第40話「私、ゆいくんと結婚するもん」
交番に向かうと、あめちゃんを探していたらしいお母さんとすぐに合流できた。お礼をさせてほしい、というお母さんからの申し出を丁寧に断り、今度は私がゆいくん探しに乗り出したわけだけど……。
「ふぇ~~~~ここどこ~~~~」
……見事に道に迷った私は、路地裏で一人蹲っていた。
なんとびっくり。ゆいくんに連絡を取ろうと思ったらスマホの充電が切れてしまっていた。だったらホテルに一旦戻ってホテルの人から連絡してもらおうと思ったけど、ホテルの位置が分からない。事前情報を一切入れようとしなかったせいで、ホテルの名前も分からないから人に聞くことも出来ない!!
……私の命もここまでか……。
「うぅ……死ぬ前にゆいくんの髪をふわふわし倒したかったよぉ……」
ふわふわ……ああふわふわ……ゆいくんのふわふわな御髪……ふわふわな笑顔……私の生きがい……。
「なんかあそこ人蹲ってない?」
「え~、こわ~い」
「体調悪いのかな」
うぅ、なんか声が聞こえる。私のことかな……。
「……あんた、何してるの」
そこでちょっと耳に馴染みのある声が聞こえる。顔を上げると……そこにいたのは、呆れ顔をしたゆいくん……じゃなくて、弟くんだった。
わぁ、こうしてしっかり聞くと……ゆいくんと、声もそっくり。
いや、それよりも!!
「わ~~~っ!!!! 地獄に仏!!!! 路地裏に弟くん!!!! これは神様からの恵み!?!? 私っ、まだ生きられそうだよ~~~~っ!!!!」
「はっ!? え!? 何っ……なんで抱き付いて来るんだよっ!!!!」
「ハッ、嬉しくてつい……!! ごめんなさい~っ」
なんだよ~、彼女かよ~。違うっつーの、身内の知り合い。とクラスメイトと思しき人と弟くんがそんな会話をし、弟くんがクラスメイトを手で追い払う。彼らは楽しそうに笑うと、適当に時間潰してくるわ、とどこかに行ってしまった。
もう片方の手の中には、私が奢ったほうじ茶。私も抹茶と和菓子を注文し、二人で並んで和傘の下、一緒にお茶をしていた。
「私、すっごくメソメソしてる女の子をどうにかしなきゃ~ってしてたら、ゆいくんのこと見失っちゃって!! スマホの充電も切れちゃったしもうどうしよう~っ、私干からびてシワシワになっちゃう……って思ってたところに弟くんが来てくれたから、本当に嬉しいですっ!! ありがとうございますっ!!」
「……なんかテンション高いなこの人……」
私が状況を説明すると、弟くんは呆れ気味にそう呟く。あれ? 伝わったの私のテンションが高いことだけ? 嬉しさが伝わりすぎた?
「ていうか、俺は兄貴に連絡取るつもりないから。兄貴見つけたいなら自力で頑張れよ」
「え……えぇっ!? そんな……!! 地獄に仏、路地裏に弟くんだったのでは……!?」
「いや、勝手に変なことわざ作んなよ……」
あとあんたの方が年上だろ。年上に見えないけど。なんで敬語? と言われ、私は敬語を外すことにした。……年上に見えない!? (遅い反応)
「……私を助ける気がないなら、どうして声を掛けてくれたの?」
そう単純な疑問を投げかけてみると、彼はちらりと私を一瞥する。見られたので、じーっと見つめ返すと、何故か弟くんは驚いたように目を見開き、顔を少し赤くして目を反らしてしまった。どうしたんだろう。
「……別に。兄貴がどういう女選んだのか興味あっただけ。まさかこんなアホだったとは」
「アホじゃないもん!!!!」
「俺より年上なのに『もん』とか使ってる時点でアホだろ」
「えぇ……そうなのかなぁ……」
よし、決めた。「もん」封印!!!!
そう決心をする傍ら、私は今度は思ったことを弟くんに投げかけてみる。
「ゆいくんに、興味があるんだね」
「……何、どういう意味」
すると睨みつけられてしまったので、そのままの意味だけど。と返す。それ以上もそれ以下もあるのだろうか。
何も言わず見つめ返すと、盛大にため息を吐かれた。えぇっ、なんで!?
