第30話「ふわふわじゃなくても、いいよ」
「……ふわり」
名前を呼ばれて、びくっ、と肩を震わせる。相変わらず、顔を見ることは出来ない。
「……さっきの話の続きだけど、俺と……縁を切りたいってこと? ……どうして?」
「……」
私は、答えられない。だって、こんなこと言えない。……ゆいくんに、抱いちゃいけない思いを抱いているから。だから離れないといけない、なんて……。
……そんなの、ゆいくんに幻滅される……!!
心の中で叫んで、思わずはっとなる。……私、ゆいくんにどう思われるかを気にしていたの? この期に及んで?
思わず唇を噛み占める。本当に私は……どこまで自分勝手なんだろう。
私はゆいくんの方に体を向ける。そしてようやく顔を上げると、ゆいくんを見つめた。
ゆいくんは相変わらず、どこか悲しそうな顔をしていた。……私に避けられて、そんな顔になってしまったの? ……ありがとう、少なからず、私に好意を寄せてくれて。
……その綺麗な気持ちに、同じような綺麗な気持ちを返せなくて、本当にごめんね。
「……ゆいくん、私、前撫でた時……耳に触っちゃったの、覚えてる?」
「え? ああ……うん」
「……まずは、いいよって言われてないところを勝手に触っちゃって、ごめんなさい」
「あ、うん……。……別に俺は、触ってもらっても別に……」
「私、もう髪だけじゃ満足できないの」
私の言葉に、何かを言いかけていたゆいくんは口を閉ざす。
私はやっぱりゆいくんを見ていられなくて、再び俯いた。
「ゆいくんの髪をふわふわするだけじゃ、もう満足できないの。……もっとゆいくんに触りたいって思ってる。耳も、ほっぺたも、首とかも……ゆいくんに触りたい。そう、思っちゃうようになったの」
「……」
「私ね……ゆいくんのこと、好きなんだ。好きだから、沢山触りたいって、思っちゃうんだ。……でも、それはきっと、ゆいくんのことを傷つける。たぶん私、ゆいくんの意思を無視して触るようになっちゃう。……そうしたら私、自分で自分のことを許せないから……だから、避けるようにしたの。……ゆいくん、柚葵さんと一緒に旅に出るんでしょ? ……それまで上手く避けられたら、きっとゆいくんを傷つけないと思って……」
……言ってから、違うなと気づいた。私は、ゆいくんを守りたかったわけじゃない。ううん、それも、嘘じゃないけど……。
一番は、そうやって自分勝手な気持ちが暴走して、ゆいくんに嫌われてしまうのが……怖かっただけだ。だからゆいくんのためとか言っておきながら、私に避けられるゆいくんの気持ちを考えもしなかった。
本当に私……駄目駄目だな。
「……友達にこんなふわふわじゃない思いを持たれたら、ゆいくんも嫌でしょ? でも……何も言わずに離れようとしたことは、ごめんなさい。私、もうゆいくんとは関わらないようにするから……だから、さよならしよう」
私はそう言って顔を上げ、ゆいくんを見つめる。……そして、思わず目を見開いた。
……ゆいくんは、顔を真っ赤にしていたから。
その表情の意味が分からなくて、思わず少しフリーズしてしまう。なんでそんな、照れたような……嬉しそうな顔を、しているんだろう。
「……ふわりさん」
「……はい」
「……あの、俺のことが好きって……その、恋愛的に好き……ってことでしょうか……」
「……う、うん」
言われてから、気づく。そういえば私、どさくさに紛れて告白しちゃったような!? ……は、恥ずかしい……。
でも撤回するのも違うな、と思い、私は素直に頷く。するとゆいくんは恥ずかしそうに目を反らしてしまった。なんか……なんか、分かってしまう。これ、好感触なんじゃないかって。
で、でも、そんなことある? だって私……こんな気持ち、打ち明けちゃったのに……。
「……ごめん、あの、すげぇ……嬉しい」
「……!」
「ふわり、俺……」
ゆいくんはそこまで言いかけてから、少しだけ俯いたり、天を仰いだり、とにかく言い淀んでいたみたいだけど……やがて意を決したように、私を見つめる。
「俺……ッ、ふわりに、その……触って……ほしい……」
「……え?」
「ふわりに耳、触られた時も、俺……全然、嫌じゃなかったから……。むしろ、もっと触ってほしいっていうか……俺は、今の話を聞いて……じゃあ、そうされたいなって、そう思いました……はい……」
私はぽかーんとそれを聞いていた。
嫌じゃない? むしろ、触ってほしい? そうされたい?
