこと……」
「?」
中途半端に終わったその言葉に、私は振り返る。ゆいくんは布団の上に寝転がり、その状態のまま私を見ていた。椅子に座って髪を梳かしていた私が見つめ返すと、なんでもない、とゆいくんは寝返りを打ってしまう。
これはなんでもなくないな、と悟った私は、急いで髪をセットする。ドライヤーにトリートメントの二コンボを繰り出したお陰で、今日もサラサラ&ふわふわだ。ホテルのアメニティになっている柔らかなブラシで梳かしてあげると、あっという間にまとまった。やっぱり高級品は質が違うね!!
というわけでお風呂上りの一連の行動を終わらせた私は、ゆいくんの元に駆け寄る。わっ、と声を出しながらゆいくんの上に飛び乗ると、っわ、とゆいくんが小さく悲鳴を上げた。
「ゆいく~ん、ゆいくんゆいくんゆいくんっ」
「……なぁに、ふわり」
「なぁにはゆいくんの方だよ」
「……」
私が後ろから抱き付きながら尋ねると、ゆいくんは黙ってしまう。その背中は、何も喋ってはくれない。
でもぐるり、と体の向きを変える気配がしたので、私は抱きしめる力を緩めた。するとゆいくんはやはり体の向きを変えて……私のことを抱きとめる。
私も抱きしめ返すと、ゆいくんはしばらくぎゅぅっ、と私のことを抱きしめ続けた。どっちも何も言わないで抱きしめ合って寝っ転がっているだけだから、温かくてウトウトし始めちゃう。
「……俺は、ふわりのこと、ずっと大好きだよ」
もう意識がふわふワールドに片足を突っ込んでいたところで、ゆいくんが小さくそう呟いた。だからふわふワールドから現実に足を戻して、私はゆいくんを更にぎゅっと抱きしめる。
「私も、ゆいくんのことがずっと大好きだよ」
「……ほんと?」
「ほんとだよ!! ……何か不安になっちゃった?」
「……優兎は、俺と違って、明るくてぱっとした性格で……人として、すごく、なんというか……健全な人だと思うし、俺といるより、楽しいと思うから」
俺でいいのかなって。と私が尋ねると、ゆいくんがぽつぽつと話し始める。涙を丁寧に、一粒一粒零していくように。
そっか、と私は呟き、背中に回していた手のうち片手を、ゆいくんの頭に乗せる。
「……ゆいくんがいいんだよ。私には、ゆいくんじゃなきゃ嫌」
「……俺にはふわりの好きなふわふわな髪があるから?」
「それもあるけど。……でも、優兎くんも髪の毛ふわふわだったよ?」
「……」
「ふわふわだけど、それでもゆいくんの方を選ぶのは、もう髪の毛ふわふわだから~ってだけじゃないからだよ。分かるでしょ?」
「……うん」
私の言葉に、ゆいくんは素直に頷く。よろしい、と私は笑って。
でも、とゆいくんはどこか不機嫌そうに告げる。その顔を見つめると、彼は何故かジト目でこちらを見ていた。
「触ったの、優兎の髪」
「………………」
「ふわりちょっと、こっち見て」
やばい、怒られるやつだこれ、と悟った私は、目を反らす。しかしゆいくんに片手で両頬をガッと掴まれ、容易く私は負けてしまった。ひえ~~~~と涙目になりながら必死に訴える。
「わざとじゃないんです~~~~!!!! 無意識なんです~~~~!!!! 触ろうと思って触ったわけでは~~~~っ!!!!」
「言い訳はいいから」
「だって~~~~優兎くんのシュンとした顔がゆいくんとそっくりだったから~~~~」
「だから言い訳はいいから……俺以外、触ったら、嫌だ」
そう言うとゆいくんは私から手を離し……その手を使って、顔を覆ってしまう。手で隠しきれていない耳が、真っ赤になっていて。
「……ゆいくん、優兎くんに嫉妬してるの?」
「……そうだよ、悪い?」
「私が優兎くんのところに行っちゃうんじゃないかって不安?」
「……」
するとゆいくんは誤魔化すように、私の手から離れてまた寝返りを打ってしまった。私はその背中にスススと寄って、ぴとっとくっつく。
「ゆーいくん」
「ひっ」
私がゆいくんの肩に軽く手を置き、耳元で名前を呼んであげると、彼が軽く体を震わせる。驚いたように振り返った顔は、やっぱり真っ赤だった。
耳、弱いんだもんね。知ってるよ。
「どこにも行かないよ」
「……あ……」
