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ふわめで!~ふわりちゃんは今日も御曹司をふわふわ愛でる。~  作者: 秋野凛花
1「西園寺くんのそのふわふわの髪、撫でさせてください……!!」
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第3話「……もっと、撫でて、もらっても、いいかな」

 二人で走って、辿り着いたのは食堂。5限は終わっている時間かつ今日は食堂がお休みということもあり、いつも賑わっているはずのここは、珍しく誰もいなかった。


「ありがとうございました!! それで、ごめんなさい。お話の途中だったのに割り込んじゃって……」

「ううん、大丈夫。むしろ割り込んでもらって助かったというか……それより、怪我はなかった? 蜂もそうだけど、急に腕掴んじゃったから」

「それは全然大丈夫ですっ!! ピンピンしてますっ!!」


 そう言って私が腕を振ると、西園寺くんは安堵したように微笑む。やっぱり綺麗な笑顔だ~、と見惚れて。

 ……綺麗……なんだけど、なんだろう。ちょっと違和感があるっていうか……。うーん、なんて言ったらいいのかな。心の底から、笑ってないっていうか……。


 だって、笑う時ってもっと……ふにゃ、っていうか、ふわっ、っていうか、そういう感じじゃない? でも西園寺くんは……ぴしっ、って……まるで、決められた型に沿って顔を動かしてるみたいで……。


「……俺の顔に、何かついてる?」

「えっ、あっ、いえ!! ごめんなさい、ジロジロ見ちゃって!!」


 すると西園寺くんは少し困ったように眉をひそめ、そう尋ねてくるので、私は慌てて否定し謝る。考え事をしていたとはいえ、じっと見ちゃって、失礼だったよね……!!

 言われるがまま、私は西園寺くんから目を反らす。すると当たり前だけど、西園寺くんが今どんな表情をしているのか、分からなくて。……不便だな、と思って、結局視線を戻してしまった。


「……あの、西園寺くんは、どうしてあの人に怒られていたんですか?」


 そしてただ見ているだけだと失礼なままだと思うから、そう話題を投げかけてみる。話している人の目を見るのは、不自然なことじゃないからね!!


 私の問いかけに、見てたんだ、と彼は、やはりどこか困ったように笑う。そして少し考えるような素振りを見せてから、口を開いた。


「俺にも、よく分からないんだけど。……あの人の恋人が、その……俺のことを、好きになっちゃったみたいで。それで、逆恨みされちゃったみたいなんだ」

「……へぇ……」


 そういえばあの時、あの人、サンゴ……とか、人の名前を言っていた気がする。それが……恋人さんの名前だったのかな。


「……それは……悲しいですね」

「……うん、そうだね」


 悲しい。そう思う。……大好きな恋人さんの気持ちが離れてしまったと感じたあの人も……それを受け止めることになってしまった西園寺くんも。


「……西園寺くんは、大丈夫ですか?」

「俺? ……俺は大丈夫だよ。どう言うべきか……分からなかったけど、君が割り込んでくれたから、思ったより話が長引かなかったし」


 いや、それもそうなんだけど、そういうことじゃなくて。と私は首を横に振ろうとした。だけどそれより早く、彼が言葉を発する。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。……って言っても、君は俺の名前を知ってるみたいだけど。……俺は西園寺惟斗。君は?」

「あ、不破ふわりです」

「……そっか、不破さん。助けてもらったお礼がしたいんだけど、何か希望はある?」

「え!? そんな、お礼なんて!! 私はただ、蜂から逃げただけで、というか、お礼をするのはこっちの方なんじゃ……!!」

「ううん。後腐れとか残したくないし……常識の範囲内なら、なんでもするから」


 その言葉に、私は思わず動きを止める。……なんでも……?


 常識の範囲内、という言葉は、聞こえてはいたけれど、「なんでも」という言葉のインパクトが強くて、少しだけ認識が遅れてしまったんだと思う。それならば!! と私はすぐに口を開いて。



「だったら……西園寺くんのそのふわふわの髪、撫でさせてください……!!」



「……ん????」


 西園寺くんが綺麗な笑顔で聞き返してくる。


 迷わずすぐに欲望を曝け出した私は、その反応でハッとなる。そ、そうだ、下手したらセクハラになるからって、綺羅ちゃんから止められたのに……!!


「あっ、あのっ、私っ、この名前の通り、ふわふわなものが大好きでして!! それで、西園寺くんの髪、いっつもふわふわで触ってみたいなって思ってて!! あれ!? 言っちゃ駄目なこと言ってる気がする!? ごっ、ごめんなさいっ!!」


 焦るあまり、余計なことを言った気がする。こういう時は~……きゅっ! と! お口チャック!!

 だらだらと冷や汗が流れ、私が何も言わなくなったので訪れる沈黙。そんな中でもやっぱり西園寺くんの髪の毛はふわふわです……最高……。


「……まあ、髪を触るだけなら、別に……」

「え!? 本当ですか!?!?!?!?!?」

「わっ、すごい食い気味……」


 まさかの前向きな返答に、私は思わず身を乗り出す。すると少しだけその綺麗な笑顔が引きつったので、私は慌てて一歩引いた。

 この絶好の機会、やっぱ嫌だと言われたら惜しい!!!!


