第25話「あんた、なんで私たちに呼び出されたか分かる?」「すみません、分かりません」
そうして俺が連れて来られたのは、駐輪場に向かうまでの道の途中。高い校舎が二つ横並びになっているので、どの時間帯でもあまり日が差さない。おまけに駐輪場を使う人もこの道はあまり使わないので、お陰で人通りが少ない場所になっていた。
……そして俺が、ふわりに助けられた(※蜂に追いかけられた)場所である。
どういう因果関係なのかは分からないが、俺は宝船さんと笑原さんにここまで連れて来られた。……俺、無事に帰れるのかな……。
この二人は、俺に近づいてくるタイプの人間ではない。むしろ積極的に避けてくるタイプの人間だ。まあ、不用意に近づいて他の女の子とトラブルになるのを避けたいと思っているのだろう。賢いと思う。俺の周りには、大体気が強い女の子が揃うし、二人はそういった女の子たちと十分均衡な力で戦えそうだからだ。
「西園寺惟斗。あんた、なんで私たちに呼び出されたか分かる?」
「すみません、分かりません」
そして俺に戦う力はない。
そんな二人が俺に接触してくるなんて、昨日と言い今日と言い、珍しいこともあるものだ。……だったら今日も、ふわり関係なんだろうけど……。
心当たりを考えてみる。ふわりとは……昨日会ったばかりだ。それこそ、二人に言われて。結局ふわりを誘拐、もとい任意同行させたのは柚葵さんだったと分かったし、ふわり本人も本人の意思で付いていったことの確認が取れたから、まあ胸を撫で下ろしたわけだけど……。
ふわりはとにかく、危機感が足りなすぎる。名は体を示すを具現化した人間というか、本当にふわふわしていて、悪い人間にもほいほい付いて行ってしまいそうだから心配だ。
……悪い人間、か。
それを言うなら、俺が〝それ〟なのだろう。ふわりのふわふわ好きに付け込み、髪、もとい頭を撫でてもらって、俺は快楽を得ている。……これでは、「私の体目当て?」というふわりの言葉が本当に現実味を帯びてくる。
俺はきっと、最低な悪い人間なのだろう。
……だけど、少なくともふわりは俺を撫でることを楽しんでいたように見えるし、俺が何も言わなくても撫でてくることもあった。だからそれは平気だと思うんだけど……。
「さっきふわりに会ったんだけど、元気がなかったし、全く眠れてないみたいなの。……あんた昨日、何かした?」
「え、昨日……?」
それに、ふわりに元気がないかつ眠れてなさそうって……と聞きたかったが、聞けそうな雰囲気ではなかった。とりあえず言われた通り、俺は改めて昨日のことを回想して。
昨日……は、特出したことは何もない……と思う。……強いて言うなら、初めて耳を、撫でられた……ということだけど……。
無意識に昨日の感触をなぞるように、髪を耳にかけるフリをして左手で耳に触れてみる。すると昨日の感覚があっという間に呼び起こされ、ぞわりと背筋が震えた。反射的に声が漏れそうになるが、そこは理性で押し留める。急に俺が喘いだら二人とも困惑するだろう。というか、ゴミでも見るような目で見られそう……。
ごほ、と念の為咳でも誤魔化しておいて、改めて昨日について回想する。……普段と変わった点だとそこだけど、でも、俺がしたことではないし、それが原因だとは思えない。俺はそう結論付けて口を開いた。
「……俺は何もしてない、と思う。普段と変わったこととかしてないし……いや、強いて言うなら、もっと慎重に行動してくれって怒ったけど……」
「それは私たちもそう思う」
「あの子ほんと危機感というものがゼロよね……」
「いや、ほんと、昨日は肝が冷えたしね……」
うんうん、と三人揃って頷き合う。ふわりがふわふわしてる子だということは共通認識らしい。
「って、そうじゃなくて。……本当に変なこととか何もしてないって、私たちに誓える?」
「ち、誓います。誓って何もしてません」
宝船さんに人差し指を突きつけられ、俺は必死に頷く。してません、してません。何もしてません。
……変なこと、なら、むしろ、俺がされてるというか……そんなこと、口が裂けても言えないけど。
