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第31話「しばらく帰してあげられなくなると思うけど……」(※)

「ただいまぁー」


 家に入り、そう声を出すと、家の奥からお母さんが姿を現す。そして私たちの姿を見て、大きく目を見開いた。


「ふわり! やっぱり雨に降られて……って、後ろの子は?」

「あ、この人は……えっと、大学で、一緒の人で。一緒に雨に降られちゃったから……お母さんごめんね、タオル貰ってもいい? 二人分」

「あ、ああ、そうね。そのままだと風邪引いちゃうし……」


 私とゆいくんの関係、どう言えばいいんだろうと迷って、とりあえずそんな感じで濁しておく。タオルが欲しいと言うと、お母さんは慌てたように奥に引っ込んでいった。

 そして戻ってきたお母さんからタオルを受け取り、私たちはそれぞれ髪やら体やらを軽く拭く。幸いにも雨が降り始めてすぐ階段下に行ったから、服の中まではそこまで濡れていなかった。ちなみに帰りは私のバッグの奥底に横たわっていた折り畳み傘で帰って来たので、持っててラッキーだったなぁ。


「大丈夫ふわり? タオル足りる?」

「うん、大丈夫だよ~」

「使い終わったら洗濯出しといてね。……で、ふわり。悪いんだけど、お母さんちょっと出ないといけなくなっちゃったから、留守番頼める?」

「分かった~。遅くなる?」

「うーん、分かんないけど、帰る時に連絡するわ」

「はーい」


 そっか、お母さん、出かけるんだ……。


「えっと、何もない家だけど、ゆっくりしていってね」

「あ、はい……ありがとうございます」


 お母さんはゆいくんにそう声を掛けると、慌ただしく家を出て行ってしまった。そして玄関に取り残される、私とゆいくん。


「……ふわりのお母さん、なんというか……しっかりした人だね」

「うん、お母さんはバリバリ働くキャリアウーマンでね~、すっごくカッコいいんだよ!! ……今行ったのも、たぶん仕事じゃないかなぁ。今日はお休みだったはずなんだけどね」

「……ふわりの家族って、皆ふわりみたいにふわふわしてると思ってた」

「うーん、お母さんはびしっ!! って感じだから絶対違うけど、お父さんは結構ふわふわ~ってしてる人だよ~。穏やかで優しいんだよね」


 海外出張によく行ってるから、あんまり会えないんだけどね。と私は続ける。へぇ、とゆいくんが返事をして。


「……ねぇ、ゆいくん」

「……何?」

「……二人っきりに、なっちゃったね」


 私がそう言うと、隣でゆいくんが微かに肩を震わすのが分かる。その横顔を見上げると、ゆいくんの瞳がふるふると微かに震えていて、頬を染める赤色は、ゆいくんが緊張と期待をしていることをこんなにも物語っていた。


「ゆいくん、おいで」


 私がそう言って手を差し出すと、ゆいくんはこちらを見つめる。そしてそろりと手を乗せてくる。一緒に靴を脱いで、家の中に上がった。


 私はそのまま手を引き続けて、ゆいくんを二階の自室の前まで連れてくる。小学生の時の図工の時間で作った「ふわり」というネームプレートが、扉の中心で存在感を示していた。

 そこで私は、私の手を握ってくれているゆいくんの手に自分のもう片方の手を重ね、両手で包み込むように握る。そしてゆいくんの顔を見上げた。


「……ふわり……?」

「……ゆいくん。ここに入ったら、しばらく帰してあげられなくなると思うけど……それでも、いい?」


 帰るなら今だよ。と私は告げる。ゆいくんはしばらくそんな私の顔を見つめ……もう片方の手を乗せて、握り返してくれた。

 そして、小さく頷く。それを見た私は思わず微笑んで、部屋の中にゆいくんを引き入れた。





「……なんか、ふわりらしい部屋だね。ふわふわなものが、いっぱいある」

「うん、良く言われる。やっぱり、ふわふわなものに囲まれると幸せなんだよね~」


 私に言われてベッドに腰かけたゆいくんは、部屋をぐるりと見回すとそんな感想を言ってくれる。

 私の部屋に来たことがある友達は、皆大体同じことを言うんだよね~。やっぱりお部屋もふわふわでいっぱいなんだね。むしろいつも以上じゃない? などなど……。


 まあ、外では少し自重してるところがあるから、自分の空間くらいは自由にしちゃっていいよね!! ……ということで、本当に自由にしている。ふわふわのルームマット、ふわふわのお布団に枕に、ふわふわのぬいぐるみたち!! ここは私の夢の空間なのだ。

