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第24話「ちょっとツラ貸しな」

 ──……ピ、ピピ、ピピピピピ……。



「…………………………」



 頭の上でけたましく鳴り響く目覚まし時計の音。私はベッドの上に寝転びながら、ボーっとそれを聞いていた。

 だけどいつまでも目覚まし時計を止めなければ、お母さんが心配して部屋に入ってくるかもしれない。私はなんとか体を起こすと、目覚まし時計を止めた。


 ……ほとんど、眠れなかったな……。


 思い出すのは昨日のこと。……私は昨日、ゆいくんの従姉弟さんである柚葵さんのお家にお邪魔した。でもそこに向かうまでにキャンピングカーに乗り込んだのを、綺羅ちゃんと日恋ちゃんが誘拐だと勘違いしてしまったらしく……それを二人から聞いたゆいくんが、柚葵さんのお家に突撃。私は事情を説明した後、柚葵さんのお家を後にした。


 ……問題は、その後。私はゆいくんにお詫びと評して……いつも通り、髪を撫でた。でもそれだけじゃない。無意識に、耳まで触ってしまったのだ。

 ゆいくんはそれについて、何も言わなかった。いや、言い出せなかっただけかもしれない。……とにかく私は同意なく、許可されていないところまで触ってしまった。それが紛れもない事実だ。


 そして気づいてしまった。私は……もう、ゆいくんの髪をふわふわ出来たら満足なんて、思ってない。ゆいくんのふわふわな顔を見たら満足、とも思ってない。私は……もっとゆいくんに触りたいって、そう思ってる。

 髪だけじゃもう足りない。もっと色々なところに触れたら、ゆいくんはどんな表情をしてくれるんだろうって……そう考えてしまってるから。



 ──そんなの全然、ふわふわじゃない。



「……」


 そんなのいけない。そんなこと、考えちゃいけない。分かってるのに……思いは止められない。むしろ、考えちゃいけないと思うほど……心が加速する。これじゃあ、「俺の体目当てなんじゃないの?」というゆいくんの冗談が、真実味を帯びてきてしまうし。

 私……本当に、最低だ。


 ベッドの上で何度も寝返りを打つ。眠れてないせいだろうけど、全身が怠くて、頭もずーんと重い。……動けないほどではないけど……。


 ふわり、起きてるの? とお母さんの声が聞こえた。起きてるよ、と答えて私は体を起こす。


「……大学、行かなきゃ」


 今日はテストがある。成績にも関わるので、出来れば再試を受けるのは避けたかった。





 テストも終わり、私は教室を出る。相変わらず頭はボーっとしてるけど、勉強のかいもあってか特に困ることなく解き終えることができた。

 ……ゆいくんと、勉強したから。


 それを思い出して、また心がキュッとなる。あの時も私は、髪を撫でたけれど……あの時も気づいてなかっただけで、やらかしていなかったか。それを心配してしまう。


 いつから。いつから私は、こんな思いを抱えるようになってしまったんだろう。こんな全然ふわふわじゃない、持っちゃいけない、思い──。


「ふわり」


 そこで聞き慣れた声がし、顔を上げる。……そこにいたのは、綺羅ちゃんと日恋ちゃん。


 ……あ、そういえば私、二人の説教メッセージに返信してない……。あの後は、ゆいくんとどうやってお別れしたか覚えてない。気づいたら自室のベッドに飛び込んでいて、そのまま寝ちゃったから。


「あ、本日はお日柄もよくー。さようならー」

「ちょっと待てぇ!!」

「昨日のこと、きっちり説明してもらうからね!!」


 ……やっぱり、そう簡単に帰らせてくれないよねぇ……。


 と、思ったけど。私の腕を掴む綺羅ちゃんがふと眉をひそめた。


「……ふわり、あんた、なんか顔色悪くない?」

「……え?」

「あ、ほんとだ。目の下にクマあるし」

「ふわり、昨日ちゃんと寝た?」

「……」


 二人に心配そうに顔を覗き込まれ、私は何も言えなくなってしまう。

 しかしそのまま何もしなかったら二人の心配を煽るだけだと思い直し、首を横に振った。喋る気力はなかった。


 すると二人は顔を見合わせ、しばらく誰も喋らない状況が続く。私は相変わらずボーっとして、頭の片隅では昨日の自分を責めていた。


「……色々聞きたいことはあるけど、今日は早く帰って寝な。ふわり、今にも倒れそうだよ」

「自転車で帰るのもやめておきな〜。事故りそう」


 二人に矢継ぎ早に言われ、私は曖昧に頷く。気づけば私は二人に万札を一枚握らされ、タクシーに乗せられていた。


「ふわり、自分の住所」

「え、あ、えーっと……」


 言われるがまま、自分の住所を述べる。それじゃあまた元気になったらね、と二人は私に告げると、バタン、と扉が閉められた。



 タクシーが走り去っていく。それを見届けた二人は、顔を見合わせた。


「綺羅」

「うん、そうだね。日恋」





 俺──西園寺唯斗は、適当に笑みを浮かべていた。


 本当は図書館に寄って勉強をしようと思っていたんだけれど……今移動すると、目の前にいるこの女の子たちが付いてきそうだ。そうなると落ち着いて勉強、なんて絶対に出来なそうだから、動くに動けない。


 この子たちは課題とか大丈夫なのかなぁ、とぼんやりと考える。俺なんかに構っている時間があるのだろうか。

 まあ人の心配より自分の心配か。と思い直して。図書館に寄れなそうなら、大学の外で。彼女たちは基本、大学の外まではあまり付いて来ない。……せっかく祖父のこだわりの優良な施設があるのに、それを全く使えないとは……この大学に通う意義が減る気がするが、まあ仕方ないか……。


 と、そこで俺は気づく。俺に話しかける女の子たちの声が徐々に小さくなっていたことに。


「西園寺惟斗」


 ドスの効いた声が頭上から降りかかり、俺は顔を上げる。……そして思わず息を呑んだ。

 そこに立っていたのは、満面の笑みを浮かべる宝船さんと笑原さんだった。


 え、俺、何かした? と思わず戸惑ってしまう。だって二人とも、どう見てもめちゃくちゃ怒っているからだ。綺麗なまでの笑顔が余計に怖い。


 それは俺を取り巻く女の子たちも同じだったようで、二人の様子に何も言えなくなっているようだった。


「ちょっとツラ貸しな」


 完全に言い方がヤンキーのそれなんだけど。

 そんなことを思いながら俺は、はい、と返事をするしかなかった。

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