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第18話「俺、勉強頑張ったから。……褒めて」

 それから数日後。今日は大学ではない、五駅ほど先にある図書館にゆいくんと来ていた。

 もちろんそれは、ナデナデするため!! ……ではなく。


 もうすぐ夏休み。つまり半学期が終わる。……期末試験や期末レポートの時期になってきたからなのでした。


「それじゃあ、お互い頑張ろう」

「うんっ、分からないところあったら聞いてね。私も聞くからっ」


 図書館なので、小声でそう告げる。ゆいくんは小さく頷いた。


 ……まあ連絡が来て、ゆいくんの髪をふわふわ出来る!? と期待してしまったのは事実だ。でも、「せっかく同じ学部なんだし、一緒に勉強しない?」と声を掛けてもらって、嬉しかったのは紛れもない事実。テスト勉強しないとなぁ、と思いながら行動出来ていなかったのも事実なので、ありがたく乗らせてもらうことにした。

 勉強する図書館を探し、そこに赴いてグループワーク室を借りた。ここだったら多少お話しするのも許されるからね。あんまり大きな声だと外にも聞こえちゃうみたいだけど。私はテンションが上がるとつい大きな声を出しちゃうから、気を付けないとね!!


 というわけで張り切って勉強をし始める。私が出されてるものは、ほとんどレポートなんだよね。言語学とかは高校の時みたいに筆記試験があるけど……とりあえず、早く終わらせられそうなものからやって、勢いを付けようかな。

 そう思ってパソコンを開き、一番字数が短いレポートを書き始める。内容を簡単に言うと、授業の中で一番印象に残ったテーマを選び、それについてまとめたうえで自分の意見を論じなさい……みたいなものだ。……うーん、まとめるのはともかく、自分の意見を言うって、ちょっと苦手なんだよね。まあ頑張りますか。


 しばらく私もゆいくんも、パソコンのキーボードを叩くだけの時間が続く。かたかたという音が心地良くて、私は好きだ。だからそんな音を聞きながら、打ち鳴らしながら、比較的リラックスしてレポートを進めることが出来た。


「……ふわり、ちょっといい?」

「うん、どうしたの?」


 結構時間が経って、このままだと一言も話さないまま終わるかなとぼんやりと思っていたけれど、そんなことはなかったみたい。ゆいくんから話しかけられ、私は顔を上げる。ゆいくんはパソコンを前に、難しい顔をしていた。

 私は席を立ち、ゆいくんの隣までやって来る。そしてパソコンの画面を覗き込んだ。


「この第五回の授業で言われてたここって……」

「あ、分かる。そこ難しいよね。……確かこれは──」


 私もパソコンと椅子を持ってきて、二人であーだこーだ言いながら理解を深めていく。私のレポート作業は中断されてしまったけれど、まあそんなことはいいのだ。私もちゃんと分かりきってなかったところだったし。

 広い図書館だったので、参考になりそうな本も探してみたりした。意外と専門的な学術書も多くて助かっちゃった。期末課題には関係ないけど個人的に気になった本とかも借りちゃったし。


 基本的には個人作業、たまに相談して勉強を進めていくと、時間はあっという間に経ってしまった。でもまあ、最後の方はほとんど集中力なかったなぁ。


「そろそろ終わらない? 疲れちゃった」

「そうだね、俺も……目が痛い」

「あはは、ずっと電子機器見てるとね~」


 眉間を指先で抑えて顔をしかめるゆいくんに、私はそう言って笑う。まあ私も、目が痛いんだけど……。


「お疲れ様」


 私はゆいくんに近づき、そう労わると……その頭に、手を乗せた。

 そして犬でも撫でるみたいに、わしゃわしゃ~~~~っ!! と撫でてみる。わっ、とゆいくんは軽く悲鳴を上げて……でも抵抗はしないで、大人しく撫でられていた。


 一通りふわふわな髪を堪能すると、彼はぼさぼさになった髪の隙間から、不満と喜びを滲ませたような瞳を向けてきて。


「……ふわり~……っ」

「ん~? なぁに?」

「あのねぇ……っ、なんでも、ない……」


 大方、いきなり撫でてきたことへの不満をぶつけたくて、でも撫でられて嬉しいから何も言えなくなってしまった……ってところなんだろうな、と思う。ああ、本当に……。


「か、」

「……? か?」

「……カフェとか行く~? 甘いもの摂取したいよねっ」


 危ない、今、本人の前で言いかけちゃった。……かわいい、って。

 なんとか上手く誤魔化せたかな。と思う。うん。我ながら良い感じに誤魔化せた!!


