表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/61

第26話「それは、どういう意図で言ってるの?」

 柚葵さんの家の前までやって来る。……家から出て、よくこんな立派な家を建てたな、なんて考えながら。


 でも、と思い出す。──柚葵さんは昔から、よく夢を語る人だった。



 ──私はいつかこの家を出て、自由に生きていくんだ。

 ──南條なんじょうって名前に縛られて生きるのは、もうウンザリ。

 ──色んなところに行って、写真を撮って回るよ。そうしたら惟斗、アンタにも見せてあげる。



 昨日のことのように思い出せる。十年前の記憶なんて朧気なものが多いけれど、何度も口酸っぱく言われたからだろうか。柚葵さんのその声は、容易に思い出すことが出来た。

 他にも色々語って気がする。好きなだけスイーツを食べるんだ、とか、素敵なお嫁さんになるんだ、とか、自力で大豪邸を建てるんだ、とか……。今思い出すとほとんど叶えているんだから、本当にすごい行動力だと思う。


 俺は……柚葵さんみたいに堂々と夢を語れたことなんてない。行動力も、本当に全然ないし。だから……俺は少し、柚葵さんに憧れている。まあ、本人には絶対言いたくないけど。


 そんなことを考えながら、俺はインターホンを押す。ぴんぽーんと音が鳴り、どたばたと中から盛大な音がした。


「惟斗!! いらっしゃい、早かったね~」

「……どうも」


 テンション高く扉を開けた柚葵さんに、俺はそれだけ返す。入って入って、と背後に回られたのち背中を押されたので、促されるまま俺は家の中に入った。

 そして昨日ふわりがいた部屋と同じ部屋に通される。ごめんね~、夫は今いないからスイーツもないの。と柚葵さんが告げ、別にそれ目的で来たわけじゃないし……と俺は返す。


 アップルジュースを出され、俺はお礼を言うとそれを口に含んだ。


「で、惟斗から連絡なんて珍しいじゃん? どうしたの?」

「……あー……」


 柚葵さんは紅茶を片手に身を乗り出してそう尋ねてくる。俺はコップを机の上に戻してから、口を開いた。


「……実は、今日大学で……ふわりに元気がないって、ふわりの友達から聞いて。昨日何かあったんじゃないかってすごく心配してたから、柚葵さんは何か知らないかと思って……ほら、柚葵さん、昨日ふわりと話してたし……」

「ふわりちゃんが? ……んー……」


 俺の問いかけに、柚葵さんもティーカップを机の上に置く。そして真剣な顔で熟考し始めて。


 アップルジュースを飲みながら答えを待っていると、天井を仰いでいた柚葵さんが勢い良くこちらを見つめた。


「……申し訳ないけど、私に心当たりはないかな」

「……そう」

「というか私は、ちゃんとふわりちゃんと話したのは昨日が初めてだし……正直、元気がなかったとしてもよく分からないかもしれないね。まあふわりちゃん、私の目にはすごく元気に見えたけど……」

「……そうだね。それもそうか」

「あんたが何かしたんじゃなくて?」

「……それ、ふわりの友達にも聞かれた」


 なんで何でもかんでも俺に視線が向くのだろう。


 宝船さんと笑原さんに返したのと同じように、何もしてない……と思う。と、歯切れの悪い返事をして。だってそこは本人に聞かないと分からないし。俺が無意識のうちに何かをやらかしてしまった可能性も、無いわけじゃないだろうし……。

 はっきりしないわねぇ、と柚葵さんは笑い、再びティーカップを手に取った。


 ……柚葵さんにも心当たりはない……か。まあ柚葵さんといたふわりはいつも通りニコニコしていて……かわいくて、いつもと違った様子はなかったと思う。


 ……いつも通り、撫でてもらって……うーん、やっぱり、いつもと違うことといったら耳を触られたくらいだけど……耳は髪の近くにあるものだから、触ってしまうことだってあるだろう。だからそれが関係あるとは思えないし。


 そこで俺はふと、俺を撫でる時のふわりの顔を思い出した。……撫でてる時のふわりは……なんというか、すごく嬉しそうにしてて。……でも、どこか、怖い雰囲気もあって……何て言えばいいんだろう。たまに、飲み込まれそうって思うっていうか……でも別に、嫌ではなくて……。

 昨日、俺を撫でていた時のふわりも……同じ顔をしていた。いや、むしろ今までより雰囲気が増してたかも……。


 ぞく、と背筋が震えるような感覚がして、慌ててその記憶を頭から振り払う。違う違う、今はそれを考える時間じゃない。


 別れ際も……いつも通りだったと思う。また今度ね、と当たり障りない言葉を掛けあったくらいだし。


 ……ふわり、大丈夫かな……。


「心配なら、様子を見に行けばいいんじゃないの?」

「……今から様子を見に行くとなると、たぶん家に行くことになるんだけど」

「行けばいいんじゃない?」

「付き合ってもない男が行っていいとこじゃないでしょ」

「付き合えばいいんじゃない?」

「…………………………それは、どういう意図で言ってるの?」


 また反射的に大声で聞き返しそうになったが、宝船さんと笑原さんの件で学習した。努めて冷静に、そう返す。

 しかし柚葵さんは、別に? と微笑むだけだった。


 その会話を皮切りに、俺も、柚葵さんも、何も言わない時間が生じる。口寂しいのでアップルジュースをチビチビと飲み進め、ふわりは今何をしてるんだろう、とぼんやりと考え始めると。


「……惟斗、私も話があるって言ったと思うんだけど」

「……ああ、うん。そういえばそんなこと言ってたね」


 柚葵さんが俺にそう話しかける。言われて初めて思い出して、半ば無意識にそう返答した。

 意識を目の前にいる柚葵さんに戻す。すると彼女は……いたく真剣な顔をして、口を開いた。



 ──────────



 なんとか家に帰ったはいいものの、ベッドに横たわってもやっぱり眠れなくて、だからといってレポートを進める気にもなれなくて、私は外に出ていた。何かをしていないと、ずっと考え込んでしまいそうだったからだ。


 猫ちゃんが日陰で休んでるなー、とか、小学生はこの時間だともう帰ってるんだー、とか、お花綺麗だなー、などと、とにかく色々考えていく。他の思考を挟まないように。


 ……でも、分かっていた。誤魔化そうとしたって無駄だった。私の中にある自責の念は、いつまでも私のことを縛り続ける。


 こんなことを考えてしまっては駄目だ。ゆいくんの体目当ての私なんて、存在しない方がいい。きっとゆいくんとお友達じゃいられなくなる。私が、壊してしまう。


 うー、うー、と心の中で呻いて。ふと自分の顔がお店のショーウィンドウに映っているのが目に入る。日恋ちゃんの言う通り、私の両目の下にはくっくりとクマがあって、寝ていないのは明白だった。

 というか……すごく、酷い顔をしている。これじゃあ、心配だってされて当然だよ。


 やっぱり帰って、休んだ方がいいかも。そう思って私は踵を返したけれど。


「あれ、君は惟斗くんの友達の……」

「……あ、柚葵さんの夫さん」


 こんにちは、と頭を下げる。こんにちは、と彼は頭を下げ返してくれたけれど、顔を上げた彼はやはり心配そうに私を見つめていた。

 しばらく見つめ合って何も言わない時間が続く。どうしよう、と回らない頭で考えていると、彼の方が先に口を開いた。


「……これからスイーツを作るんだけど、良ければ食べに来るか?」


 きっと彼なりに私のことを気遣ってくれたのだろう。

 まあ家に一人でいても、また考え込んでしまってまともに休めないだろうし……と思い、私はぜひ、と頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