第23話「これは、今日のお詫び」
その後、部屋にスイーツを持ってきた夫さんが柚葵さんとゆいくんに、お客様を困らせるなとゲンコツを食らわせており、私はあわわわわ……としていた。
夫さんは私と柚葵さんの分のスイーツを作ってくれていたようだけど、一応お客様だから、と柚葵さんの分をゆいくんにあげていた。だから私たちは、美味しいね~とそれを味わい。
私の分のスイーツが……。お前はいつでも食えるだろ。と話す柚葵さんと夫さんを横目に、私とゆいくんは柚葵さんのお家から出て行った。
「はぁ……疲れた」
「ご、ごめんね、ゆいくん……」
隣を歩くゆいくんは、なんだかゲッソリとしている。それってどう考えても、私のことを追いかけて来てくれたから……だよね。私はそう謝ると、ゆいくんの顔を覗き込む。
するとゆいくんの頬が微かに赤く染まり、いいよ、と小さく呟いて目を反らされてしまった。
「ゆいくん、怒ってる……?」
「……怒ってないよ」
「本当に?」
「本当」
「じゃあ、目、合わせてほしいな……」
確かにその声色は怒っていないように、感じる。でも目が合わないとどうにも寂しいので、そんな風にお願いしてみた。
するとゆいくんはチラッ、と私のことを一瞥して……やはりすぐに目を反らしてしまう。おまけに口元を手で隠してしまったので、私はガーンとなってしまった。
「……怒ってない、けど」
「……けど?」
「……もう少し、慎重に行動してほしい。ふわりの友達にも、こうして心配掛けてるわけだし、俺も……今回は、二人から相手の特徴を聞いて、それが柚葵さんだってすぐに分かったからいいけど……すごく、心配したから」
「……」
……これは、つまり……。
「私、説教をされている……!?」
「ふわり、真面目に聞いて」
「ご、ごめんなさいっ」
いつもより低い声で言われたので、私はぴゃっと軽くその場で跳ねる。すると何故かゆいくんもごめん、と謝って、すごく申し訳なさそうに眉を八の字にした。
「……ふわりのこと、大事だから。……心配だって、する」
「……ゆいくん……」
「……宝船さんと笑原さんも、本当にふわりのこと心配してたから。……でないと、わざわざ俺のところまで来ないだろうし……」
「……うん。ごめんなさい……」
今日一番の反省の意を込めて謝ると、分かってくれたならいいよ、とゆいくんはようやく笑ってくれた。心の底から安心したような……ふわふわな、優しい笑顔。
それを見た瞬間、ぶわっと込み上げてくる衝動。ああ、私怒られたばっかりなのに……駄目だな。
ゆいくん、かわいい。その顔、本当に……かわいい。
「……ゆいくん」
「っ、ふわり……?」
私は無意識に彼の名前を呼び、その手を取った。彼は戸惑ったように眉をひそめ、私の名前を呼び返す。
私、何を。と思ったけれど、まあいいか。に思考が押し流される。そのままゆいくんの手を引いて、私はズカズカと歩き続けた。
しばらく宛もなく歩いて、見つけたのは遊歩道。夕方ということもあってかあまり人もいなくて、道に沿うように木が沢山植えられているので、葉っぱが良い感じに影を落としていた。
私はそこにあったベンチに近づくと、そこに座る。私に手を引かれたゆいくんも、次いで座った。
「……ふわり?」
「……これは、今日のお詫び」
そう言うと私は、ゆいくんの頭に手を乗せる。さら……とその髪を撫でてあげると、ん、とゆいくんが小さく呟く。ふわ、とその表情があっという間に綻んで、私に撫でられて喜んでいるのがすぐに分かった。
かわいい、と心の中で呟く。私に撫でられて、気持ち良くなって、ふわふわになったゆいくんの表情。……いつまでも見ていたい。もっと見ていたい。ずっと、このまま……。
ふわり、とゆいくんが小さく私の名前を呼ぶ。答える代わりに、首を傾げて。私が反応してくれたことが嬉しかったのか、ゆいくんは何も言わずにゆっくりと微笑んだ。そうして、無意識なのか……私の手にすり寄るように、微かに頭を動かす。
かわいい。その言葉は、果たしてちゃんと心の中で言えたのか、実際に声に出してしまったのか、私にはもう分からなかった。
「……ふわ、り……?」
「……ん? どうしたの?」
「……ううん、なんでも、ない……」
ゆいくんが少し困惑したように声を出したので、私は聞き返す。しかしゆいくんはすぐにそう返してきた。私が撫でるのを堪能するように、目を閉じる。
私はゆいくんを撫で続けた。その柔い輪郭をなぞるように、手の平で優しく、時には指先でくすぐるように。そうするとゆいくんは小さく体を震わせ、声を漏らすので、きちんと気持ち良く思ってくれているんだな、と安心できた。
良かった、ゆいくん、ふわふわな顔してくれてる。かわいい、すっごく……かわいい。
──そうしてゆいくんを撫で続けていた私だったが、そこでようやく、私は自分がしていたことに気が付いたのだった。
「……ん、ぁ……」
目の前ではゆいくんがか細く声を漏らし、頬だけでなく耳まで真っ赤にしている。
……私は何故か、その耳を撫でていた。
あれ? と思う。私、私いつの間に、髪以外を撫でていたの?
ぶわ、と冷や汗が頬を流れていくのが分かる。焦りの気持ちが頭と胸を占めて、軽くパニックになってしまう。
だって、だってゆいくんが頼んでいたのは、頭を撫でることだけだ。それ以外は……許されていないところ、だから。勝手に触っちゃ駄目だから。
なのに、私……!!
「……ふ、わり?」
そこで名前を呼ばれ、はっと顔を上げる。
私の目の前には、相変わらずふわふわとした表情をしたゆいくんがいて。私は彼の顔を見るなり、ごめんなさい、と謝ろうとしたけれど。
「……撫でて、くれないの……?」
ゆいくんがそう言って、私の手に顔を寄せる。私を上目遣いで見つめるその瞳には、期待の熱がこもっていて。
口から出そうになった謝罪の言葉は、出ないで終わってしまった。
返事に変えて、手を動かす。するとゆいくんは嬉しそうに笑って。髪だけじゃなくて、また恐る恐る耳朶も触ってみたけれど……ゆいくんはただ、嬉しそうにするだけだった。
──私、最低だ。
気づいてしまった。私、違う。お詫びの気持ちなんて、全然ない。ゆいくんに、触りたかっただけだ。
しかも、もう、ゆいくんの髪をふわふわ出来たら満足なんて、思ってない。……ゆいくんのふわふわな顔を見て満足、とも思ってない。
私……ゆいくんに、もっと触りたいと思ってる。
髪だけじゃ、もう足りない。赤くなった耳も、頬も、それ以外の場所も……。
私が撫でたら、どんな顔をしてくれるのかなって……そう、考えてしまっているから。
私、一体どうしちゃったの?
こんなの──全然、ふわふわじゃない。




