第28話「決着をつけてきなさい」
夏休み前最後の授業日になってしまった。
本当なら今日は授業もないし、大学に足を運ぶ理由はないのだが……インターネットが発達した現代では珍しく、書いたレポートは紙に印刷して提出しに来い、というスタイルの課題があったのだ。だからわざわざこうして大学に来ている。後は……まあ、家にいるのはそこまで好きではないので、家を出る大義名分が出来て良かったというか。
……そして何より、彼女に会えないかと思ったのだ。
数日前からのことだった。ふわりから、返事が来ない。
初めは、疲れているから返信する気力もないのかなと予想していた。宝船さんと笑原さんから、ふわりに元気がないと聞いていたわけだし。
でもなんとなく予感があって、宝船さんと笑原さんに連絡をしてみたところ(ふわりの件で無理矢理三人のグループを作らされた)、「私たちには普通にメッセージ返って来てるけど」とのこと。
つまり、俺のメッセージだけ意図的に無視されていると言っても過言ではないのだろう。
何かしてしまったのだろうか、と連日考え続けた。知らずのうちに、ふわりのことを怒らせてしまったのかもしれない。心当たりは本当に無いのだけれど、もしそうなら理由を聞いて、誠心誠意謝りたい。
だから謝るためには会わないといけないんだけど、連絡は付かないし、大学に行ってもふわりの姿を見かけない。
うん、詰んでいた。
課題も提出し終わったわけだし、この後はどうするか……とスマホを見ながら考えていると、メッセージ通知が画面上部に現れる。一瞬期待をしたが、メッセージの送り主は笑原さんだった。
『今日大学に来てたら、いつもの場所に来てね~』
いつもの場所って、あの人気のない小道のことだろうか。そんな言うほど「いつも」会ったことあったっけ……。
と考えてると、今度は宝船さんから追いメッセージが来た。
『大学来てないなら、今から来なさい』
……いや、来てるからいいんだけどさ……。
というわけで、人気のない駐輪場までの小道──もとい、いつもの場所まで辿り着く。予想通り、宝船さんと笑原さんは既にそこにいた。
「お疲れ~」
「来てたってことは、あんたも今時直接提出しなきゃならないの? の課題提出?」
「……二人もそれで来た感じ?」
「まあねー」
同じ学部に所属しているわけだし、そういうこともあるか。そして今時直接提出しなきゃならないのか、という感想は共通のものらしい。
そんな世間話もそこそこに、宝船さんは右手に持ったスマホを軽く振った。
「で、呼び出したのはたぶんあんたの予想通り、ふわりのことよ」
「……だよね」
「じゃあまずは西園寺惟斗、スマホを出しなさい」
「え、取られる……?」
「取らないわよ。ちょっと確認したいことがあるだけ」
相変わらず言い方がヤンキーのそれだったので、思わずツッコミを入れてしまう。宝船さんは不満げにそう言い返すと、左手を差し出してきた。俺は少し嫌だなぁ、と思いつつ、大人しくスマホを渡す。
ロック外して、と言われるがまま画面のロックを外し、宝船さんは勝手に俺のメッセージアプリを開いた。
「ちょ、か、勝手に見ないでよ」
「安心しなさい、あんたが誰とどんなやり取りをしてるかなんて興味ないから」
「いやっ、そ、そうだとしても、プライバシー!!」
俺は文句を言うが、宝船さんはどこ吹く風だった。あっという間に素早く何かを操作すると、あちゃー、と呟く。
「あんた、ふわりにブロックされてるわね」
「……え?」
宝船さんの言葉に、俺は思わず固まってしまう。
ブロックって……つまりそれは、メッセージの受け取りを拒否されてるってことで……。
「え、それ分かるの?」
「非公式の裏技みたいなものだけど、まあ90%くらい正確だと思うわよ。……それにしても、もう数日間既読が付いてないんでしょ? あんたとしても、薄々そうなんじゃないかと思ってたんじゃない?」
「……」