「ゆ、ゆいくん、私に気を遣わなくていいんだよ……? そんな、無理しないで……」
「っ、無理なんてしてないっ。俺は……ふわりに、頭を撫でてもらうと……すごく、気持ち良くなって。……いつまでも、触ってほしいって、ずっと思ってた。でもふわりと同じだよ。そんなこと言えなかった。……それは友達の範疇を、超えると思ったから……」
ドッ、ドッ、と、耳元で心臓が大きく鳴り響いている。
なんか、なんかそれって……。
「──俺も、ふわりのことが好きだよ。好きだから……触ってほしい」
「……ッ……!!」
ぶわ、と顔に熱が溜まるのが分かる。わー、わー、と、頭の中があっという間にパニックになった。
ゆいくんが、好き? 私のことを?
「か、体目当て……」
「っ、そ、それを言うならふわりもでしょ!!」
「うっ、ご、ごめんなさいぃ……」
「……確かに、そういうことも……したいですけど、でも俺は、ふわりの心も欲しいよ」
ふわりは? と聞かれる。そんなの……決まりきったことだ。
「……っ、私も……私も、ゆいくんの心も体も、全部欲しい……!!」
そう言ったら、涙が溢れ出てきてしまう。考えていたような結果にはならなかった。それどころか……私にとって、すごく都合のいい展開になってしまって。それが、とても苦しい。
「でも、いいの? 私、この気持ちは、ふわふわじゃないのに。きっとゆいくんのこと、傷つけちゃうのに」
「……ふわふわじゃなくても、いいよ。その気持ちに、傷つけられたっていい。……ただ、俺は、ふわりと居たい。……それに、それがトゲトゲした気持ちなら……俺がふわふわな気持ちで包むよ。だから、安心して」
「……!」
目を見開く。ふわふわで、包んでくれる……。
……どうしよう、こんな気持ちを持っているのに、ゆいくんは受け入れてくれて、包むと言ってくれて……。
「……私、ゆいくんのこと、好きでいてもいいの……?」
「もちろん。むしろ……嬉しいから、好きでいてほしいな」
私の問いかけに、ゆいくんは優しく笑う。本当に……本当に嬉しい。
本当にいいのかな? って気持ちもある。でも、ゆいくんが許してくれるのなら、私は……!!
ぽろぽろと涙が止まらない。肩でしゃくりあげて、手の甲で拭う。ゆいくんはそんな私を見つめて……両腕を少し遠慮気味に広げた。
「……ふわり、抱きしめても、いい?」
ゆいくんにそう問いかけられ、私は迷わず頷く。そして抱きしめられるのを待たずに抱き付きに行くと、わっ、とゆいくんは小さく悲鳴を上げ……それから優しく、抱きしめ返してくれた。
しばらくそうやってぎゅ~ってして、やっぱりゆいくんの体、すごくふわふわだぁ、と再認識する。初めてぶつかった時から思ってたけど、やっぱりゆいくん、適度に鍛えていい筋肉がついてて、それがいい感じにクッションになってるみたい!! ふわふわ~……幸せ……。
「……ん、っ、ふ、ふわり」
「……あれっ」
名前を呼ばれ、私は顔を上げる。……気づけば私は、ゆいくんの胸元やお腹辺りをぺたぺたと触っていた。ひぇっ、と一気に体中の熱が引いていくのが分かる。
ば……バカバカバカ~っ!! あんなに勝手に触ったことを自分で責めてたのに、性懲りもなく私は勝手に触って……!! いや、ゆいくんの表情を見るに、嫌がられてはないっていうか、むしろふわふわした顔をしてるから、いいのかもしれないけど……いや良くないよ!! 許可なく触っちゃ駄目だよ!!
「ゆ、ゆいくん、ごめんなさい……」
「や、あの……。……もっと触ってほしいから、大丈夫……」
私が謝ると、ゆいくんはガバーッと抱き付いて来て、そして耳元で小さくそう言ってくる。はわわ、と呟いてしまったかもしれない。
ゆいくん……やっぱり、本当に、かわいい。
私はゆいくんの背中に手を回す。そして言われるがまま、その背中を指先でつぅ、と撫でて。んぅ、と耳元でゆいくんが小さく声をあげて、私の中のふわふわじゃない気持ちが、音を立てて暴れる。
……でも、ゆいくんに許可を貰ったんだから、もう我慢する必要、ない……?
そう思って、私は指を進めようとしたけれど。
「ふ、ふわり、ここ、外……っ」
「……あ」
すっかり忘れていた。そういえばここは、大学の敷地内。確かに人は少ないけど、いないわけじゃないし……。
……。
「……ゆいくん、私の家、ここから近いんだけど……来る?」
「……え……」
「その……服とか、通り雨で、濡れちゃったでしょ……?」
タオルとか貸すから、と続ける。
ドッ、ドッ、と心臓の音が相変わらずうるさい。すぐ傍ではざーざーと依然として雨が降り続いていて。
私は、ゆいくんからの返事を待っていた。
「…………………………うん」
しばらく黙った後、ゆいくんが小さくそう呟き、頷く。
真っ赤になった顔が、私の言葉の意図をゆいくんがちゃんと理解しているということを、物語っていた。




