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第33話「ふわりと会えたから」

「そういえば俺、遠くに行ったりなんてしないから」


 Yシャツのボタンを止めながら、ゆいくんがふと思い出したようにそう告げる。その言葉に私は驚いて勢い良く顔を上げ、ゆいくんをじっと見つめてしまった。


「えっ……えぇっ!? ど、どういうこと!?」

「ていうか俺の方がどういうことなんだけど……柚葵さんと遠くに行くって、誰から聞いたの? 俺、誰にも喋ってないし、人に聞かれるところでその話出されてないんだけど……」

「そ、それは……」


 私は話を知った経緯をゆいくんに話す。柚葵さんの夫さんにスイーツを食べないかと誘われ、またお家にお邪魔したら……柚葵さんがゆいくんのことを誘っているのを聞いた、ということを。

 聞き終わったゆいくんは、あー……と呟き、頭を抱えていた。


「……あの時、あの場にいたのか」

「う、うん……話、勝手に聞いちゃってごめんね……」

「いや、そういう状況なら、興味出ちゃうよね……仕方ないよ」


 謝る私に、ゆいくんはそう言って優しく笑ってくれる。ゆいくん、優しい……! 好き……! と思って抱き付くと、服!! 着て!! と顔を真っ赤にして怒られてしまった。

 だけど言うことを聞かないでそのまま抱き付いていると、ゆいくんは深々とため息を吐き、あの日の続きを話してくれる。


「……すぐに断ったよ。俺は行かないって」

「……どうして? 話を聞いてる感じ、付いて行くことはゆいくんにとってすごくメリットがあることだし……むしろ、デメリットが消えるような提案だったと思うけど……」

「まあ……それは、否定しないけど」


 改めてゆいくんにそう肯定されてしまうと、ぎゅっ、と心が少し締め付けられるような……そんな感覚がする。

 やっぱりゆいくんは……いつもどこか、傷つき続けてるんだね。今こそふわふわな顔をしてくれてるけど……そう居続けられないことが、ゆいくんには沢山あるんだ。


 それじゃあやっぱり、行った方がいいんじゃないか……私の表情から、そんな思いを汲み取ったのだろう。ゆいくんは少し慌てたように私の背中に軽く手を回してくれると。


「でも、俺は今……ここにいるのが、好きだから」

「……そうなの?」

「そうだよ。……ふわりと会えたから」


 そう言うとゆいくんは、私とコツンと額を合わせる。穏やかでふわふわ~なゆいくんの顔が、目の前にあって。


「私と?」

「うん。……この大学に来たからふわりと会えたわけだし、大学に行ったらふわりに会えるし。……いいことばかりだよ。だから、ふわりと別れてまで行く必要はないと思ったんだ」


 それを聞いた私は、思わずきょとんとする。


「私のために千載一遇のチャンス逃すのってどうかと思うけど」

「……なんか正論が飛んできた気がする……」


 だって、そうじゃない? つまり私と別れないために行かないことにしたってことでしょ? それは……恋人としては、すご~く嬉しいけど、でもゆいくんが行く道の妨げになるのなら……それは違うって思うんだ。


「いやっ、その、それが一番ってだけで……他にもちゃんと考えたよ。まず、大学を卒業するに越したことはないし、後は、柚葵さんと行くとなると急に生活リズムも変わることになるだろうし、そもそも詩を勉強したくてこの大学にせっかく入ったんだから、ちゃんと全部貰えるものは貰いたいし……」


 他にもゆいくんは、ちゃんと柚葵さんと一緒に行くことのメリットとデメリット、ここに残ることのメリットとデメリットを羅列してくれる。その情報量に私はぐるぐる~っと圧倒されてしまい、逆に、私なんかよりよっぽど色々考えてその結論を出したんだな、と分かった。

 私……話を聞いただけで、ゆいくんは間違いなくそっちに行くだろうと思って……そこまで、考えられてなかったな。


「……何より、旅に出るなら大学の卒業後でも出来る。今、一時の少しの苦しさだけで出て行ってしまったら、俺は後悔するって思ったんだ。……それに、ふわりと離れたら、ふわりのことずっと考えて旅どころじゃなくなるだろうしね」


 そういうわけで、行かないことに決めました。とゆいくんは締めくくる。最後の言葉に、私はか~っと顔が赤くなるのを感じていた。


「……ゆいくんって、私のこと、大好きなんだね……」


 私がそう言うと、ゆいくんも少しだけ目を見開き、少しだけ恥ずかしそうに伏し目がちになる。頬を赤く染めると、そうだよ、と小さく呟いた。


「好きだよ、ふわり。大好き」

「……えへへ、私もゆいくんのこと、大好きっ」


 えいっ、と掛け声を出してゆいくんに乗せるような軽いちゅーをすると、ん、とゆいくんは小さく声を出して。私が顔を離すと、もう、とゆいくんは小さく笑ってから、同じように軽くちゅーをし返してくれた。


 少しだけ抱きしめ合って軽いちゅーを繰り返して、これ以上するとまた我慢できなくなりそう、と私はちょっと体を離す。ゆいくんも同じことを考えていたみたいで、すすすと私から離れていた。


「……服、着よっか」

「……そうだね」


 私が苦笑い交じりにそう言うと、ゆいくんも苦笑い交じりにそう答える。


 ……そういえば、始めてから時間、どれくらい経ったのかな。とふと気になる。お母さんから連絡来てたらどうしよう、とも。……だってお母さん帰って来ちゃったら、この光景……なんか、駄目だよね!?

 そう思いながらスマホを見ると、家に入ってから一時間と少し経っていたみたい。そしてお母さんからの連絡はまだなかったけど、綺羅ちゃんと日恋ちゃんから連絡が来ていた。


『ふわり、西園寺惟斗とは会えた?』

『先生から呼び出されてるっていうのは、西園寺惟斗と会わせるための嘘だったの。ごめんね。課題はちゃんと受理されてるから、安心して』

『何があったか分からないけど、西園寺惟斗に言いたいこと全部言っちゃいな!!』

『何があっても私たちは、ふわりの味方だからね』


「綺羅ちゃん、日恋ちゃん……」


 二人からの優しいメッセージに、私は心がぽかぽか温かくなるのを感じる。二人とも、私のために……嘘を吐いてまで、ゆいくんと会わせてくれたんだ。

 ……ありがとう、綺羅ちゃん。日恋ちゃん。


『ふたりとも、ありがとう! ゆいくんとはちゃんと会えたよ』

『ちゃんとお話もして、ゆいくんと付き合うことになったんだ。それで今ね、一緒にお家にいるの。本当にありがとう!』

『ちょっと待って』

『ちょっと待って』


 また二人から全く同じメッセージが来た、仲良しだなぁ~♪


 それと同時、ゆいくんのスマホがヴーッ、ヴーッ、と激しく震え始めて、止まらなくなる。ゆいくんが訝し気な表情でスマホを手に取ると、ゆいくんは何故か青ざめてしまった。


「ふっ、ふわり……宝船さんと笑原さんから、どういうことか説明しろってメッセージがすごい来てるんだけど……」

「あれ? いつの間に二人と連絡先交換してたの? ……えへへ、友達と恋人がお友達になってて……三人とも仲良しみたいで、私も嬉しいっ!!」

「ごめんあの本当そういうのじゃないから!! 俺睨まれてる側だから!! ……ねぇ!? すごい罵倒メッセージが立て続けに来るんだけど!?」

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