 ……でも、もし、かわいいって言ったら……ゆいくん、どんな顔したんだろう。

 やっぱり男の子だから、かわいいって言うと怒っちゃったりするかな? それとも……恥ずかしがりつつも、案外喜んでくれたりするかな。


 そう考えると、無性に本人に対してそう言いたくなってしまったけれど……ぐっとこらえて。

 ……なんとなく、だけど。この言葉は、私の中で大事にしよう。


 そう思った私は、帰る準備をしようと踵を返すと……。


「ふ、わり」


 くい、と、袖を引かれる。再びゆいくんの方を振り返ると、そこには顔を赤くして私の服の袖を小さく掴む、ゆいくんが。


「カフェも、行くけど。……その前に」


 もっと、とゆいくんが呟く。静寂が蔓延るこの部屋の中では、その声をちゃんと拾うことが出来た。


 私は辺りを見回す。確かにここはグループ学習室だから個室なんだけど、だからといって中のプライバシーが守られているわけじゃない。外との隔たりはガラス面になっているところがあり、普通に外から中の様子は見える。

 ……確かにここらへん、人通りが少ないのは、この中にずっといたから分かってるけど……。


「……人から見られるかもしれないよ? いいの?」

「……ふわりが、頑張って」

「人任せっ。……まあ、頑張るけど……」


 人が来ないか、ちゃんと意識を巡らせておかないと。と思いながらゆいくんの頭に手を伸ばす。そして撫でてあげると、ん、とゆいくんは小さく呟き、嬉しそうに微笑んだ。

 それを見ていると、私も嬉しくなる。きもちい? と声を掛けると、うん、と小さく返ってきた。


「……ふわり」

「ん?」


 しばらくいつも通り撫でていると、名前を呼ばれる。返事をすると、ゆいくんは少し迷うように視線を左右に彷徨わせてから……意を決したように、私を見つめて言った。


「俺、勉強頑張ったから。……褒めて」


 まさかのお願いに、私は思わず目をぱちくりさせる。私のそんな反応を見て恥ずかしくなったのか、ゆいくんは顔ごと私から視線を背けた。そして、やっぱいい、と呟く。

 ……やっぱり、かわいいな。という言葉は、胸の中に大事にしまった。


「ゆいくん、えらいね」

「……っ」

「ずっと集中して勉強して、すごく偉かったよ」

「……ほん、とに?」

「うん、ほんと」


 私がそう言うと、ゆいくんの顔がこちらに戻ってくる。そして嬉しそうに笑って、私の顔を見上げた。


 久しぶりにぐっ、と込み上げてくる、〝形容しがたい気持ち〟。油断していたら飲まれそうで、喉から零れそうな言葉は、唾を飲み込むことで防いだ。


 ……ああ、ゆいくんのその顔、ずっと見てたいな。

 ずっと撫でていたい。ゆいくんがそんな、嬉しそうな、ふわふわとした顔をしてくれるのが、本当に嬉しい。それを見ていると……私の頭も、ふわふわしてくる。


 ふわふわ以外も襲ってくるから、上手く浸れないんだけど……。


 ……でも、その「ふわふわ以外」のうちの一つが「かわいい」なんだって、ようやく分かった。それだけでも、収穫かな。


「……ありがとう」


 ゆいくんが小さくお礼を言う。そして抵抗するように首を横に振ったので、私は撫でるのをやめた。

 ゆいくんは手櫛で髪を整え、恥ずかしそうに私から目を反らしている。もう何度か撫でているのに、未だに撫でられるのは恥ずかしいみたいだ。


「……カフェ、だっけ。行こうか」

「……うん。荷物、片づけよっか」


 私は笑って頷く。そして今度こそゆいくんから離れ、荷物をまとめ始めるのだった。





 久しぶりに立って、外に出て新鮮な空気を吸って、すごく生き返ったような気持ちだった。そんな思いから大きく伸びをすると、ゆいくんも隣で同じようなポーズを取っていて。考えること同じだったね、と笑い合った。


 どうやらこの図書館の隣にはカフェが併設されているらしく、私たちはそこに入った。店内はとてもシンプルなデザイン、オシャレな音楽が流れていて、店内にいるお客さんもそこまで多くない。すごくいいカフェだった。


 私はいつも通りアップルジュースを頼んで、いつもはコーヒーを飲んでいるはずのゆいくんも、今日は紅茶と砂糖を頼んでいた。そしておやつとして甘めのケーキも頼むと、向かい合って着席。


「いただきま~すっ」

「いただきます」


 二人で手を合わせ、ケーキを食べ始める。ん~♡ ふわふわなスポンジ、舌の上で蕩ける生クリーム……最高っ!! 糖分補給最高~♡


「……すごく美味しそうに食べてるね」

「だって美味しいんだもん!! ……ゆいくんの方は、美味しい?」

「うん、すごく。……やっぱり勉強の後は、甘いものが脳に染みるね」


 そう言いながらゆいくんは、丁寧にケーキを切って食べていく。動きが洗練されていて、そういえばゆいくんって御曹司……って言われてるくらいなんだし、お金持ちなんだっけ? と思い出した。


 きっとそういう所作も、小さいころからちゃんと教えられてきて、そしてゆいくんが頑張って覚えたんだろうな。

 私は……うーん、ぬいぐるみを集めるのが、好きだったかな……。


 そういえばゆいくんの子供の頃とか、この前動物園行った時聞かなかったし、今聞いてみようかな。そう思って私がケーキを飲み込み、口を開こうとした瞬間……。



「……あれ、惟斗!? 惟斗じゃない!? ひっさしぶり~!! 元気だった!?」





 ……そんな明るい声が響き、突如現れたお姉さんが、ゆいくんに勢い良く抱き付いたのでした。

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