第1話「ふわり、ま~たふわふワールドに入ってるよ……」
突然だけど、私、不破ふわりは、ふわふわなものが好きだ。
あま~いホイップクリーム、正式名称は分からないけどポンポンの付いたキーホルダー、生まれたてのヒヨコ……。だから私は冬が一番好きだ。誰も彼も寒くて、ふわふわな格好をしているから!
「冬が恋しい……」
「分かるー」
「マジで暑すぎるよね」
私のぼやきに、友人たちがすぐさま反応してくれた。うん、そうなんだけど、そうじゃない。
ただ今の季節、七月。夏の暑さも本格的になってきて、皆、薄着!! 薄着!! どこを見ても、薄着!!!!
いや、かく言う私も薄着なんだけど。だってこんな暑さの中、ふわふわ~な服着てる人がいたら……熱中症でいち早く死にたい人ですか? と尋ねるしかなくなってしまう。私もふわふわを見かけて……一瞬喜んでしまうだろうけど、次の瞬間には早く脱いだ方が良くない!? と心配してしまうだろう。
……あ~、冬が恋しい。ふわふわというものは、夏だとどうにも暑苦しいのだ。夏は私の大敵だ。
「ねぇねぇ、かき氷食べに行かない? 今人気の、ふわふわかき氷!!」
「ふわふわ!?」
「あ、ふわふわりが生き返った」
「ふわりって本当、ふわふわなモノ好きだよね~」
「へへへ~、それほどでも」
私はそう言って後頭部を手で摩ってから、そんなことよりかき氷見せて~!! と友人にせがむ。私のふわふわ好きはいつものことなので、友人は苦笑いを浮かべながらスマホの画面を見せてくれた。
このふわふわ好きが、周りの人と比べると少しばかり過剰である……という自覚はある。でないと、「ふわふわり」なんてわざわざフルネームで呼ばれることなんてないだろう。
名前にまで「ふわふわ」が入っている……こんなものは、もはや天啓だ。神様から与えられた一つの個性なのだ。私は神様から、ふわふわなものが好きになるという運命を与えられたのだ……というと、それは大袈裟だろうけど。突然名前を出されて、神様もきっと大迷惑だ。
意識を目の前のふわふわかき氷の画像に戻す。ああ、これを口に含んだら、きっとどれだけ幸せな気持ちになるんだろう……ああ恋しい、ふわふわが恋しい……。
「ふわり、ま~たふわふワールドに入ってるよ……」
「え、何、ふわふワールドって」
「今付けた。ふわりがふわふわについて考えてる時間」
「何それ天才?」
「二人とも、聞こえてるからね?」
ふわふワールド……ふふ、悪くないけどっ!!
きっとふわふわばかりで溢れた世界なんだろうな……雲のソファ、雲のベッドがあって、そこに住む人はみ~んなふわふわな服を着てるの!! そこに住む動物も皆ふわふわな毛並みをしていて……。
「ふーわーり、かき氷食べに行くんでしょ。早く行こ」
「はっ、そうだった!!」
思考タイム──もとい、ふわふワールドから脱出し、私は荷物の整理にいそしむ。ふわふわのバッグの中に、ふわふわのペンケースをしまって……っと。準備OK!!
「よーっし、行こ行こ!!」
「あっ、ふわり、急に飛び出したら危ないって……!!」
頭の中がふわふわなかき氷の中でいっぱいになっていた私は、意気揚々と大学の講義室を飛び出す。私の腕を掴もうとしていた友人の手は、宙を切って……。
「わっ」
「きゃっ!?」
私は勢い良く、誰かと正面衝突した。
向こうの方が体幹が良かったらしく、私は見事によろけ……尻もちを付くかと思いきや、誰かに腰を支えられる。
顔を上げると、目の前には男の人がいた。
「ごめん、大丈夫だった?」
「え? あっ……ごっ、ごめんなさい!! 私、前見てなくて!!」
心配そうに謝られ、尋ねられ、私は慌ててそう謝る。一瞬で先程までの自分の言動を思い出したのだ。
かき氷のことばかり考えて、友人の静止にも耳を貸さず、飛び出したのは私。この人が謝る理由は断じて、ない!!