「そ、それじゃあ失礼して……!!」

「う、うん、どうぞ」


 私は緊張で震える右手を必死に操りながら、彼の頭に手を伸ばす。私が撫でやすくなるようにしてくれるためか、彼は少し中腰になってくれて。


 ──ぽふ、と、手が触れた。


 はわわわわわ、と感動で声が出そうになるのを、理性で留める。いや、抑えられていなかったかもしれない、は、くらいは出ちゃったかもしれない。それくらい……西園寺くんの髪は、想像通り。ほんっとうにふわふわだった!!


 初夏の真っただ中だというのに、全くベタベタしていない。爽やかな風が通るふわふわな髪!! 私が手の平を押し付けると、柔らかく受け止めてくれて、手を離すとぽよーんと軽く跳ねる。ウサギを撫でるみたいに優しく右へ、左へ動かすと、本当にふわふわで、幸せで……。


「んっ……」


 西園寺くんの声も、髪とおんなじくらいなんだかふわふわになって……って、え?


 私は思わず手を止める。西園寺くんが小さく震えているのを感じ取ったからだった。


「さ、西園寺くん? ごめんなさいっ、痛かったですか?」


 そんな、痛くなるような触り方はしてなかった気がするけど……と思いながら尋ねる。


 すると西園寺くんは、中腰になるのをやめてしまった。そして、何故か真っ赤になった顔で……右手を自分の頭に乗せる。右に、左に、とその手を動かして、まるで自分で自分のことを褒めているようだった。何をしているんだろう? と首を傾げると、彼も同様に首を傾げていて。


「……不破、さん」

「は、はい」

「……その。……もっと、撫でて、もらっても、いいかな」

「……よ、よろこんで?」


 耳まで真っ赤にし、詰まるような声で懇願してくる彼に、私は首を傾げすぎて直角定規にでもなってしまいそうだった。何を言ってるか私にも分からない。それくらい戸惑ってると思ってほしい。


 西園寺くんは中腰になるのを諦めたらしく、近くの椅子に座る。私もその隣に座ると、彼は私に頭を差し出した。……とりあえずさっきみたいに撫でればいいんだよね? と、私は彼の頭に手を乗せた。


 もちろん、西園寺くんの髪ふわふわ~!! 手が幸せ~!! 心も幸せ~!! ……と堪能してもいいんだろうけど、今は彼の反応の方が気になる。だって、もっと撫でてほしいと言われるなんて、思ってなかったから。


「……ん……」


 座って目線を合わせると、撫でられている間の彼の表情がよく見える。……ふわふわな顔をしていた。

 さっきまでの綺麗すぎる笑顔は、もうどこにもない。起きてすぐに浴びる朝日みたいな、焼きたての食パンの上に乗せたバターみたいな……ふわふわで、とろとろな、そんな顔をしていた。


 反射的に声が出そうになるのを堪える。よく堪えられたな、なんて感心してしまって。……はわわわわ、という声は、心の中に留めておいた。


 私は黙って、西園寺くんの頭を撫で続ける。だからこの場には、私の手と西園寺くんの髪が擦れる微かな音と、西園寺くんが小さく漏らす声だけが、静かに私の耳に届いていた。


 ……気持ち良さそう。気持ちが良いのかな。なんて思う。するとそれを裏付けるように、徐々に彼の体がこちらに寄って来た。それはまるで私の中に、私の手の中に納まりに来ているかのようで。そう思った私は、撫でていない方の手で彼の背中に手を回す。背中も優しく撫で、時折ぽんぽんと叩いてあげると、それにも小さく声を漏らしていた。


 あれ、これ、抱きしめてない? と気づいたのは少ししてからで。この前の女の子にまた怒られそう……。というか、いつまでこうしていたらいいんだろう。いや私はすごい幸せだからいいんだけど。西園寺くんは……?


 なんか、なんだろう。このままだと良くない気がする。と焦燥感に駆られた私は、撫でる手を止めた。

 するとすぐに、西園寺くんは顔を上げる。その顔は、やめちゃうの? とでも言うような、悲しそうな表情があって……。はわ、とまた声が出そうになった。


 そんな顔を、されてしまったら。私は反射的に動きかけた手に力を籠め、自制の意味を込め、叫ぶ。


「こっ、これ以上は!! なんか、えっと、良くないと思いますっ!!」

「……あっ……」


 私が叫ぶと、西園寺くんは再び顔を真っ赤にした。そして慌てたように椅子ごと私から離れると……口を手で抑えながら、驚いたように私を見つめて。


「ご……ごめんっ、俺、何やって。ッ、か、帰るね。それじゃあ、また……」


 焦ったように気持ちを口走り、勢い良く立ち上がる。乱雑に引かれた椅子を机に収めることもなく、彼は私に別れを告げて走り去っていってしまった。


 一方私は、その場から動くことが出来なかった。

 手の中に残るのは、ふわふわな髪の感触。目の奥に残るのは……ふわふわとした、西園寺くんの表情。


 ──もっと、触ってたかった。

 ──もっと、あの顔を見ていたかったな……。


「え……えぇ……????」


 何、これ。むかむか? ざわざわ? ……ううん。どれも違う。どう形容すればいいか分からない感情が、胸の中で暴れてる!!


「こ、これ、なぁに……!?」


 私は椅子の上で蹲りながら、思ったことをそのまま吐き出す。でも当然、答えてくれる人は誰もいそうになかった。


 一つ分かるのは……やっぱり西園寺くんの髪はふわふわだった!! もっと、もっと触りたーーーーいっ!!!!

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