「じゃあ原因は何……?」
「あのいつものほほんふわふわぽやぽやりが、眠れなくなるほどのことって……」
なんか今シレッと改名させられてたような気がするけど。
「西園寺唯斗、それこそ心当たりとかない?」
「心当たり……」
そう聞かれ、俺は一人の人物を思い浮かべる。
北条柚葵。俺の従姉弟。……俺が来る前、ふわりと柚葵さんが何を話していたのか、俺は知らない。
……まあ、家に突撃した時のふわりは、特にいつもと変わった様子はなかったけど……何もしないで考えてるだけよりは、マシだろう。
「柚葵さん……ええっと、昨日ふわりを連れて行った人に、昨日のふわりの様子を聞いてみるよ。……何か分かるかは分からないけど……」
「分かった。……何か分かったらすぐ連絡しなさいよ」
「分からなくても連絡しなさいよ」
「はい……」
なんでこの二人はこう、圧が強いのだろう。そして何故あののほほんふわふわぽやぽやりはこの二人といつも一緒なのだろう……いや、人の交友関係に口を挟む気は無いけど……。
……まあ、二人はしっかりしてるし、だからこそ少し抜けてるふわりが放っておけないのかな……その気持ちは、分からなくもない。
そんなことを考えながら、柚葵さんに聞きたいことがあるんだけど、と連絡を入れていると。
「西園寺唯斗ってふわりのこと好きでしょ」
「ッ……はぁ!?!?!?!?!?」
突然爆弾を投下され、俺は思わず声を荒げてしまう。しまった、いつも言葉遣いには気をつけているのに。
しかし二人は俺の言葉遣いなどどうでもいいようで、やっぱりね、と勝手に納得してしまった。
「別に好きになるなとまでは言わないけどさぁ、あんたはあの〝西園寺〟なんだから、近づくならちゃんとふわりを守ってよね」
「そうそう、あの子、さっきも話した通り、危機感無いとこあるから、あんたのせいで何かに巻き込まれたとして、本人は巻き込まれたってことにしばらく気づかなそうだしね」
「……」
……ちょっと容易に想像できるなと思ってしまった……。
「出来ないならふわりから離れて。出来るなら出来るって、今ここで約束しなさい」
「……」
宝船さんと笑原さんの真剣な表情に、何も言えなくなってしまう。
この二人は本当に……ふわりのことを大事に思ってるんだな。
……でも、俺だって、ふわりのことを大事に思ってる。
「……約束する。絶対に、ふわりのことを守ります」
真っ直ぐに見つめ返して、俺は二人に告げる。
こんな口だけで信じてもらえるのか、俺は二人にとって信じるに値する存在なのか、それは分からないし、今すぐその約束を証明することは出来ないけれど。
今俺に出来るのは、しっかり約束することだけだ。
二人はしばらく俺の顔を見つめ……笑原さんが、口を開いた。
「……本当にふわりのこと、好きなんだね〜」
「え」
しみじみと言われたので、俺は思わず聞き返してしまう。……だけど改めて他の人の口からその事実を告げられると、頬に熱が貯まっていくのが手に取るように分かる。
端的に言うと、すごく恥ずかしい。
「……正直あんたに任せるのは不安でしかない、けど、昨日すぐに走っていったあんたの姿は見てるし、そこは信じてるから」
「……え、えっと……ありがとう?」
「ただしふわりのこと泣かせたらボコすからよろしくね♡」
ひぇ、という悲鳴を飲み込む。笑原さん、笑ってるのに目が笑ってない。これはマジで言ってる。
こくこくと俺は頷く。いや、泣かせる気なんて無いから怖がる必要無いんだろうけど……。
「じゃ、そっちはよろしく。私たちはこれからふわりのとこ行くから」
「早めの報告よろしくね〜」
「は、はい……」
二人はそう言うと去っていく。完全に姿が見えなくなってから、俺は深々とため息を吐いた。……人と話すの得意じゃないから、余計に疲れたな……。
そんなことを考えながら、俺は持っていたスマホに目を落とす。そこには柚葵さんとのメッセージ画面が映し出されていて。
──丁度良かった。私も話したいことがあるの。
柚葵さんからそんな返信が来ていて、俺は首を傾げるのだった。




