第17話「今の話だけでツッコミどころが三個くらいあったんだけど」
かわいい……それは形容詞。かわいらしい。(小さくて)愛らしい。小さい。(出典:岩波国語辞典第四版)
……ゆいくんが、かわいい……!? なにゆえ……!?!?
ゆいくんはどちらかといえば、「カッコいい」だと思う。だってゆいくん、普通に顔が整っているし、すごく行動がスマートだもん。私と歩いている時、私が誰かとぶつかりそうになったらさっと肩を引き寄せてくれるし。この前は息切れしてる私にベンチを探してお水を買ってきてくれたし。そういうところ、さり気なく出来てカッコいいなぁって思うもん。
でも……。
私は思い出す。今度は俺のことも撫でてね、と言ってきた後の顔。もっと撫でて、と懇願して来た時の顔。わざと撫でるのを止めて見た時の、もうやめちゃうの? とでも言いたげな瞳。
……ん~~~~???? あれ~~~~???? かわいいなぁ~~~~????
「ふわり、あんた何冊辞書持ってるの……」
「ふわりおはよう!! その鈍器になり得る辞書たちで遂にSのことでも殺すの?」
「殺さないよ!? おはよう綺羅ちゃん日恋ちゃん!!」
物騒な挨拶に、思わずツッコミを入れてしまう。……に、日恋ちゃん、気のせいじゃなければ目が笑ってなかった気がするけど……き、気のせいだよね。
今日は本当は授業がない日だったんだけど、「昨日の話を聞かせろ」と綺羅ちゃんと日恋ちゃんにせっつかれ、私は大学までやって来ていた。二人が来るまでの間、こうしてカフェで辞典を読んで時間を潰していたわけだけど……。
「で、昨日はどうだったの?」
「そう!! 昨日はね……」
私がそう言うと、二人はうんうんと頷いて。
「……ちょっとバタバタして、二人にお土産買うの忘れちゃったの!! ごめんね~っ」
私がそう謝ると、二人は座りながらその場でずっこける。相変わらず器用だなぁ。
ゆいくんに話しかけてきた女の子たちから逃げるために、動物園を出ちゃったから……お土産コーナーは全く見られなかったんだよね。せっかく欲しいお土産聞いたのに……(二人とも何かお菓子とか? と答えてもらっていた)。
「そんなことはどーーーーでもいいのよっ!!」
「そんなことより、Sとどうだったのか聞きたいのよ!!!!」
「えぇ!? お土産はどうでもいいの!?」
私、お土産買ってくるねと言ってもらえたらるんるんで待っちゃうけど!? 二人は違うの!?
どうでもいいです。と冷静に言い切られたので、えぇ……と思わず声を漏らしてしまう。でも二人はどうやらゆいくんの話が聞きたいらしいので、私は声をひそめて話し始めた。
「えっとね、モルモットちゃんをふわふわするために整理券を貰いに行って、でも十四時からだったからそれまでの間園内を見て回って、ゆいく、Sくんは爬虫類が苦手みたいで、お昼は私がお弁当を作っていったんだけど、全部の料理お砂糖とお塩を間違えて使っちゃったみたいで、その後モルモットちゃんをふわふわでふわふわしてそれがとってもふわふわで……!!」
「あ、ごめん、モルモットの話は飛ばして。長くなりそう」
「えぇ!? ……じゃ、じゃあ、モルモットちゃんをふわふわし終わって、改めて園内を見回ろうってなったんだけど、Sくんが私が離れてた間に女の子に話しかけられちゃって、困ってそうだったから走って逃げて、そうして気づいたら動物園出ちゃってて、だから少しお話して……それから帰ったって感じかな」
……ゆいくんがまた撫でてねって言ったこととか、私がそれをかわいいって思ったこととか……は、言わなくていいよね?
私の話を聞き終わった二人は、何故か机に突っ伏していた。ポーズが一緒で、本当に二人は仲良しだなぁ。でもそれ、お腹痛いポーズ……?
「お腹は痛くないから」
聞く前に先回りで答えられる。そ、それなら良かった。
二人は顔を上げると、深々とため息を吐いた。
「今の話だけでツッコミどころが三個くらいあったんだけど」
「私も。じゃあ順番に言ってこうか」
「そうだね」
言わなくても、ツッコミどころが一緒だと分かっているらしい。以心伝心……!!
「じゃあまず。……あんたお弁当作って行ったの!?」
「え? うん」
「どんだけ早起きしたのよ……」
「うーん……六時くらい? 楽しみすぎて、早く起きちゃったから」
「で、調味料間違えたと……」
「え、えへへ……Sくん、青ざめながらも全部食べてくれて、ありがたかった、なぁ……」
改めてあの時のことを思い出すと、申し訳なさでいっぱいになってしまう。もちろん私もいっぱい食べたんだけど、ゆいくんも同じくらい食べてくれたから。もちろん口直しの飲み物とか食べ物は、私が奢りました……。
「私たちが手を下さなくても、ふわりが自分でSにはダメージ与えられそうで安心したわ」
「日恋ちゃん????」
なんでさっきから言ってることちょっと怖いんだろう……。
「それはともかく。……Sが女の子に話しかけられてたって? つまり逆ナン?」
「そう……なのかな? お茶したいとか言ってたし」
「逆ナンじゃん」
「やっぱりS、イケメンだから学外でもモテるんだねー」
「でも動物園まで来てすることが逆ナンって……なんていうか、可哀想」
「綺羅、言葉がトゲトゲしてる」
「あ、ごめん」
そっか、あれってナンパだったんだ。特に何も考えず、ゆいくんが困ってそうだったから間に入っちゃったけど……。
……うん、でも、向こうがゆいくんに好意を持ってたとしても、ゆいくんの気持ちが一番大事だよね!!
「で、一番のツッコみポイントは……」
「?」
二人が私に向けて身を乗り出し、超小声で尋ねてきた。
「……さっき、ゆいくんって言いかけてなかった?」
「あ、うん。隠し言葉使うの一瞬忘れちゃって」
「うわーーーーっ!!!! 距離が近づいてる~~~~っ!!!!」
「ふわり、あんた行動力すごいわね……!!」
「え? ありがとう」
よく分かんないけど、褒められた!!
「……でも名前で呼んでいい? って聞いて来たのは、Sくんからの方だよ」
「「はぁ!?!?」」
だから私の行動力がすごいわけじゃないんだよ~、という意味を込めてそう言うと、二人が大きく目を見開いて聞き返してきた。開き過ぎて、おめめがぽろっと零れ落ちてしまいそうなほどの勢いだ。だ、大丈夫かな……。
「な、なんで」
「なんで? と、私に聞かれても……。えーっと……仲良くなったのにいつまでも名字呼びは、他人行儀な感じがする、とは言ってたけど……」
「……私てっきり、ふわりの方がふわふわのために西園寺惟斗に執着してると思ってたんだけど……もしかして、逆?」
「……話を聞いてる限り、西園寺惟斗の方が、ふわりと距離を詰めようとしてる感じがするよね……」
「ふ、二人とも? 急にヒソヒソ話を始めちゃって、どうしたの?」
ちょっと仲間外れみたいで寂しいかも……。
そう思ってシュン、としていると、何でもないよ~と二人は朗らかに笑いかけてくる。
「とりあえずふわり……」
「はいっ!! どうしたの?」
「Sに何か嫌なことをされたら、股間を蹴るか顎を殴って逃げるのよ。そして絶対に私たちに言いなさい。私たちもやるから」
「えぇ!? 物騒!!」