「……あんた、本当に兄貴の彼女なの?」
「え? ……あっ!! お兄さんとお付き合いさせてもらっています。不破ふわりですっ!! えっとえっと、この名の通りふわふわなものを集めるのが好きで、夢はふわふワールドに住むことですっ……!!」
「いや挨拶しろって意味じゃねぇよ!! ……てかふわふワールドってなんだよ、怖……」
「ふわふワールドは、何もかもふわふわで構成された世界で……」
「説明すんのかよ」
しなくていい。と止められる。む~、ふわふわについて話したいのに。
「……俺は西園寺優兎。西園大学附属高校の一年生。趣味は勉強。よろしく」
かと思えば、弟くんは律儀に自己紹介をしてくれた。相変わらず視線は合わせてくれないけど。
……えっと……いい子……なのかな……?
「……あんたさ、兄貴のどこがいいの」
「え?」
「顔? 金? スペック? それならやめた方がいいよ。そういう軽い気持ちで付き合ったら、うちのいざこざに巻き込まれることになったとしても困るだけだろうし。そもそも兄貴は優秀ではあるけど薄っぺらい人間だから、付き合ってても楽しくないでしょ」
「……」
口からポンポン出てくる言葉を、私はじっと聞き届ける。……えーっと、なんだろう。なんて言えばいいのかな……。
「……体……?」
「わぁ兄貴変態と付き合ってたんだ」
「違う!! 違うの!! えっと、その、ゆいくんのふわふわな髪を見てからゆいくんを気にするようになって!!!!」
「体目当て女」
「違うってば~~~~っ!!!!」
「……必死なのが逆に怪しいんだけど」
もう何言っても駄目じゃない!? ああ、口滑らせちゃった……!!
ゆいくんをナデナデしてることは言ってないけど……これ以上は口を滑らせないように気を付けなくちゃ、きゅっ。
「……なんにせよ、軽い気持ちで付き合ってるのはよーく分かった。これ以上兄貴と居ない方がいいよ。弟の俺が言うんだから間違いない」
「……軽い気持ちで付き合ってなんて、ないよ」
と、思ったけれど、ちゃんと否定しておかなければいかないことがあるので、すぐに口を開く。真剣にそう言うと、弟くんは顔を上げて私を見つめた。そしてその顔は、私がこれから言うことを、待っている。
「私、ゆいくんと結婚するもん」
「…………………………は?」
私が真剣に続けると、弟くんは心底驚いたようにそう呟いた。
え、私何か変なこと言ったかな……ハッ!? というか、私また「もん」使っちゃった……!!
ええい、使っちゃったものは仕方がない。気にせず行こう!!!!
「私、ゆいくんがいてくれれば、何があっても大丈夫だって思うんだ!! ゆいくんと一緒におじいちゃんおばあちゃんになりたいし、ずっとずっと一緒に居たいって思うの!! 私は……正直、ゆいくんちのことは……ちゃんと分かってないと思うけど。でも、ゆいくんとずーっと一緒に居たいから、何があってもこの気持ちが揺らぐことはないよ。私はゆいくんが大好きだし、ゆいくんも私のこと大好きだもんっ」
そう締めくくって、笑う。弟くんは驚いたように固まって、私のことをじっと見つめていた。
「……夢みたいなこと言うんだな」
「そうかもしれないねっ、でも、現実にするよ!!」
「……」
迷わずそう言い切ると、弟くんはついに俯いてしまう。でもなんだか様子がおかしいな、と思ってその顔を覗き込むと……。
「……なんで、兄貴は……」
小さく、そう呟いた。
なんで、兄貴は? ……どういう意味だろう。
「……あんたは、とんだアホみたいだけど」
「えっ」
「……兄貴は、いいな。こんな真っ直ぐに、愛してもらえて」
そう言って弟くんは、小さく笑う。あ……困ったような八の字の眉。ゆいくんととてもそっくり。
「……弟くんは、ゆいくんのことが大好きなんだね」
「……はぁっ!?」
私が思ったことを告げると、弟くんはそう声を荒げて、勢い良く叩い上がる。その拍子に持っていたほうじ茶の容器が地面に落ちて、がしゃんっ、と音を立てた。