青ざめる私に、男の人はゆっくりと微笑む。あー、綺麗な人だな。とぼんやりと見ていると。
「ちょっとあんた、いつまで王子に抱きしめられてるわけ!?」
「へっ!?」
なんか、近くにいた女の子に怒鳴られた。
抱きしめられ……確かに、この男の人に片手で体を支えられているこの状況、抱きしめられているように見えなくもない……かも?
このままだともっと怒られそうだし、離れておくか。と判断した私は、自分の足で立ち上がるとその手から離れる。離れましたよ!! という視線を先程の女の子に向けてから、目の前の男の人に戻した。
「ぶつかっちゃって、ごめんなさいでした!! ……そちらも、怪我はありませんか?」
「ああ、うん。俺は大丈夫。……心配してくれてありがとう。そっちも大丈夫なら、良かった」
男の人は再び綺麗な笑みを浮かべると、そう答える。すると先程の女の子……と、他にも沢山いる女の子に腕を引かれ、引きずられるように去っていった。たぶん、五人くらい女の子がいた気がする。人気者なんだなぁ。
「ちょ、ちょっと、ふわり」
「え?」
そこで私も、後ろから腕を引かれる。振り返ると、そこには何故か顔面蒼白になった友人二人が。
「二人ともどうしたの?」
「どうしたの~? じゃないよ!! だってあんた、今の人誰か、知らないわけじゃないでしょ!?」
尋ねられ、私は彼の顔を思い出す。うーん、綺麗な人だったけど……。
「誰だっけ?」
私が聞き返すと、二人はその場でずっこける。わぁ、大丈夫?
「ふわりって本当、ふわふわなもの以外に興味ないよね……」
「いい!? あの人は、西園寺惟斗!! この西園大学の理事長の孫!! つまり御曹司なの!!!!」
肩を掴まれ、大声で叫ばれながら肩を揺さぶられる。この大学の偉い人の孫……御曹司……。
「へぇ~、そうなんだ」
私がそう返すと、二人はまたその場でずっこける。二人とも器用だな~。
「駄目だこの子、本当に興味なさそう……」
「え!? そんなことないよ!?」
呆れたように額を抑える二人に、私は思わず食い気味でそう返す。すると二人は勢い良く顔を上げた。
「あのふわふわりが……男に興味……!?」
「この子、いっつもふわふわしてて男の影なんて欠片もなかったけど、遂に春が……!?」
「……ちょっと何言われてるかよく分からないけど……」
勘違いされていることはよく分かる。私は自分の両頬を抑え、先程の感覚、脳裏に焼き付く記憶を逡巡していた。
「ぶつかった時に感じた、あのふわふわな体付き……!! しなやかな筋肉。まさに黄金比!! あと支えてくれた時の手……!! 大きな手で私の腰を支えてくれた時に感じたあの高級クッションのような柔らかさ……!! 優しさと温もりを感じたよね……!!
極めつけはあの髪!! 夏だというのに爽やか!!!! 髪質が良かった……ああ~……あれに触ったら絶対幸せだった……ふわふわに溺れることが出来た……恋しい……あの髪が恋しいっ……!!!!」
「期待した私たちが馬鹿だった」
「あほらし。帰ろ~」
「え!? ちょっと待って!? かき氷は!?」
存分に語らせてもらうと、二人は興味を失ったように立ち去ってしまった。か、帰るって、かき氷は!? ふわふわかき氷~~~~っ!!!!
「ところでふわり、さっき言ったこと、下手したらセクハラになるから絶対他の人の前で言わない方がいいよ」
「? 分かった!!」