 ……そんなところにゆいくんが来てくれたのは、本当に……すごく嬉しいな。


「転んでも痛くなさそうだね」

「それがね……案外痛いよ」

「……転んだことあるんだ」

「少々片付けが苦手なもので……床に物置いちゃうこと多いし」


 物もぽいぽい買っちゃうタイプだから、ぬいぐるみも本当にいっぱいで……!! だから今もこうして、床もベッドも沢山のぬいぐるみにスペースを取られちゃってるし。


「確かに……ぬいぐるみとか、そこら中にあるもんね」

「……落ち着かない?」

「……ちょっと、見られてるみたいで、緊張する……かも」


 その言葉に、私は小さく笑う。そしてベッドから立ち上がり、こっちを向いているぬいぐるみたちを軒並み方向転換させてみる。……うん、これで平気かな。


 ベッドに戻り、ゆいくんの隣に腰かける。ゆいくんは頬を微かに赤く染めながら、私を見つめていた。


「……ありがとう」

「うん。……ゆいくん、触っていい?」

「……うん、触って」


 私の問いかけに、ゆいくんはそう答える。その許可を皮切りに、私はゆいくんをベッドに押し倒した。

 ぽすん、とゆいくんの体をふわふわのスプリング入りマットレスが受け止めて、その体が微かに跳ねる。私は彼とベッドを挟むように手をついて、その顔を見下ろした。


「……ふわり……」

「ゆいくん、ちゅーしていい?」

「ちゅっ……んんっ……い、いいよ……」


 ゆいくんが顔を真っ赤にしながらも許可をしてくれたので、その左頬に手を添えて、顔を近づけようとしたけれど……。


「あ、でもその前に」

「……?」


 ちゅーに備えていたのだろう。目を閉じていたゆいくんは、私のその声に目を開く。私は彼の瞳を真っ直ぐに見つめながら、告げた。


「タイミングおかしいかもしれないけど……惟斗くん、私は貴方が好きです。私と、付き合ってください」


 こういうことはちゃんとしとかないと!! と思ったからだ。さっきだってお母さんに、ゆいくんとの関係をどう言えばいいか分からなかったし。

 ゆいくんは驚いたように目を見開き、ぽかーんとしていたけれど……すぐに、ふふっ、と吹き出すように笑い始める。


「本当に、タイミング……。体勢もなんかあれだし……」

「うっ、だ、だって、今思い出したんだもん!!」

「ふふっ……うん、まあ俺もちゃんとやってなかったし。……俺もふわりのことが好きです。だからこちらこそ、よろしくお願いします」


 そう言うと、ゆいくんは……ふわ、と、笑った。

 本当に嬉しそうで、幸せそうな……そんな、ふわふわな顔。また見られたことを嬉しく思う一方……ぞく、と、込み上げてくる衝動がある。


 ああ、ゆいくん……かわいい。


「……んっ、んんっ……」

「……っ……」


 その衝動に従って、私はゆいくんに唇を重ねた。至近距離で見るゆいくんも……本当にかわいくて。

 目を閉じて、ふるふると睫毛が微かに揺れている。向きを変えて何度もキスをしてあげると、その度に気持ち良さそうに吐息を漏らしているのも……すっごくかわいい。


「……ゆいくん……」

「……ん……?」

「……かわいい」

「っ……!?」


 私がそう伝えると、ゆいくんが驚いたように息を呑む。でも再び唇を合わせると、その驚きは瞳の中にどろりと溢れる熱に溶けて消えてしまった。


 しばらく合わせるだけのキスを続けていたけれど、それだけじゃ味気ないかなと思い直す。……えーっと、小説とかでよくある方法だと……。


「……んっ……!?」


 唇を割るように舌を入れると、ゆいくんの体がびくっと跳ねる。これは好感触だと悟った私は、舌を動かしてゆいくんの良さそうなところを探った。

 ちゅ、ちゅ、と舌を動かすたびに耳の奥にそんな音が響く。ゆいくんは気持ち良さそうに唇の隙間から声を出していて、そのたびに頭がくらくらして、熱に溺れてしまいそうで、でも飲まれちゃいけないと理性を保ち続けた。


「ふっ……ぅ、んぅっ……」

「……ん、ゆいくん、きもちい……?」

「はぁっ……ぁ、っ、うん、きもち、い……」


 一度唇を離して問いかけると、とろん、とした瞳でゆいくんが答える。良かった、と私は笑って。

 ……ちょっと探ってみた感じ、やっぱりゆいくん……私にされるなら、なんでも好きって感じがするな。


 かわいい、と呟く。するとゆいくんは少しだけ嬉しそうな顔をするから、これも好きなんだなぁ、と思って、余計に愛おしさが増してしまった。

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