第15話「ふわふわアターーーーック!!!!!!!!!!」
お弁当のトラブルがあり、口直しの飲み物や食べ物を少し摂ったら、時刻は十四時少し前。私たちは気を取り直して、ふれあいコーナーに向かっていた。
今日の一大イベントだ。これを楽しみに今日まで頑張ってきたのだ。るんるんっ、るんるんっ♪
「不破さん、すごい浮足立ってるね……」
「だってふわふわだよ!? ふわふわがふわふわでふわふわなんだよ!? それってすごいふわふわじゃない!?」
「ごめん、ちょっと何言ってるのか分からない」
「もう~、しっかりしてよ西園寺くん」
「これ俺が悪いの?」
困惑する西園寺くんを他所に、私は飼育員さんに整理券を渡す。二名様でよろしいですか? という問いかけに、私たちは頷いた。
そうして通されたのは、個室のようなところ。ここに座ってこれを読んでお待ちください。と、ラミネート加工された紙を一枚渡される。それを二人で共有するように見ると、そこには「モルモットとのふれあいかた」と書かれていた。子供にも分かりやすいように、モルモットちゃんが怖がらないような触り方が書いてある。
ちなみに書かれていたのは、毛並みに沿って撫でてあげてね、だったり、頭や体を強く抑えつけたりしないでね、だったり、モルモットが鼻の頭で押してきたら嫌がっている合図だからやめてあげてね、などなど。モルモットといっしょにニコニコたのしいじかんをすごそう!! という一文で、注意書きは〆られていた。
うんうんっ、やっぱり、私たちもモルモットちゃんも、ニコニコ仲良く終われるのが一番だよねっ!!
だから私、ふわふわを堪能するばっかりに、暴走しないようにしなきゃ……。
そう思いながらちらっと見上げるのは、西園寺くんの横顔。彼は真剣な顔で注意書きを読み込んでおり、こちらの視線には気づきそうになかった。
ああ、こんな時でも西園寺くんの髪の毛はふわふわ……ふわふわしたい……けど今日は撫で抜きと言われたから、ナデナデ出来ないのです……。
って、そうじゃなくて。……西園寺くんのふわふわな髪を堪能するあまり、西園寺くんの反応をちゃんと見てあげられなかった、ってことがよくあるから……モルモットちゃんをふわふわする時は、ちゃんと見てあげないと!! モルモットちゃんは、デリケートな生き物だからね!!
そんなことを考えていると、個室の扉が開く。入ってきた二人の飼育員さんの腕の中には……それぞれ一匹ずつ、モルモットちゃんが!!
「かっ、可愛い~~~~……!!!!」
鼻をすんすんと鳴らしながらこちらに顔を近づけてくるモルモットちゃんに、私はすぐハートを撃ち抜かれてしまった。可愛い……!! もふもふ……!! ふわふわ……!! 愛くるしい瞳……!! ああ、今すぐ触りたいけど、飛びつくのは厳禁っ……!!
飼育員さんはモルモットちゃんを包むのに使っていたタオルを、私の膝の上に掛ける。そしてモルモットちゃんをその上に置いた。
私は感動のあまり打ち震えてしまう。こっ……この小さき生き物、守らずしておくべきか……!!!!
「触れ合う時間は五分となっております~。終わりましたら、お声がけさせていただきますね」
「はぁ~い」
頬ずりしたくなる衝動を抑え、私は手の平で優しくモルモットちゃんを撫でる。はわ……かわいい……もふもふわふわ……。もう少し固めの毛なのかなって思ってたけど、意外と柔らかいかも? ……ああ~ここが天国……これが至福のひと時……。
「……可愛いね」
「ね!! 本当に可愛い……っ!!」
西園寺くんの声に顔を上げ、私は彼の方に視線を向ける。……するとすぐに視線が交わって、思わず一瞬手を止めてしまった。
まさか目が合うと思わなかったっていうか。いや、私に話しかけたなら目が合うのは当たり前だと思うんだけど……。
そう思っていると、西園寺くんは小さく微笑む。そしてモルモットちゃんに視線を戻した。モルモットちゃんを撫でるその手付きは、本当に優しい。西園寺くんのモルモットちゃんは少しおねむさんだったのか、彼の手に安堵したように目を細め、うとうとしていた。か、可愛すぎる……。
「本当にふわふわで可愛い……!! ああ、来て良かった……」
「……うん、俺も。来て良かった」
私の感想に、西園寺くんも同意してくれる。本当に、このふわふわは世界を救う……!! やっぱりふわふわってね、世界平和に繋がるんですよ。そう思います。
と、いつまでもモルモットちゃんを堪能していたかったけれど、五分なんてあっという間。終わりです~、今日は来てくださってありがとうございました~、また会いに来てくださいね~。と飼育員さんに言われ、私たちはモルモットちゃんを飼育員さんに返す。うう、また会いに来るからねっ……!!
「この後はどうする?」
「うーん、まだ見れてないところあるし、そこ見よっか!!」
「分かった。……その前に、ちょっとお手洗いに行ってきてもいいかな」
「あ、うん!! じゃあ私も行こっかな」
というわけで、一回トイレ休憩を挟むことに。
鏡を覗き込むと、汗で少しだけ髪が乱れていることに気が付いた。あ、アホ毛が……!! 私は手に軽く水を付けると、せっせとアホ毛を直す。……よしっ、これで完璧!!
やっぱり人と出かけてる以上、多少なりとも身だしなみには気を遣う必要がある。だから念のため他のところも軽くチェックして……よしっ、OK!!
そう思いながらトイレを出て……きょろきょろと辺りを見渡す。西園寺くんは先に出てるかな……って!?
私は衝撃的な光景を見つけ、思わず目を見開いてしまう。
「お茶だけでも、駄目ですか?」
「せめて連絡先だけでも……!!」
そこにいたのは、女の子二人に詰め寄られる西園寺くんだった!!
西園寺くんは、初めて会った時に見たような、整った笑顔で応対していて……でも、一緒に過ごす時間があって、彼のことをちょっと知れたからかな。西園寺くんが困っているのが、手に取るように分かった。
西園寺くんは優しいから。あの怒っていた男の人相手のように、相手の気持ちを受け止めようとしてしまう。でも離れたいとも思っていて、それが上手く出来なくて……。
……初めの頃の私なら、申し訳なく思いながら素通りしていただろう。でも、今は!!!!
「ふわふわアターーーーック!!!!!!!!!!」
「わっ!?」
「えっ、何!?」
私は大声で叫びながら、鞄の中にあったものをぶん投げる。それは、ふわふわのファーが付いた正式名称の分からないキーホルダー!!
と、言っても。直接当てるために投げたわけじゃない。あくまで大きな声と物を投げることで注目を浴びて、西園寺くんから視線を逸らそうと考えただけだ。
そんな私の狙い通り、女の子たちは驚いたように私のことを見た。その隙に私は駆け出し、呆けて立ち尽くす西園寺くんの手を取る。
「不破さ、」
「逃げよう!!」
驚いたように目を見開く西園寺くんに、私はそう声を掛ける。彼はすぐに状況を理解し、頷くと走り出した。私が手を引きたかったんだけど、足の速さ的に私が手を引かれることになっちゃったな、と思いながら。