覆いかぶさるようにゆいくんの上にまたがり、その両頬を優しく包む。そのうえで真っ直ぐ見つめながらそう告げると、ゆいくんはじっと私を見つめ返してくれた。
……ああ、本当にかわいいなぁ。
「惟斗、いい? 私には貴方だけだよ。誰が現れたって、私は惟斗のことが大好き。惟斗だけが好き。ずっと、この先も、一生」
「……一生」
「そう、一生」
一生、と軽々しく言ってしまうのは、良くないんだろうなぁと思う。
だってこの先何があるかなんて、誰にも分からないもん。私たちの関係を割くような、そんな衝撃的な出来事があるかもしれない。逆に、何も起こらない可能性もある。……未来のことは分からない。だから言い切ることなんて、出来ないんだけど。
でも言い切ってしまいたい。私たちのこの関係は、ずっと続いていくんだって。
きっと私たちなら、何があっても乗り越えてしまうんだろうから。
「将来は結婚しようね、一緒に住んで、一緒に生きていこうね。それで今みたいに、お互い愛を伝えられるような関係でずっといたいな。私はそう思ってるよ。惟斗は?」
「……俺、俺は……俺も……それがいい……」
「じゃあ大丈夫だよ。お互いそう思ってるなら、一生こういれるよ」
私が望んで、貴方も望んでくれるなら。
「私、惟斗のこと離す気ないから」
「ッ……」
私の言葉に、惟斗は真っ赤になってしまう。かわいいなぁ。
その衝動のまま、私は惟斗に唇を重ねる。初めは軽く、次に深く。この気持ちを、彼に刻み付けるように、何度も向きを変えて。
惟斗は私の首に腕を回し、ん、ふ、と気持ち良さそうに声と吐息を漏らしている。私は思わず微笑んだ。
吐息を漏らす唇の隙間から舌を入れる。私と彼の熱い息が、こんなにも混ざり合って。耳を、首を、指先で撫でると、んん、と彼は小さく体を揺らした。
「は……ぁ、」
「ん……ふわ、り……ッ」
「……かわいいね、ゆいと」
「っ、ぁ……」
ちゅく、ちゅ、とキスの音と、彼の気持ち良さそうな声が、耳から入り込んで私の頭を溶かす。ゆいとがかわいい、ってことしか考えられなくなって、このままもっと深いところまで、行ってしまいたくなるけれど。
その前に、もっとちゃんと、言葉にしておかないと。
「……惟斗も、私のこと、離さないでねっ」
一通りちゅーを満喫してから顔を離しそう言うと、彼は口元を手の甲で抑え、顔を真っ赤にしながらゆっくり頷いた。
「……わか、った……」
「うんっ、良い子だね」
そう言って私が頭を撫でると、ゆいくんは大人しく私に撫でられる。どうやら真顔を保とうとしているらしいけど、口元が確かに緩んでいるのを私は見逃さなかった。
きもちいいんだねぇ、かわいいなぁ。
「撫でられるの、好き?」
「……うん、好き」
「良かったぁ、もっと撫でてあげるねっ」
「……ん」
髪の流れに沿うように、優しく、温かく寄り添うように、撫でていく。ゆいくんは目を閉じて、私に抱き着いて来た。
ぐり、とその頭を少しだけ私の肩に押し付けて、それがもっと撫でてとせがんでいるみたいで……本当にかわいい。
要望通り撫でてあげると、ん、とゆいくんは小さく声を漏らし、それに喜んでいるのが分かった。
「……ふわり、大好き……」
「私もゆいくんのこと、大好きだよ」
「……ん、うれしい……」
蕩けた声でゆいくんが呟く。私は微笑みながら撫で続け……昨日はいちゃいちゃ出来なかったし、今日はさっきの続き出来るかな。と思ったけれど。
「……ふふ、寝ちゃった」
よほど撫でられるのが心地よかったのか、ゆいくんはいつの間にか気持ち良さそうな寝息を立てていた。こちらに抱き着く腕の力が弱まっていたので、そのまま腕の中から脱出して。その体の上に布団をかぶせてあげた。
まだ寝るにはちょっと早い時間なような気もするけど……まあ朝が早いのもたまにはいいか。そう思った私は電気を消し、ゆいくんの布団に潜り込んで。
「……おやすみなさい、ゆいくん」
夜の挨拶をして、その額にキスを落とす。そして頭を撫でてあげると、彼は私の手に媚びるように体をよじったので、本当に私に撫でられるのが好きなんだな、と思う。
すぐ傍にいるゆいくんのその綺麗な横顔は、確かに微笑んでいた。