宝船さんの言う通りだ。ふわりは割とすぐに返信をしてくれるタイプだし……いくら元気がないとはいえ、返信がここまで滞ることはない、と思う。むしろ、人に心配を掛けないためにこまめに返信するような印象だ。
……だから、俺に返信が来ないのは……もう俺とメッセージを交わす気がないと、そう遮断されているんじゃないかと……薄々、予想はしていた。
「西園寺惟斗、本当に何したの~?」
「ふわりにブロックされるってよっぽどよ。……本当に心当たりないわけ?」
「……」
二人からの問いかけに、俺は首を横に振る。本当に、本当に心当たりがない。
「……心当たりはないけど……もし俺の知らないところで何か、ふわりを怒らせるようなことをしてしまったのなら……謝りたい、って、思ってる。……でも、連絡も付かないんじゃどうしようもなくて……」
「……」
「……」
俺のその言葉に、二人は顔を見合わせる。
……正直、期待をしていた。二人はふわりと連絡がつく。どうやら普通に話しているみたいだし。……でも俺は、もうどうしようもない。連絡も付かないし、大学に行ってもふわりと会えない。……八方塞がりだ。
俺は……ふわりのことが好きだし、一緒に居て楽しいと思ってるし、出来れば……これからも一緒に居たいと思っている。もしふわりが、もうそう思っていないのなら……それは仕方のないことなのかもしれないけど。
本当にそうなら、せめて、納得する形で終わらせてほしいのだ。自分勝手な言い分かもしれないけど、このままじゃ割り切れない。諦められないんだ。
「……宝船さん、笑原さん……俺をふわりと繋げてもらうことは、出来ないかな……?」
お願いします、と頭を下げる。だから二人の表情は見えなくて。
でも俺は、信じるしかなかった。
「……西園寺惟斗、顔を上げなさい」
宝船さんの声が頭上から響き、俺は言われた通り顔を上げる。
「……私たちも連絡は付くけど、もう数日くらい、ふわりとは会ってないの」
「……え……」
「全く外に出てないみたい。体調不良で、テストとかも全部オンラインで受けてるって……今日の課題も、私たちがふわりの家まで取りに行って、それで出してきてあげたんだ」
「でも取りに行った時も、ふわりは顔を見せてくれなかった。……お母さんが対応してくれたんだけど、本当に今は必要最低限しか起き上がってこないみたいよ」
「まあ私たちが遊びに誘っても、今は気分じゃないからごめんねって全部断られたしね~」
「……」
本当に、そこまで元気がないのか。……俺は無意識のうちに、一体どんなことをしてしまったんだ。心当たりがないのが、本当に不甲斐なかった。
そしてそういう状況なら、二人にふわりと繋げてもらうことは出来ない……か。
「……でも、どうにかこうにか外に連れ出してあげるわ。上手くいくかは分からないけどね」
「……えっ」
「えっ、って……ふわりと話したいんでしょ?」
「いや、話したいけど……」
どうにかこうにか、と、そんな頑張ってくれるのが意外だっただけだ。だって二人は、あまり俺のことを良く思ってないだろうし。
戸惑う俺に、二人は苦笑いを浮かべる。
「本当にあんたが原因なら、あんたと決着が付いたらいつものふわふわりに戻ってくれると思うからね」
「だから、あんたのためじゃない。ふわりのためだから」
決着をつけてきなさい。と二人に言われる。……まあ、ふわりのためだとしても……俺は、その機会を二人から貰えることが、嬉しかった。
「……宝船さん、笑原さん。……本当に、ありがとう……!」
俺は笑ってお礼を言う。すると二人は少しだけ驚いたように目を見開いて。
「い、言っておくけど、絶対上手くいくかは分からないんだからね」
「そ……そうそう、あんまり期待されすぎても困るから」
「それでも……ありがとう」
「……ちょっと、そのイケメンオーラ、しまってくれない? うっかりやられそうになるから!!」
「……何の話?」




